やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

札幌で美術(現代美術?)をやっていると、
使命感に駆られる瞬間がある。アートシーンを自分らで何とかしなければ、という感情。 
きっと地方で活動していたらどこでも、そういう感覚あるだろう。
美術家が作品制作だけでなく、スペースを運営したり、学校を作ったり、プロジェクトを起こす。
また、ちょっとでも西洋美術史をかじり始めると、すぐにボイスの「社会彫刻」というマジックワードがその使命感に拍車をかけてきて、連続して「フルクサスが」「ソーホーがチェルシーが」などと数々の実例が用意されている。

そういう運動に敬意は払っており、時にはお手伝いなんかもしながら、
僕自身の活動はその感覚とは常に距離を置こうと意識してきたような気がする。
時には複数の方々から、やれ、やれ、と言われながらも、そ〜っとかわし続けてきた笑
向いてないから。

ちなみにワークショップブームにはやや疑念を持っている。
何かとイージーに教育目的としてアーティストにワークショップをやらせる傾向があるが、
これも向いてるアーティストはやればいいし、向いてないアーティストにまでワークショップを強要するのは反対である。

とにかく、僕はいかに作品の制作と思考に時間を割けるか、に絞って力を注いできた。
多彩さは持ち合わせていないので作品を良くしようとするだけで精一杯だしそこは簡単に負けない自負もある。他のことをしてる余裕もないし、やりたくないことはできる限りやらないのも作品の質のため。

まあ典型的な引きこもり系絵描きのわがままに過ぎないのかもしれないが、
札幌という地方仮説がそのわがまま感を勝手に助長しているのではないか。
だとしたらそれは美徳に思えぬ。
例えばベルリンで、NYで、「抽象絵画の問題」に集中している画家に対抗するには、
札幌が〜とも言ってられない。
ローカル性を取っ払う。抽象表現はまさに、時代も地域も取っ払う。いや、取っぱらいながら同時に潜ませる、という言い方が我が基本意図としてホントは正しいんだけど、この言い方がいつもややこしく伝わりづらいのがジレンマ。
仮に超ビッグになっちゃえば、それ自体でシーンは変えられるだろうし。。。

ベルリンに行って戻ってきて考え方は変わっても、作風自体は大きく変わらなかった。
都会という抽象的なまやかしの中で生きるのがリアルなのであれば、ユニクロで服を買うこともスタバでチャイラテ飲むことも拒否してないしグローバリズムをある程度肯定的に見ているということであって、フラットな場として札幌を選ぶ、ってのもそろそろアリかなあなんて思ってみたり。
そもそも地元が札幌でなかった僕にとって、札幌とはまさに匿名的で憧れの「大都会」の象徴であった。
住んでみてその魅力的なローカル性もまた後々自覚はできても、根の張れる意識までには至らない。
いろんな美術の生き方を尊重する、その代わりそれぞれの選択がそれぞれハイクオリティであること。
これがシーンに望むこと。
 

「札幌には美術批評が無い」とは定期的にどこからともなく聞こえて来る定型文だ。
久々にこの定型文が聞こえてきたので少し追ってみたら、得るものはなかった。 

そもそもだ、
もし「札幌には美術批評が無い」と言っているのが例えば美術家及びギャラリストだとしたら、
おいおい何言ってんの!!てことを書いておきたい。
特に現代美術家の場合、作品には何かしらの批評要素が入っているはずであり、
企画ギャラリーは作家のセレクトがそのままある意味批評となる。
この辺が起点となって初めて批評は連鎖していくのだと思うんだけど。
批評家の不在を嘆く前に、まず自分らの主体性だろう。

そしてだ、
僕も札幌で美術家をやってます。
これでも学生の頃から今に至るまで、述べたように批評精神を持って活動してきたつもりなので、
批評が無いと言われるのはちょっと心外である。 
僕が学生の頃2000代前半は、オルタナティブスペースの動きが盛んで、若手がユニットを組んで現代美術らしい活動も盛んに見えた。ホワイトキューブから出ないとイカンとも言われた。
ゆえに絵画は相対的に相手にされづらいメディアであった。
そういううねりの中で絵画を続けて来たことも、団体公募展に出してた頃はいかに規定と保守性を破壊すべきかばかり考えた絵画作品を提出していたことも、このブログでもたまに、批評を含めてきたたつもりなんだけどなあ。

今現在僕は、札幌市内で個展をやる際、企画ギャラリーだったらギャラリー門馬さんだけと決めている。
自分との相性や、作家選定のセンスなど総合的に考えて、ドイツからの帰国後にお世話になっている。
これも(札幌においてのみ)批評の態度だと思ってます。
未だに、年に何度か市内の複数の企画ギャラリーで個展を開催する美術家が多いように思うのだけど、
それだとどのギャラリーも差異がなくなるし、作家のポリシーもよくわからんのよね。
 
ちなみにギャラリー門馬からは2冊のカタログも作って頂いてる。
必ず日英でテキストを付けており、自作の実物を見た上で評価していただいた方に無理やりお願いして、
このテキスト内容も美術批評として成立しているはず。
というわけなので、無くは、ない!!!

