やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

2月4日のつづき 
取材を受けた後まっすぐ中島公園近くにあるトオンカフェに行く。展示がしやすそうなちょうど良い大きさのギャラリーカフェ。充実休日だ。先輩の武田さんの個展です。僕は学生時代から彼の背中を見て育ったので、いつどうやって追いつく事ができるのか、悶々としているのです。だから無理矢理意識的に2割増で厳しい目で展示を見るのです笑。
武田さんは最近ますますまろやかな作風になってきている。いつもはどうやって作っているのかさっぱりわからないすごい完成度の絵を食らわせてくるけど、今回のは、ラフなドローイングや技術を押さえたペインティングも多くあり、意外だった。服のドローイング…うむむ悔しいけど良い線だ。神殿という2つのミニ建築?オブジェ?がとても良かったです。どんな神の居場所なのでしょう。

頭がポッポカしてたのでおいしい軽食をいただきながら店主の中村さんとつい2時間ほど話し込んでしまった…。

作品ファイルもなんとか見せれるものになったということで、
道立近代美術館の学芸員さんである久米さんの取材をうけてきました。
作家として取材を受けるのは、自分の考えを整理する訓練にもなるので良い機会。
月末あたりに北海道新聞の記事にしてもらえるのです。

久米さんはとても謙虚かつ怒りもしっかり持ってる方だった。
そして答えたくなる質問を投げてくれるので、
少しの質問でも、答えたい事がブワーっと出てきて頭の中がまとまらなかった。
作品についての言葉を生むと、ヒントとしてわかりやすくなるし、伝わりやすくなる。
ただし必ず取りこぼしてしまう要素がでてくる。
作品は常に言葉のさらに前を進んでいるということを自覚しなけりゃならん。

記憶が鮮明な今のうちに、
頭が活性化してる今のうちにここに言葉の材料として色々メモ。

絵画とは何か?という問いから始めて行くと、
どうしても戦後アメリカ絵画がメインになって、
まずどっかでフランクステラが必ず話にでてくる。
実際50歳前後の勢力的な周りの絵描きさん達はかなり影響されているんだなというのが作品を見ればわかる。以前ご一緒させて頂いたPLUS1のメンバーなど。

 ステラがモダニズム、フォーマリズムの流れを熟知した上でミニマル風なブラックペインティング作ったのは60年代初めくらいで、
そっからシェイプトキャンバスになって80年代までどんどん絵画を拡張させていったのはとーっても分かりやすい。

その辺りの時代の美術手帖を見ると、ちょくちょく特集もされている。
さらに日本には川村記念美術館というステラコレクションがやたら充実してる場所があり、
ざっとこれだけ要素をあげるだけで、その影響は当時アグレッシブに絵画について向かっていってた若い人にとってはかなりのものだったはず。

でも今の時代からステラを見ると、拡張してるように見えて実は絵画の袋小路に行ってしまったのでは?と思うフシもある。
もちろん作品はおもしろいけど、
絵画のフォーマットを崩しすぎてどこにいっちゃうのよ〜と。

ステラ絵画としてはまず僕はブラックペインティングが好きだけど、
これはこれでややシンプルすぎる。 ポロックの作品と並べたらやっぱポロックに軍配!てなっちゃう。さらに遡ってピカソのアビニョンの娘たちと並べたら、、、。(とは言っても、極北な時代に生み出した作品の形式自体に価値があるのだから、単純に作品だけで比較するのはナンセンスな気もするが)
あとは中期のカラフルな分度器シリーズも好きだ。ああこちらはおもむろにマティスに繋がっていく。

ステラよりむしろ、絵画のフォーマットをフルに利用して無限にあれこれ組み合わせを変えて検証しながら美しい作品を作り続けるロバートライマンの方に自分は共感を覚える。

 絵画とは?という問いを突き詰めようとすると、いつまでも頭がモダニズムから抜け出せない。
モダニズムはおもしろいからそこにもまだまだ可能性はあるのかもしれないけど、
あくまで一つのムーブメントととらえる。

