やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

札幌在住で同い年のいとこに三人目のお子様が生まれて、かつしばらく遠方に引っ越すとのことで、地元帯広から現れた我が妹と共にいとこ一家に会いに行った。そこは大家族なので、僕は若干サザエさんちに遊びに来たノリスケ状態。

生まれて1ヶ月のベイビーは小さすぎて奇跡。なんとまあかわいい。同い年なのにいとこはすっかり一家の母。自分との時間の過ごし方がいかに違うかと驚く。

我が妹もいつのまにやら大人であり、たまに会うと一瞬、誰なんだこいつは!と思うことがあるほどだ(笑)。精神年齢はもう明らかに僕が下。血族達よ、僕を置いて遠くに行ってしまったのね!

ということでいつの間にか無意識に精神年齢の近い、いとこの長男(小2)と暴れたりマリオをしたりキャッキャと遊ぶことになるのだ。しかし君もいつか、遠くに行くのか(泣)

こんなことを言い出すとオマエはピーターパン症候群かと思われそう、それはちょっとニュアンスが違う!
子供時代の感覚を忘れられないまま自動的に大人になった人という感じか?

そしておもしろかったのが、同い年いとこの弟にあたる21歳のいとこもいて、こいつは春から結構本気でお笑い芸人を目指して状況するらしい…マクドナルドのドナルド柄の変な帽子を堂々と被ってるあたり、自己顕示欲だけはイイ感じのようだ。応援した。アートとは違えど地獄の道なんだろな。

あーあ、こんなんですいません。と誰に向けるでもなく謝りたくなりますな。

さて明日からはアート漬けの東京栃木行きだー

宮の森美術館で、教育大の特別講義として、写真家の森山大道さんと美術評論家の赤坂秀人さんの最終講義の日。

5年前の最初の講義のときにギリギリ学生だった時に赤坂さんと知り合えて、以来東京で何度もお世話になっていた。作品ファイルを見て頂けたり、大竹伸朗の全景展を一緒に見に行き、その場で大竹さんと話す機会を作って頂けたり。

そんなこともあり、今回はなんとか手伝いに行かなければ!ということで事前に懇願したら、突如打ち上げの会場係を任命され、こりゃあタイヘンだということで居酒屋を探してたのでした。

講義は森山さんと赤坂さんの対談。内容は非常に充実していて、メモを取るのに必死だった。
時代が流れていろんなことは変わっているけど、モノを作るということに関しての原則は、変わっていないと思う。という一言にえらく感動した(それはモノを作る人としての希望として常に思っていたいことだったので)。

写真の特性の話、アートの文脈で取り上げられることについてやギャラリストの話、デジタルの話、アメリカの話、ウォーホルの話…正直で深みのある一言一言に、作家としての構えが重く伝わってきた。

やる気のドーピングだ。

バタバタ企画した打ち上げは、大人な関係者ばかりで、頭くるくるになりながら、なんとか無事に終われて良かった…。一瞬森山さんとお話する機会があったが、雰囲気に緊張して何を話したらいいかわからんくて、それ自体良い経験だった。

その後さらに山本先生と伊藤先生(また!!)と全体反省会。次の日は、入試で朝が早いらしいのに。
とにかく、作家はタフだ。



昨夜ほろ酔いで家に帰ってきた時、家の隣の雪山ががっぽり削りとられてそこにパワーショベルやらトラックがドーンと停められていた。

これは嫌な予感だなと思ったら案の定、朝から家の脇の道路工事でガタガタガタガタ。震度2くらいで家が揺れてるんじゃないか!?

家の周りの地区は札幌でもまだ未整備部分が多いところで、袋小路があったり、入りくんだ小道が残るなかなかおもしろいとこなんだけど、ここ最近新しい道ができたり、整備が進んだり慌ただしい。
雪が降る直前には近くの公園を2割ほど削って、代わりにキレイな舗装道路ができていた。新鮮だったなーあれは。

ちなみに家の隣はなんかの整備工場、家の前にはすごく小さな昭和の美容室、その向かいにはデカいマンションという感じで、新旧が混ざった風景。

我が家もその地区整備の流れで 、あと2年経ったら取り壊されることがもともと決まっている。その時はまたアトリエを探さなければならん。家が潰されたら、新しいアパートか、駐車場などに生まれ変わるんだろうか。なんとセンチメンタルな!