いや僕だけでなく、少なくとも周りの美術家数人は明確にそういう意識を持ってやっているはずだ。
みんなとても勉強家で、たびたび国内外どこにでも出かけて良質な展示を見て互いに意見交換してる。
お金も時間も無かろうが、やってるのだ。

 

4度目のアートフェア東京参加。

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去年に続きギャラリー門馬ブースでソロ展示をさせていただいた。
ギャラリストの大井さん一人でやっているギャラリーなので、
毎年展示と受付のお手伝いを作家も一緒になってやっている。
フェア独特のスピード感や鑑賞環境として良いとは思えない会場にずーっといるのは作家としてはなかなか複雑な面もあるけれど、こういうタイプのギャラリーはあんま無いので状況を楽しんでいる。
それに東京で展示できる貴重な機会なので、自ら展示構成をやってギャラリーでの個展と同じだと思ってやっているのだ。
それでも名乗らないと、未だにスタッフだと思われている場合が多い笑。
 
ブレビューの段階から例年よりお客さんがさらに増えており、連日ぎゅうぎゅう。
4年連続出展していると、ギャラリー門馬めがけて毎年見に来てくれる方も、買ってくれる方も随分増えた。 自動的に増えたわけではなく、ギャラリストの大井さんが個別の連絡や広報をしっかりやってくれているからだと受付をやりながら実感した。お客さんの反応からそれがわかるんだよなあ。
受ける質問も「どうやって作るのか」がほとんどだった状況から、どういうプロセスを経てこういう作風になったのかとか、意図とかも聞かれる回数が増えてきた気がする。
 
オープニングの挨拶で某庁長官や渦中の某政治家夫人がスピーチしてたなど色々内容がムムム的だったとの話もあるが(毎年のこと)、出展してる側からすればそれを聞きに行く余裕もなければ、そもそも内容など誰も期待してないだろうしお飾り文化程度にしか思わない。
むしろ聞こえてきた話として問題だと思ったのは、ロゴをデザイナーの許可なしに勝手に変更して使っていただとか、VIPチケットを事前購入した人があらかじめネットで情報登録したにも関わらず入り口でまた同じことを書かされてすぐに入場できなかったとか、運営側の話。
そういうのは出展する側としても非常に困るのでなんとかしてほしい。 

板室温泉大黒屋にて、4度目の個展。
今回はメインの奥壁に正方形の作品を一枚だけ、その他全体的に絵の間隔にゆとりをもたせてみた。
普段は奥壁の窓側に置かれているグランドピアノの場所を、見栄え上の問題で移動してもらった。
2回目の個展の時も大きい絵がピアノで隠れてしまうため移動してもらったので、ピアノ移動させマンになりつつある。
1、2回目くらいはとにかく見せたい見せたいという気負いがあったけれど、最近はもう少し気持ちにも余裕が出てきて、こういう展示の仕方及び、イレギュラーな構図の作品や、思い切って抜きの多い作品も用意したり。
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詳しくは大黒屋さんのブログにて。
http://itamuro-daikokuya.blogspot.jp/2017/02/2.html

1月、2月、3月と立て続けに関東方面での展示があるので今年は年始から制作詰め。
真冬の制作詰めは本当キツい。そして梱包もキツい。

北海道外、及び国外に作品を送ることが増えてきて、作品の売り上げも増えてきたので
その度に梱包のクオリティもちょっとずつ上がってきてる。 

以前若者と梱包の話をしてて、軽くお説教したことがある。
曰く、グループ展の搬入のための運搬を赤帽さんに頼んだら、扱いが荒くて通路の壁にぶつけられたりしたので信用できん、とかなんとか。似たようなこというやつ、結構いそう。
それに文句言うなら金稼いでウン十万円の美術梱包雇ってみなさい。赤帽さんのように安価でモノ運んでくれるサービスにどこまで自意識過剰にサービス求めるんじゃい。むしろ得体の知れない生意気な自称美術家の梱包を運んでくれることに感謝しやがれ。そんなに作品が大事だったら、どんな運搬にも耐えられる梱包を自分でするのが当たり前だろボケえ! 
。。。と堂々と言えるようになったのは、ドイツ生活でタフになったからかもしれん。
ドイツでは小包を届けてもらった際、チャイムが壊れてたらしく電話で連絡があり、玄関に出てみたら配達員にブチ切れられてびっくりした記憶がある。うん日本人、サービスに甘えすぎてました!て思った。 