 僕が多感な20代前半にくらった今のジダイ的、絵画の刺激とは。
 2002年に絵画の勉強をまともに始めたのだけど、
すぐに衝撃を受けたのはリヒターとポルケだった。

どちらも2002年の段階ですでに安定感のある巨匠だった。
絵画が死んだと言われて画家が大変だったのは70年代だったみたいだけれど、
00年代における巨匠にはその70年代もずっと活動してた画家がしっかりエントリーされているじゃないか。(ポルケは一時絵画から離れてるみたいだけど)

 リヒターにおいてはMOMAの立派なカタログのおかげですぐにほぼ全貌を勉強する事ができた。
2005年には日本でも大きめの個展があって本物をまとめて拝むことができ、
ああなんという絵画の殺しっぷりなんだ!と。

絵を描いてるリアリティはあるのに絵を描いてない感じがするという恐ろしさから、
リヒターにはなりたくねえなあ…とヘンに感心した。
絵画が大好きなはずなのにどうしてこんなにつきはなせちゃうのか?
大きな何かを背負おうと決心したのか。これはミニマルな絵よりむしろ絵画の極北?
こんな作品が絵画としてでちゃってるんだから、絵画はゾンビだ笑 
不死身となった絵画界はそこからおもしろくなっていったのでした、なんつって。

 ポルケの方は好きすぎるのでむしろ割愛、
ユーモアや絵画愛に溢れるポルケがリヒターと仲悪い(ように見える)のは納得。

80年代のニューペインティング現象は歴史を振り返ればすぐに出てくる話で、
油断するとただのマッチョなムーブメントで見過ごしてしまいそうなことに注意しなきゃいかん。

前述した作家達は60年代後半から絵画にとっては苦しげな70年代を通って80年代以降に
突入していったわけで、
年代上のフィリップガストンや、
後期モダニズム出のブライスマーデンなどの作風の変化などが面白いのもこの辺の時期とかぶる。

それにこの辺からショーンスカリー、テリーウィンタースから、
皿の作風を脱した中期シュナーベルなど前時代からの流れを引き継いでいるように
思える、おもしろい作家がたくさんいる。
最低限この辺を抑えておかないと、話が進まない。

60年代後半を超えて、
01年にベネチアビエンナーレで金獅子とったトゥオンブリーも超巨匠だけど
ネオダダと同世代とは思えないほど古さが見えない。
ドローイングのペインティング化、画面内での行為の自由の獲得、
詩的な抽象表現等、難しい時代に芯を貫いた姿勢で
新しい絵画の発明をしたわけで、今こそ最も尊敬されている画家の1人だと思う。
時代的な背景もあってイタリアに移ったのかもしれないな。

90年代後半からじわりじわりと具象絵画の復権とか言って、
ピータードイグやリュックタイマンス、エリザベスペイトン、
マルレーネデュマスその他大勢が取り上げられて大物になっていったりもした00年代。 

さらに村上隆や奈良美智がリアルタイムで世界進出していく00年代。
どちらも絵画を軸にしている作家じゃないか。

僕は村上さんの絵画が好きです。
あのキャラクターデザインはどうしてもなじめないところもあるけど、
2002年付近に奇跡的に北海道でも本物の絵画作品が見れたのです。
小樽のヒーロー&ヒロイン展というやつと、旭川でドラえもん展にもありました。
あれで、ヤラレた。
本物の絵画ってやつの強力さを思い知らされた。
ゲロタンっていう巨大な作品とニルバーナっていう長い作品は
実物まだ観てないけど、実見した作品から想像するとマジですごいと思う。

振り返ればすごいじゃあないか。
こりゃ絵画に対する希望が持てる00年代。
絵描きを目指すワカモノとしては、ラッキーだったと思える動きです。
絵画の極北に向かっていた60年代のおもしろさと、
絵画がずいぶん盛り上がってる00年代のおもしろさは、ずいぶんと違ってくる。

現代美術というジャンルの中に絵画というジャンルが妙な勢いで存在しているという現状も、
なんだかおもしろい。

 非常に軽く浅い言い方をしますが、
絵画にほいほい何でも放り投げちゃてそのもの自体が時代性を引っ張って来る上にカッコ良いものが出来上がるという天才ラウシェンバーグがモダニズムの最中にドーンと現れたのは事件じゃないか。
そしてフォーマリズムの手法構造を受け継いで、
絵画の極北には向かわず絵画らしさを保ちつづけた天才トゥオンブリも事件。

 今の絵画を考えると、まずフォーマリズムの流れは絵画を描く上でのあくまで基本的構造となっていて、それを土台とした絵画らしさ、を守った多様性って実はラウシェンバーグやトゥオンブリに近いのかも?