住んでる場所の風景がどんどん変わっていくダイナミズムは、札幌の辺境の地にあった大学近辺でも日々体感していた。毎年建物の数が倍増して 原っぱの向こうにデカいマンション群がそびえてた印象はみるみる無くなっていき、すっかり新興住宅地になった。

なんとなく、失われていく風景に寂しさを感じながらも、新しい風景が出来ていく期待感も同時にあって、そんな気持ちのバランスが、いい作品を生み出すための一つのヒントになりそう。

ただ、地区整備のせいでゴミステーションが50mほど遠くなってしまったのが誠に残念なところ!


 黄色の絵の側面処理も終わり、表面の最後のヤスリがけ。一番丹念にヤスリをかけるので、粉の量がハンパじゃない。ヤスリの目の段階は、今は3段階。120番 150番 320番。

 320番までいくと、マットな平らにしあがり、それまでの雰囲気とは違ったオモムキがでてくるのだ。光の反射の仕方と光の入り方が一気に安定するので、絵の見え方の純度が上がる気がする。この320番の表面バージョンは、僕だけが堪能できる完成まで9割5分地点の裏バージョン。

このあと、最後にツヤありのニススプレーで仕上げるのだけど、それがまた辛くて…家が毒ガス充満になるので、本日は保留。

 同時制作中の小さな絵達も、ようやく形になってきて、あと3〜4層で、見えてくる予感。よしよし狭いアトリエの空気が充実してきた。


 夕方過ぎに街へ出向いて、訳ありで居酒屋リサーチ。のれん横丁 エムズスペース こんなおもしろそうな店があるとは。

 その足で、CAI02で開催中の、大黒 淳一 音の彫刻展をみる。こりゃあ面白かった!けっこう長い時間ふらりふらり展示空間をさまよいながら、耳と目をを傾けて鑑賞してた。謎のスピーカーからでるレーザーのような音の感じ方は新鮮だったな、なんなんだあれは。

 さらに、大学院生の飲み会に乱入、またしても山本先生と伊藤先生とお話。最近会いすぎてる。変な後輩達もいつもおもしろいね。

 ラストはなぜか山本先生の息子さんと初めて熱燗を飲みながらトーク、山本先生を家族の立場から見たストレートの意見がすごくおもしろかった。先生は深夜2時でも早朝5時でも構わず家の中で電動ヤスリの轟音を鳴らすとか。それはさすがに嫌だろうなあ。
 

本日の朝刊、北海道アートエリア21世紀という、文化欄のコーナーに載せて頂きました。家で道新をとってるかた、チラッとみてみてくださーい。

この間の久米さんから受けたインタビューを元に、記事にしてもらえたのでした。久米さん、北海道新聞さん、ありがとうございました。

やはり、立派な言葉で書かれると、日頃の自分の怠惰で適当な感じとのギャップがありすぎて恥ずかしいです。


あら映像はとっても良かったけど、なんか妙に主観的なドキュメンタリーに仕上がっちゃったのはなぜ!

最近の海系映画はサメよりイカの方が怖く見えるんだな。


鈍い黄色の絵の描写が終わり、あとは最後の透明を平らにして、ニススプレーでコーティングすれば完成だー。しかしこれがまたなにより大変で、気が重いのだが…。

いや実はしかしその前にやることがもう1つ。側面の処理…。これまた地味に面倒だ。今の作品たちの側面は、描写の邪魔にならんように、白に1層だけコーティングして平らに仕上げている。
描写による厚みが3〜5mmくらいになっていて、むき出しでその厚みを見れるようにしている。

描写中は、透明層を筆で厚塗りした後にヤスリとペインティングナイフで平らにしていくので、絵のエッジがガタガタになっていく。このガタガタをわざと残していた時期もあったけど、厚みをわかりやすく見せたいので、ガタガタを無くしてエッジをスッキリさせる必要がある。カッターで大まかにエッジを切り落として、あとは表面加工と同じように透明層とヤスリだ。面が細長いので、非常にやりづらい。

こういう処理を側面にもするので、鑑賞者は作品の土台が木製パネルだとはなかなか気付かないはずだ。そして描写の厚みがアクリル板だと思われることがあるのもエッジをスパっとさせているからだと思う。


側面のベストが今の形式で良いのかはまだわかりかねるところだ。白じゃなくてもいいかもしれないし、キャンバス地もいいかもしれない。絵具のはみ出しを許容するか、しないか。支持体の厚みもどの辺りがいいか。エッジはハードかソフトか。
むしろ額に収めてみたほうが良かったり。
もうこの辺りはフェチでいいのかも…?

いずれにしろ、描写の邪魔にならないように、かつ絵画としての存在感を意識できるような側面である必要がある。

描写が終わってから完成までが結構長くて、その作業行程がすべてめんどくさいのがとってももどかしい!