自作は表面がアクリル絵具のグロスのバーニッシュでフラット仕上げのため跡がつきやすい。
直接プチプチは完全にアウト。紙もいろいろ試して、クッツカーネという専用の梱包紙ですらくっつきはしないけど跡がついてしまうし、一番有効だと思われていたレーヨン紙でも長期間はアウト。
結局表面に何も当たらないように箱に固定するのが一番という結論になった。

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1×4の木材を組み、

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最後ダンボールで包みやすくなるように凹み部分もできるだけ無くしておいて、

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裏の木材に作品をビスで固定し、(ここはまだより良い方法がある気がしている)

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表面は多めに支え木を。

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 プラダンで保護。

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厚いダンボールで包んでPPバンド張って完成。 


小さい作品も同様に。
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このくらいやれば、大抵の国内輸送は大丈夫。
ただ毎回作品完成後にこのプロセスが待ってるのは イヤすぎるので、
これ専門のアシスタントが欲しい。。。今は配偶者を強制的に手伝わせている。 

札幌から台北までは関空経由の便だったので、帰りに大阪に寄る。

ちょうど今年ホルベインスカラシップ奨学生にも選ばれたり特注品をお願いしてたり何かとご縁のある、ホルベイン工業の絵具工場見学目的だ。

観光ではまず行かないだろうエリアに赴くと見えてきた工場。これはテンション上がりますわ!
初めて見る専門の機械が並ぶ中で、担当の方から説明を受ける。
顔料とエマルジョンを精細に混ぜるローラー、 混ぜた絵具から気泡を除去するための真空機、耐光性をチェックするための箱、粘度を調べる機械、、、次々に繰り出される色の品質安定や発色へのオタク的アプローチの数々。質疑応答はつい延長戦、授業状態となる。

以前、ドイツで大きな作品を購入してくれたお客さんから、とにかく耐久性のことを何度も聞かれたことがあった。この絵画は10年保つか?パネルはどんな素材か?絵具はどこのメーカーのどの種類か?などなど。その時の回答として、同じ素材と同じアプローチで作った7年前の作品は劣化していないことを確認しているので最低でも7年は大丈夫とか、使ったメーカーの画材は口頭で説明したのち素材を写メして後でギャラリーに送ったりした。
そんな質問は初めてだったが、そりゃそうだ、100万円レベルの買い物だもの確認人できることはしておきたいよね。。。
それ以来、素材に対する自意識を強めに持つようにしていたので、今回の訪問は悲願であった。
直接画材研究しているメーカーとの関係性を持てる強みよ。ありがたい。
 
絵具製造過程の中には想像以上に手作業感も多く、僕の特注絵具を混ぜてくれている技術者さんからは「これはじゃじゃ馬って呼んでるんですよ(笑)」と。混ぜ方を間違えると、ある粒子が摩擦で熱を持ってしまって均等な粘度にならず塊が発生するんだって。最近ようやくそのさじ加減がわかってきたんだとか。ふへ〜、頭が下がります。。。
化学実験室のようでありながら、町工場的なアナログ感もあって、絵具に対する愛着が全く変わってくる。アクリル絵具はいかにも工業的でそこが気に入っているんだけれども、それでいて絵具そのものに人の気配を意識することができるようになったのは大きいなあ。 

同じ日の僕が来る前にも、外国の絵描きさんが工場見学に来てたらしく定期的な見学需要があるようだ。
北海道からはなかなか遠いけど、今は飛行機も安いし画学生有志で団体見学ツアーとかオススメしたい。 

台湾ももう3度目だ。出張感があります。台北の街歩きも慣れてきた感じ。

今回は台湾で一番規模が大きくレベルも高いアート台北にAdmira Galleryより参加するのが目的だった。
会場に着いてみると、初対面、ギャラリーの通訳係としてL君が入ってくれていたので、言葉の問題がめちゃくちゃ楽!
L君は日本に2年滞在してたらしく、にしても信じられないくらい日本語が上手い。敬語とタメ口も完全に使い分けている。。。すげえっす。普段はフリーでデザインライターなど色々やってて、日本と台湾のデザイン他文化紹介のためのウェブサイト運営もしてる。(http://designsurfing.biz/about/) 頼もしい。