  さて、勢いがダレてきた…はあはあ。だんだん整合性もなくなっていきますが、
「ポップアートについてはどうですか?」という質問にうまく答えられた自信がない。

とりあえずウォーホル、好き。あんなクールで知的なのに色がとてもキレイなところが。
ポップアートというかポップはすでに自分の中に当然のこととして存在しすぎてます。

物心ついた頃の幼児な僕に与えられた、5人戦隊ヒーロー、スーパーマリオ、ビックリマン、ドラえもん、etc。この時点での世界の半分くらいはポップ、もう半分はこども哲学。 ポップは慣れ親しんだ日常で、そんな同世代はとっても多いはず。
サイケと紙一重で誕生したポップワールドが、
いつのまにやら豊かな日本を覆ってフワフワリン!て感じ?

なので自分の作風にポップ要素が入るのはおそらく必然、
でもポップアートのポップさとは、ちょっと違う、気がする。

マティスのポップじゃないポップさが…理想←意味不明?

あとは…もう疲れて来たので
なぜ丸を描くとか、透明不透明とか、側面とか、時代とか、公募展とか…は、また今度にしよう…。

 バイトを終えてそのまま札幌駅に直行、旅のお供のYと合流。寝台列車は思ってたよりフカフカしており寝やすい。しかもJRロゴ柄の寝間着もある。早朝に着くから早めに寝ておこうと思っても、
 北海道の車窓から
モードに突入、なかなか寝れません。なんたって夜の室蘭の景色は良かったです。工場と煙と白鳥大橋、相変わらず街の個性が色濃い場所だ。満足できたところで次に意識があったのは海を越えてからでした。

青森〜三沢までそのまま直行、青森の車窓からは杉の木が見える。観光鉄道に乗り換えて十和田へ。早朝の観光鉄道はスクール便、地元の学生しか乗ってねーや。

思ったより早く十和田に到着、美術館開館まで1時間…空いている店がない。そして強い寒気が我々を襲う!足がマヒする!!昨日の北海道より寒いなんて!2月の寒気を毎年忘れては思い出します。
いよいよ凍りそうになったので、目の前に現れたホテルルートインに逃げ込み、朝食バイキング中のレストランでコーヒー飲んでいいですか…?とウザイ客全開モード。
 すると少々困惑させてしまったが、なんとタダでコーヒー飲ませてくれた!なんていい方達…僕らは明らかに貧乏な美術館目的な人たちなのに。感謝。皆さん、十和田に泊まる際は、ぜひホテルルートインへ!!

十和田市現代美術館は9時から開館。おもしろかったのは、吉田初三郎 (鳥瞰図絵師)の作品。デフォルメされた超パースの地図がカッコ良い。十和田湖なんてドラクエ2のロンダルキアだ…春に日本をまわったせいもあり、ここをこう描くか!?というイメージ比べができた。

続いて無料送迎バスで青森県立美術館へ。
2回目ですが、ここはワクワクする美術館だ。

伊藤先生×岡崎さんの作品、とても良かった…
巨大な投影と大胆な視点移動で重力感覚が狂いそうになる作品。生原稿の上を見上げると地面に並ぶ人形土偶達。こちらも重力感覚がヘンになる。そして月と写真と地球。時空を超越していく希望なのかヒューマニズムなのか、そのようなテーマがシリアスとユーモアを孕みながら展開されてて感動。
模型に目を向ければ、緻密に作られながら際どいチープさを残したリアリティ。

