やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

講演連発!!昨日の熱も冷めないまま、今度はあの村上隆氏が「SAPPORO次世代コンテンツ産業創造プロジェクト」
のために講演をするということで、事前に参加を申し込んでいたのでした。
プリンスホテル国際館パミールでの講演、ちなみに隣の部屋では全国高校アイスホッケーのイベントをやっていた。このギャップ。
3時間の講演もあっという間で非常に濃密でリアルな内容にただただ圧倒される。

前半は、村上さんの経験談を踏まえながら札幌でコンテンツビジネスを成立させるにはどう動くべきかというような話。
芸術闘争論も発売したばかりだし、話の内容は結構重複するかもしれないと思っていたが、全くそんなことはなかった!!

日本社会で稼ごうとしたら障害を作られるという痛烈な批判から、アメリカとのビジネスマインドの差についてだったり、
億単位のお金もダマしとられて、取り返そうとした話、契約や弁護士のこと、アートはコストパフォーマンスが高いって話、
価値のリサイクルの話など、すごい情報量。いろんな感情が入り交じった、なんともシリアスで人間臭い話ばかりだった。

もちろん自作の狙いについての話もあり、目の付けどころとアプローチの仕方がユニークで、かつなるほどと感心させられるばかり。
やりたいことが明確にまずあって、それを実現させる為のハンパ無い行動だというのが、どストレートに伝わる。

後半は、プロデューサーの竹内宏彰さん、ICCの久保さんと伊藤先生も加わりシンポジウム。
序盤から「札幌ではアートは育ちにくい。なぜなら本物を見れる機会が少ないから。
反面、複製芸術としてマンガなどは発展している背景もある。」という話で、その通りすぎてアートをやる者として悲しい現実を受け止めるのみ。。。
札幌のアーチストはニューヨーク、ロンドン、パリに本物沢山何度も見に行きましょうYO!

なもんで、直接的なアートの話は少し減ってしまった。
もともとコンテンツビジネスの講演なのでそれは元より承知の上。
もちろん、アートに応用できる話もたくさんあった。
そこに突然名指しで呼ばれた某大学の先輩。
すげー不思議な光景というかなんかもう笑ってしまった。すげーな。
で、その流れでヴェルサイユで公開したアニメを見る事もできた。
個人的には、この作品の狙いやコンセプトの話が聞きたかった。
村上さん本人も言ってたけど、プリキュアのパクリのような内容でした。

札幌についても、可能性を秘めてる場所なのに、住んでる本人達の自覚が足りないだとか、
千歳空港をハブ化するべきだとか、おおお!と振るいだたせてくれる発言。

やっぱりまずアアチストはニューヨーク、ロンドン、パリに本物沢山何度も見に行きましょうYO!!

…つーか、実際札幌で例えば画家になりたいとか思って制作してる人で、
ニューヨーク、ロンドン、パリすべてに実際本物見に行った人ってどのくらいいるのかな?
僕はまだニューヨークのみ。。。絵画の歴史を体感するには数年以内に、テートモダンやらルーブルやらオルセーやらにも行かねばならぬ。
そうだ、以前の村上さんのニコニコ生放送では、作品のコンテクストのレイヤーに50年代アメリカ(抽象表現主義)とデュシャンを含めなければならんと言っていた。
50年代以降のアメリカはMOMAに行けばとてもわかりやすくプロパカンダ的に体感させてくれるが、デュシャンも入れねばならんのなら、大ガラスと遺作を見にフィラデルフィアも追加せねばならんね。
ニューヨーク、ロンドン、パリ、フィラデルフィア全部行ってる人はあんまりいないんじゃない?

S-AIR 連続講座Vol.3 「国際芸術祭研究」講座なるものがOYOYO まち×アートセンターで行われていた。
僕は惜しくも遅れて向かう事になり、メインイベント第二部が終わる直前に到着。

壇上では、作家の高橋喜代史君、S-AIRの柴田尚さん、プレ・ビエンナーレディレクター端聡さん、学芸員の穂積利明さんという濃い4人が対談のまとめに入ったところだった。そこに、作家の磯崎道佳さんも乱入し、それぞれの意見がぶつかっておもしろいことに。