ブースの壁が高くてなかなか綺麗だ。会場もデカイし通路も広く、フェアにしては随分見やすい。
Liang galleryのHSU-Chia-Weiの映像作品や、日本から日動コンテンポラリーの坂本和也さんの大作などがざっと見て回った感じいいなあと思うなど。
自分のお向かいにはパトリシアピッチニーニの作品が!久しぶりに見た。
当時よりフィクション要素20パーセントくらい減らした感じ。

時間が少しあったので、台北ビエンナーレも鑑賞する。
うーん、前回の台北ビエンナーレがやたら面白かったので、
それと比べると印象が落ちてしまうな。ポリティカルでリベラルな側面が強めなんだけど、
飛行機でこっちに向かってる間にアメリカでトランプが大統領選に勝ったというタイミングだったので、
なんだか時代の方が先に行ってしまった感じもして。
ここでもフェアで面白かったHSU-Chia-Weiの映像が好印象。台湾イチオシの作家なのだろうか。

その他ギャラリー巡りも何件か。特に印象強かったのは、誠品画廊(ESLITE GALLERY)。
フェア会場からも近い市政府エリアにある誠品信義店というめちゃデカい本屋兼オシャレな雑貨屋さんもいっぱい入ってる面白いデパートがあるのだけど、なぜかその最上階にこのデカいギャラリーがある。日本のデパートのギャラリーのような類では全くなくて、明らかに国内有数の現代美術の企画ギャラリーだ。僕が見た時はマイケル・リンの新作展をやっていた。 
台北のギャラリー事情、次回来る時はもうちょっとリサーチしたいな。

ちょうど同じ時期に、けん先輩も台北国際芸術村でレジデンスに参加していたので現地で乾杯!
作家活動してて異国で再会なんて嬉しい話だ。
レジデンススタジオに入れてもらったけど、制作環境として充分なスペースでした。
レジデンスによくいるリサーチタイプではなくて、工具もがっつり持ってきてモノとしての作品をいつも通り作っていたけん先輩。レジデンスでもこういうアプローチは可能だということ。
けん先輩に、隣のスタジオの韓国のペインターYoon Jongseokさんを紹介してもらって盛り上がる。
絵の具を注射器に入れて、それでのみ描写をしているので極細なラインの集積でイメージが出来上がっていた。けん先輩と同じく、がっつしモノ作る系同士気が合うんだそう。いいなあ。
 
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ずいぶん前に地元の伝説のラーメン屋のことを書いた。
この記事は6年経った今も定期的にアクセスがある。
http://yamamotograyzone.ldblog.jp/archives/51983583.html

あれ以来僕は寶來(宝来 ほうらい)ロスとなり、ラーメンというジャンル自体に対するある種の諦念すら感じていた。

ところがである。
お盆で帯広に帰省した先日、寶来の魅力を僕に教えてくれたM君から衝撃の情報が伝えられた。
寶来の味を再現した「衆來(しゅうらい)」というラーメン屋がつい最近オープンしたというのだ。
すでに食したM君が言うには再現率は88%とのこと。

本当なのか。こんな奇跡が起こるのだろうか。
いったい誰がどう情報を知り、M君まで届くに至ったのか。そして誰がどんな経緯でお店を始めたのか?
次々と浮かぶ疑問、しかし何よりも今すぐに自分でその味を確かめたい。

翌日さっそく家族を誘い、衆来へ向かった。
住所は西19条南5丁目、春駒通り沿いだ。
あの寶来とは似ても似つかない、シンプルな店内。
入口から臭い蒸気も出ていない。
メニューには、寶来では隠れメニューになっていた「シナチクラーメン」の表記が。
厨房に立っているのは若いお兄さんで、彼がラーメンを作っているようだ。
本当か?本当にここであの味をまた体感できるのか?注文待ちの時間もまだ信じられない。 