それと、立石大河亞(タイガー)さんの陶器作品おもしろかったです 特にピカソに愛を感じた。つーかこんなの作ってたんだ つーか故人だとは…

桑原弘明さんの作品は自分としてはロマンチックすぎたが、モノとしての完成度がとっても高くてびっくり。

常設のアレコホールのシャガール絵画を見て、初めてシャガールの凄さに気付いた4年前。改めてやっぱこの絵、すげえや。特に薄い色の絵がすごい。そしてこの作品群が必要としている天井高がハンパないこの空間自体もまた魅力的。
ホワイトキューブの部屋も、床まで白くて、絵画作品をこんな場所で展示できたらうらやましいや、常設にある渋めの地元絵画群をこんなホワイトキューブで見てるなんて、ちょっと正直くやしい思いです。

青森市街に向かい、地元の人にその場で聞いたオススメ店、柿源という料理屋さんへ。ホタテです。青森だもの。ホタテバター焼き定食です。めちゃくちゃウマい!!!Y子はホタテフライ定食これまたウマい!!店主さんも良い人! 皆さん、青森で食事する際は、ぜひ柿源さんへ!!

そうして特急に乗り、札幌へトンボ帰りです。高速だったけど満足内容。
北海道はさらに寒く、家に帰ってきたら、でました水道凍結。落としてたから破裂はしなかったものの一時間ほど水が出なくて困った。

しかし、周りの同世代も結構ラブラブショー見に行ってるとのことで、伊藤先生が慕われてる事がヒシヒシと伝わるなあ…。東京より遠い青森まで行ってるんだもんなあ。

当時は伊藤先生の飲み会で突発的に発生する美術トークを理解するために必死に美術史を頭に詰め込んだものです。絵画を含む美術史全般に詳しいことと、美術とサブカルチャーなどの文化を優劣つけずに同じ価値で見つめてる態度にハッとさせられます。

↓伊藤先生HP
http://www.ne.jp/asahi/r/ito

 本日の寝台列車に乗り、青森に行くことに。寝台なんて修学旅行ぶり!
目的は、大学時代お世話になった伊藤先生が出品している、「ラブラブショー」を見に行くため。青森県立美術館です。十和田市現代美術館も連携してるので、そっちも行きます。

寝台で22時サッポロ発、朝6時くらいに青森到着、そのまま真っすぐ十和田まで行って美術館、そっから青森に戻って美術館、で、その日にまた帰ってきます。ひー

札幌から青森って、東京へ行くよりも遠く感じる。

ラブラブショー
/http://www.aomori-museum.jp/ja/exhibition/28

 作品ファイルを更新しなければならない用事ができたので久々にめくってみたら、ツメが甘い!!
ここ1年くらいはホームページ作りの方に気持ちが向いていたので、ファイル作りを疎かにしていたことを反省しつつ作り直そうとするも、うわあたまってた画像処理がとっても面倒だ。ホムペ用にもファイル用にも画像編集しなきゃならんのだな。見せる工夫も一苦労、これがパッケージングというものなのですか。
そしてそして我が家のオバカプリンタちゃんがろくな仕事をしない。。。だめだ。
ということで明日急遽プリンタを買う事にした。エプソンかなー 金が無いです。

ホムペがあれば、例えば話題のipadなんかをカバンに忍ばせておいて、いざって時にヒョイっとブラウズィングして見せれちゃうなんてスタイリッシュな想像もできますが、作品ファイルってやっぱ「モノ」なんで肝心だなあ…モノを作るにはとにかくなんやかんや金と手間が必要だ!ああタイヘン!

 大学2年の終わりくらいだったか、作品数が40くらいになったときに先輩のマネをして初めて作品ファイルを作ってみたら自分の悶々としてる部分なんかがちょっと分かってきたり、厚みが足りないってことに気付いたり、感激した。そして展覧会のオープニングパーティー等に苦手ながら出向いて名刺代わりにファイルを見せて歩いてた。作品制作を通して人と交流できるきっかけになった気がします。思い返すとヘボイ作品ばっかなのによく見せびらかせてたなと恥ずかしいですが、若かったんだから問題無しです。
 作品ファイルちゃん、更新を疎かにしててすいませんでした。あの頃の気持ちを忘れちゃイカンですな。newエプソン機でバッチリよ!