最初の木枠&下地作りと合わせて、一番やりたくない作業です。
やりたくなくても、やらないと見栄えがショボくなるので、ものぐさ自分のための心の試練だと言い聞かせながらやるのです。ああ、イヤだ!

月刊ギャラリーという雑誌の3月号に大黒屋の受賞ということで僕の記事を載せてもらいました!

表紙にもちゃっかり名前がチラリ。もし書店でみかけたらソーッと手に取ってみてください。
サッポロでは、ジュンク堂や駅前の紀伊國屋で売ってるのを確認。
先日電話インタビューされて、しどろもどろでどうなるやらでしたが、なんと3ページもの記事でした。自分で読んでみると、なんとも恥ずかしい…

月刊ギャラリーさん、ありがとうございました。

絵に透明なコーティングをする手法は元々ポルケの影響だったり大学の先輩の影響だったりするわけで、札幌内で見ても透明コーティング絵画を制作する人達は何人か思い当たる。

透明なヤツラとひとくくりにされないように、なんとかオリジナルな感じをモノにしようと頭を悩ませたこともあったなあ。
一層毎に透明層で包む方法は、さすがにめんどくさいから自分流だろうと思いたいけど、せかいはとても広いから全くそんなことはないだろう。

今は手法として必要だから使っているという感じだ。

透明層が必要な理由は、まず、丸を重ねる際に気持ちがラクになるから。
前の層までが、透明層を挟むことで常に新しい下地になる。
透明層毎にヤスリで平らにするから、筆や絵具の乗りも前の描写に影響されず、スルッと絵の具を乗せることができる。これはとても重要な要素だ。

次に、絵具が宙に浮いたようになるから。
透明層を挟むので、絵の中に光が入ってきて、絵具の影ができる。これはやってる自分としてはなかなかおもしろくて、見せかけの浮遊感を強調できるのがよい。
絵具の重なりに、実際の奥行きが生まれるので、イリュージョンとはまた違った、ミリ単位のリアリティ空間を感じることができる。


絵具は光の反射をコントロールできる不思議なモノだけど、その絵具を透明層で封じてしまう上に、透明層は平らにしてるので、絵具の直接色を跳ね返す感じに違和感を与えることもできる。だから絵がドライにクールぶってる印象を作りだせる。


僕の使ってる透明層は、重ねるとどんどんモヤがかかるのがイイところ。ただその特性のせいで、できないこともあるけれど…。

それと透明層を塗る際に、塗り方や透明絵具の固さに気をつけなければ、気泡がやたら入るのに注意。時に気泡を活かせる場合もあるが、汚く見えちゃイカン。ここが難しいのです。気泡と仲良くする方法はどこにある。

 起きて絵にヤスリをかけたり塗ったりした。玄関にクモがいた…やはりいよいよか。虫が起きるのか…。不安を感じながら外出。大通りの地下にある、日の出そばで朝ご飯。ここはよく利用する立ち食いそば屋。決して味がうまいわけじゃないが、なぜか食べたくなるんだよなーあそこを通りかかると。天ぷらそばにたっぷり一味をかけて食うのが乙。店のおばちゃん達がおばちゃんすぎておばちゃんすぎる。

 ポルトギャラリーに行き、北方圏学術情報センタープロジェクト研究芸術研究領域グループ成果報告会、のなかの美術作品展を見る。受付の学生が辛そうだった。一度見た事ある作品が半分くらいあったけど、おもしろい展示でした。しかしこの中に大学院時代の同級生が2人出品してて、2人とも大学関係で働いてる肩書きだな〜と思うと、こりゃあ負けてられんなあと思った。こっちは安月給を選んで絵に賭けとるんじゃーい!

 帰ってからマンガオタクのYと丸善に行ったら、マンガを物色してる伊藤先生に遭遇した。Yと共にマンガコーナーをしげしげと眺める先生。ああ、その筋の人たちの眼差しはすごいもんだと関心しながら僕はブルータスを立ち読み、なになにサッポロは魅力的なローカル都市ベスト3とな。
 美術手帳にゃ相対性理論+渋谷慶一郎のインタビューが載っちゃってて、なんかそれってちょっとイヤな感じもしたがまあいいや。相対性理論は周りの人だいたい聞いてるな〜 歌詞は狙いすぎてる感じもするがなんかバンド音とボーカルのバランスがとってもイイ。四月革命という曲を最近リピート中。

文庫版が新しくなってた手塚治虫全集、読みかけたまま保留にしてたシュマリを良い機会だと思って購入。魅力的ローカル都市にランクインする軽さを吹き飛ばしちゃう内容だなぁ、感動。

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