ついに目の前にシナチクラーメンが現れた。息を飲む。
見た目や臭いは確かに近く、期待に胸が躍る。
こんなに全集中力を注いでの食事の機会はなかなか無い。
寶来では定番だったホワイトペッパーをしっかりと振りかけて、実食!!!
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夢ではないのか。。。確かにこれは寶来の味だ。
謎の酸味と爽やかさ、そしてゴボッと口に入ってくる極太麺。
欲を言えばもう少し味を濃く、シナチクもより細かく裂いてくれれば文句無し。
それでもこれは唯一無二、あの寶来を継いだ味に違いなかった。美味しい。
母も妹も、もちろんM君も同じ感想だ。
しかしあまりの胸の高揚に、まだ状況を把握できていない。 
だってこんなに嬉しいことがあるかい。
美味しいだけではない。奇特な体験の記憶が鮮明に蘇るんだ。
 
母も早速友達の寶来ファンにLINEで伝えたところ、
その友達は情報だけで涙がでてきたそうだ笑

M君も感動しすぎて3日連続で食べていたようだ。少し濃いめと注文すると再現率はさらに上がるらしい。
僕も負けじと翌日、札幌に帰る前にまたどうしても食べたくて再訪し、濃い目注文で食べた。うーん、確かに昨日より近いぞ。
あとは時間が経って発酵成分が熟成したら完璧ではないか。静かな興奮が収まらない。
店内にいるお客さん達のオーラ、聞こえてくる会話の断片に寶来ファンとしての一体感が伝わってくる。

これは大変なことになるぞ。今おそらく帯広中、水面下でこの情報が広まっていることだろう。
なにせ寶来の閉店時には地元の地方紙かちまいで特集されたほどである。 

結局このお店が始まった経緯は謎のままだ。謎のままの方がいいのかもしれない。
ただこの味を再び帯広に復活させたいという願望が継続して存在したままで、
その願いを形にした衆来は、多くの人達を救済するに違いない。
僕もこれからは帰省の度に必ず通う事になるだろう。
大変な決断をされた若い店主さんを、全力で応援したい。 

(追記:2017年1月4日、再訪。新年開店と同時に入店、満席である。シナチクラーメンは表メニューとしては消えており、シナチクは細くなり、もう濃いめで頼まなくても良いように味がチューニングされていて完璧でした。)

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衆來
西19条南5丁目24-19
11:30-14:30
17:00-20:00
水曜、第2第4木曜定休(水曜祝日の場合は翌日) 

先月にギャラリー門馬より参加したアートフェア東京。
今年で3回目の参加で今回はソロ展示。毎年続けて出品すると認知のされ方も変わってきたなという実感があった。めちゃくちゃ熱心なお客さんにも出会えたり、今月の個展への問い合わせなんかにも繋がったりしているようで、札幌からの攻めの姿勢モデルの一つになるのではないか。
 

ところでそのフェアの時にひとつだけムッときたのは、某ギャラリーツアー団体様がやってきて、ガイドさんが僕らのブースの前で説明を始めた時だった。
僕はギャラリースタッフのフリしてどんな解説しているのかをこっそり聞いていたところ、たまたま向かいのブース展示だった「具体」の展示と比較して、
「コッチ(僕側)の水玉作品はカラフルでキレイでわかりやすい、誰でも目に留まる。一方アッチ(具体側)の作品はパッと見ただけではわかりにくいけど、アッチこそが玄人向け」
といったようなことを仰られていた。
ゴラア!!誰よりもパッと見で判断してるのオメエだろ!!せめて近くで20秒以上見んかい!今から一緒にこれから一緒に殴りに行こうかYAHYAHYAHと思うに留めてガイド氏をそっと睨みつけておいた。そのガイドさんは某ギャラリストだと思うんだけど。
「具体」と比較されるのは構わないし、単純にキレイだな〜と思ってもらうのもいいことだ。しかしこのように、いかにも現代美術わかってますという方に「卑下的な意味でただの装飾」と判断されるのがとっても許せないわけで、ましてそれをお客さんに説明するなどとんでもないことだが、そんな話は100年くらい前にピカソとマチスが散々議論してるだろとも思いつつ、あまり僕自身でグチグチいっても仕方が無いのだ。だいたいどの美術家さんだって、自分の作品こそはただの装飾なんかじゃねえとか思っているので、井の中の蛙の可能性があるものだ。だから次の目標はちゃんとしたレビューや展評の掲載かな。

しぶとく長期戦のアプローチを続けるのみ。

山本雄基展
 
会期  2016年6月18日−7月18日(休廊日6/20, 6/27, 7/4, 7/11)
時間  11:00−19:00
OPENING RECEPTION 6/18(土)18:00〜
会場  ギャラリー門馬 
札幌市中央区旭ヶ丘2丁目3-38 TEL:011-562-1055

http://www.g-monma.com 

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