 最近は劇場に映画を見に行ってます。基本的には王道な大作ばっかです。

噂のアバターは見た人ほぼ全員言ってるもののけナウシカ臭に違和感を覚え、そしてエイリアン2な大佐に笑う。
 大真面目な内容なのにご都合主義で流したりお話のまとめ方のアララ感、はさておき、
 一体どうやってこんなモン作ってんの…?というどうしよもなくお子ちゃまな感想でした笑 いやスターウォーズなどもそうだけど、今回においては3Dで空間感を感じさせるなんて、もうわけがわからん。
飛び出す系ではなく、空間がありました。空飛ぶシーンとかカメラの引きのシーンではイマイチ感じなかったけど、室内シーン等は空間でした。ただ、札幌の3Dは、暗い…たまにメガネ外してみたら色が全然違いすぎてビックリ。IMAXって方式でみたーい。
 とりあえず最先端を堪能する価値ありでした。ただ、壮大系なお話の最先端っていうのはなかなか難しいもんなんですかね。ハリウッドが宮崎駿みたいな映画を作るってのも不思議な話です。日本的思想の影響ってけっこうすごいんじゃないのか?

 アバターのヒットのせいで霞んでしまった年末パニック映画2012は、大真面目でも天然系!主人公一家が不死身なのは最初からわかってるんだし、この際どれだけご都合主義を徹底的に食らわせて生き延びさせるか!?というチャレンジのようにも見えました。すさまじいスケールの崩壊を常に間一髪ですり抜ける様には笑いをこえて快感すら覚えます。地球の軸の移動すら味方につけた主人公でした。そして役目を終えたサブキャラはさっさと死なせちゃう。
今の世界各国の関係をチープに表現し、日本は見事にしょぼい!
インデペンデンスデイの時は、大統領自ら戦闘機に乗っちゃったり、黒人兵士とコンピュータオタクな博士が協力してコンピュータウィルスを的に送り込んだり、まさに90年代アメリカならではだったけど、今回のも00年代末ならでは。
 ああエンターテイメント。莫大なお金でこんなの作って、莫大な人たちがお金払ってみてるんだから、エンターテイメントって不思議。


 かいじゅたちのいるところは、上の2作とは大違いで久々にマトモな映画を見た気分になりました。想像外のシリアスな展開に深みあり。見てる側もなんとなーく居心地わるく不安な感じがウマく出ていたなあ。音楽がキラキラしてたのが救い。スパイクジョーンズ、離婚した後に作ったからこんな感じになったのだろうな〜と思いました。後味がすごいいいです。着ぐるみの使い方もいいです。


映画をみたらなんやかんや自分の絵画制作についても考えます。

もともと映画が発明される前は場合によっちゃ絵画が映画のような役割を持ってたりもしてんだろうなあ、ダビッドのでかい絵とかそんな感じする。
それが今はすっかり分離しちゃってアバターみたいなモンまででてきちゃってると、絵画に残された役割ってなんだろう。ただのエンターテイメントを求めるのであれば非常に分が悪い。
…絵画は絵画らしさという特権的な魅力があるから、エンターテイメントだらけの今日でも消えずに残っているのだ!
絵画は制作者と絵画そのものが向き合っていたという実体感が残っている。だから、スケール感もヒューマンサイズから出発できる。要するに例えば劇場のスクリーンてめちゃくちゃデカイけどいちいちそのデカさに感動しない、でも絵画がデカかったらデカぁぁっ!て思うのは人がその絵に向き合って作ったってことが実感できるからなのだろうなー。そんな絵画らしさもあると思います。
 テクノロジーが発達してビジュアルメディアが進化すればするほど、アナログなままの絵画は絵画としての価値が相対的に深まり、さらにテクノロジーをアナログな世界にうまく利用できるのだはないかとポジティブに考えてます。

2010年が はじまった ことしもよろしくおねがいします

とはいえ、もうすぐ1月もおわってしまう…

年初めから3ヶ月後に年度初めというのがまた来るので、気持ちの仕切りていうのがなんとなく難しい1~3月。

今年こそはこのブログをもう少し更新してみようと、試しに一発書いてみます。

「ものぐさ」

[名・形動]《古くは「ものくさ」》めんどうがること。また、その性質・人や、そのさま。無精。「―をする」「―な態度」

おまえはものぐさだ!と、こないだ仲の良い人に言われたので、早速yahoo辞書で「ものぐさ」の詳細を調べたら↑ということでした。漢字で書くと「物臭」だって笑 イヤな字だな〜自分にぴったり!!

そうです、ものぐさなんです。だからこうブログ一本更新しようと思い立っても、

ああどうせなら写真とかがあったほうがビジュアル的にいいよな…、
てことは写真を撮ってさらにパソコンにとりこまなきゃならないな…、
ああ出来事ひとつ書くにしても言葉選び次第でおもしろさが伝わりにくくなるよな…、
ああ何日か経って自分の残した文に凹んだりする可能性もあるのな…、
ぐだぐだ何日も書き続けたとして、気付いたら自分の性格の悪さと頭の悪さを露出するだけだったとかナンセンスよな…、
ああログインとかしなきゃならんのよな…、

とか考えるだけで…めんどくさ!!

って止めてます。しかもこんな想像するだけで、ぅん十分とかかかって時間ももったいない。だめですね。
 腹が減ってもご飯を用意するのが面倒なので、空腹な事実を意識的に何時間も忘れてみるということもあります。洗濯は明日で良い、部屋を片付けるのは来週のゴミの日の前日で良い、なんて調子です。
友達に連絡するのが面倒だという態度がバレて、正月早々地元の友達に説教されたりもしました笑。

 さてしかし、自分が作っている絵画作品は、作業工程がめんどくさいことばっかりです。不思議なことにそのような制作はだらだらと未だに続いています。
 おそらく、生きる事がメンドクサイという物臭根性が、現実逃避の手段として作品制作を選んだのではないか。

 現実逃避っちゃあ、やれインターネットだ、やれTVゲームだ、いろいろありますが、ネットやってるうちに一日が終わってたりしたら立ち直れません。現実逃避すると基本的に逃避後、負のスパイラルに陥る。(とはいえネットやゲームを否定してるわけじゃないよ)
 ところが作品制作ならば、謎の充実感と共に、明日への向上心すら芽生えるのだから、こんな現実逃避なかなかない!
 作品を良くする為にという前提で、生活するようになる。経験や情報すべてが作品の為の何らかの材料やスパイスになる。
作品制作してると気持ちの効率が、とても良いんです。なんとかして、作品を良い方向にもっていきたいというこれまた謎の目標があり、それがめんどくささを消してしまっている。
 そのうち現実逃避のはずだった行為が倒錯して逆に現実になってしまったような感じ。

これは一体なんなんでしょうね。
魔法か、アブナイ洗脳か。

そんな調子で最近は中型の黄色い絵と、小作品何点かを制作中。しかし冬は制作しづらいなあ。夏に個展やるからちょっとずつ準備せねば。

最近見た映画→THIS IS IT、アバター、かいじゅうたちのいるところ
最近読んでる本→日本辺境論
どれもいい影響です。

よし地味ながら今年は攻めるぞー

・GOLDEN COMPETITION で、U35賞を頂く事ができました。

東京にお住まいの皆さん、お時間あれば是非お越し下さい。

GOLDEN COMPETITION 09' 入選者作品展
O美術館
東京都品川区大崎1-6-2 大崎ニューシティ2号館2階
TEL.03-3495-4040
◎会期 2009年11月20日(金)〜25日(水)
10:00〜18:00(最終日は17:00まで)
11/20(金)17:00より表彰式並びにオープニングパーティ

http://www.turner.co.jp/GoldenConpetition/index.html



・札幌の真駒内にある六花文庫の六花ファイルというコンペに入選しました。詳細コチラ↓
  http://www.rokkatei.co.jp/rokkafile/index.html

ここは、六花亭真駒内の別館で、食に関する本がズラッと並び、コーヒー飲みながらゆったりするという不思議空間です。そこにあるのが六花ファイルで入選した作家の作品が、箱の中に収められてて自由に鑑賞できるというシステムです。手袋をはめて作品に触ることができます。普段は壁に架けられている絵画をオブジェクトとして楽しんでみて下さい。

六花文庫
  札幌市南区真駒内上町3丁目1-3
  月曜〜土曜 10:00-17:00
  2011年9月まで作品が保管されています。閲覧は自由です。

○日本一周旅行を終えた簡単なまとめ 

 4月〜5月にかけて、車で日本を縦断した。教師を辞めた記念というか、溜まっていたインプット欲を大決行。沖縄以外は一応すべての都道府県に寄ったことになる。ちなみに一番南は屋久島!

一ヶ月なので、移動するのが精一杯。その県をたっぷり堪能するというわけにはいかず、超有名な名所をつまみ食いするという修学旅行的な毎日だった。そのため各々の土地に潜む土着文化みたいなものはわかるはずもなかったのだが、重要だったのは、車で連続してこの列島を移動し続けたことだと思う。

 普段例えば北海道から東京に向かうなら、飛行機あるいはフェリーなのだけど、どちらも移動のスケール感は感じにくい乗り物。車だと、陸の形に沿って移動するし、自分がハンドルを持つので移動の実感がある。
 九州から東京までがいかに長いか…東京って、ホントに東の都だった!そこからさらに北上する東北の最果て感とは…空気がなんかせつない。
山陰地方の昔風な上品さや、飛騨山脈が日本の屋根と呼ばれる理由。町と町のつながりや、陸の高低のつながり、ザ・日本列島の連続性!これは飛行機では体感できないものだ。(もちろん飛行機にも、俯瞰するという別種のスケール感があるけれど)。
 そして日本がいかに山の国なのかがよくわかった。ちょっと都会を離れると、すぐ峠だ。山の間にある町などは、よくこんな斜面に建ててるなあ…という光景もしばしば。限られた平地には都市、ビルヂング。
 同時に、日本は海の国でもあった。海の表情が地域によって全く変わる。僕は北海道の太平洋側の黒い海が人生最初の海体験だったので、基本的に海には恐ろしいイメージを持っているのだけど、高知の桂浜などは、やさしい青で透明…これが同じ海なのか?と感じるくらい。
道路の密度や、町と町の距離なども新鮮に感じた。とくに西日本は、細くてヤバい道路があったり、国の密度が移動してるだけでよくわかる。

 そういった日本列島の大まかなスケールってのを体感できたことが大きな価値だった。
東北よりさらに海の向こうにある北海道(!)に住み続けていた自分が、いかに、ザ・最北端野郎か。東北の下北半島まで行くと、なんというか地図的に行き止まりだし、ずいぶんな移動距離を実感できたので、ああここまできたんだなあ…と感慨深くなったのだが、そこからさらにフェリーに乗って海を越えちゃう土地って一体なんだ!?ということになる。若干別モノである。
 実際旅を終えて北海道に上陸した時、北海道が特殊に見えた。道路は広し、土地も広し、広くて…なにもない!町と町の間に、なにもない。いやなにもないわけではないが、とくに印象深い風景が…だだっぴろい。そんな中の札幌に住んでるんだな。帯広から、ノコノコやってきたんだな。一見なんもないが僕はやはり北海道に愛がある!毎年毎年この土地ならではの春夏秋冬を感じニオイを感じ風を浴びてるのだー僕の土着性とはいったいなんだろう。

 ちなみに日本には美術館がやたら多く存在してるようだ。そんな大量にあってどうすんだ、コレクションは一体どうなっているのか。開館時間が限られてるもんで、寄れた美術館は全体のうちのほんの僅か。今度は全国美術制覇したいなあ。
悪天候で見えなかった青い富士山はいつになったら拝む事ができるのだろう…。
沖縄にはいつ行こうかなあ。

ホームページの原型ができました。
http://www.geocities.jp/yamamotopaintings/

このページのトップヘ