終盤参加のため流れこそよくわかっていなかったが、熱気が冷めない第三部の延長戦&忘年会から本腰参加。
いきなり高橋君に個別に「いろんなビエンナーレ見て来たけど絵画の割合が減ってる気がする。それについてどう思う?」と質問されたので、
自分なりに答える。
僕もたくさんビエンナーレを見ているわけではないので、なんとも言えないけれど、
絵画は、今のビエンナーレの、というか美術表現の多様性という性格上、場や雰囲気に即した柔軟性には弱いようにも思える。
ただ絵画が一切無いビエンナーレは無い気がするので、ああやっぱり一定の需要はあるのかなあと感じる。
個人的には、ビエンナーレは、美術のイロイロが見たい!という目的で見に行く。
比較できるし。良い作品に会えたらラッキー、おもしろくなくてもそれはそれで何かしら考える種になるし。。。
絵画を堪能したい目的なら、絵画展示が目玉の国際的美術館に行くか、最新作家の個展や企画展に行きたい。
…とビエンナーレの話の場で絵画の話をしているのもなんとなくニッチ。なんとなく、閉塞感…

そして気付いたら伊藤先生と磯崎先生をみんなが囲む輪ができてそこに端さんも参加、
僕はただただ耳を傾けて話の中からいかに自分の肥料になる要素をヒアリングするか?モードに移行する。

第三部も盛り上がり、僕も楽しくなってきたので顔の知れた6人くらいで居酒屋で第四部に移行。
毒舌を含むゴニョゴニョで朝4時半まで盛り上がった。
しかし、キーボー君の求心力がガンガン上がって来ているような気がする。
僕はまんまとそこに乗っかって、知らない人や事についていろいろ情報をもらう。
なので僕はもっと絵画の知識を深めて、情報貰う代わりに絵画の話は出来ます!的なポジションを確立したい笑

毎年12月になると、
山本雄基&笠見康大 with 小林麻美
という絵描きプチ忘年会が発生する。
正確には発生するというより、僕らのアコガレお姉さんである、小林さん(以下あっちさん)を半ば強引に誘って話をする企画だ。笑
笠見君とはいつもあーだこーだ話してるけど、そこにあっちさんという強力な調味料をブレンドし、新たなテイストにエキサイトしたいのです。

ちなみに、笠見君の先輩が僕で、さらに先輩があっちさん。学生時代より同じアトリエで切磋琢磨してきた。
あっちさんには何度も助けてもらった。教授と険悪な関係になりそうなところを仲裁に入ってもらったり、
悶々としてウザウザしい制作の悩みをぶちまけさせてくれたり、恥ずかしい当時の若気の至りっぷりにもいろいろ対応してもらってきた。

3人とも卒業後も制作発表を続けており、かつ絵画についてかなり考えている。
笠見君もあっちさんも、油彩で、タッチを残し、湿っぽい、ドロンとした、雰囲気を持っており、
それは僕の軽ーくてドライなアクリル絵画には無い要素なので、勉強させて貰っている。
頼もしいし、僕を残して誰かが一気抜きん出てにドーンと絵画の大舞台に行っちゃうんじゃないかという緊張感がある。
なので毎年この3人会では熱い画家同士としての話をしようと意気込むも、結局僕だけ酔っぱらって自分のムダ話をして終わるという情けない展開になる。
あっちさんはお酒を飲まないので、よし今回はノンアルコールでガチ美術トークを!!と肩肘を貼る。

話は最近の近場のいろんな展示の感想や、何を考えて描いているか、デュマスやトレスの話や、芸術とか宗教の話や、上海ビエンナーレや札幌はどうなるやら、
、やっといろいろ風呂敷を広げてノッてきたところでタイムアップ!!あらー全く時間が足りません!

帰って来てから、もう一軒強引にハシゴすべきだったか、とか、もっといろいろ突っ込むべきことはあるだろう!と自省した。←毎度のこと。
とりあえずお互いの絵の話が足りなかったので…そこを書き留めてみることにした。

笠見君の近作は先日某公募展で見ることができた。

以前は目止めしたキャンバスにテクニカルなボカシをつかってフラット且つストロークが際立つような画面を作っていて、
そこに光のような点がポツポツ配置されているような画風だった。
形として見えているのはボケた点のみなんだけど、
どこかグロテスクというか血なまぐささというか痛い感覚、と絵画のキモチよさやキレイさが
表現の中に混在している。

最近は筆の種類も塗り方も多彩に同列させて、キャンバスも目止めしなくなった。
点も無くなって、代わりに画面を走るエッジの効いたストロークが形体を作り上げたり、
途中で色面と解けあったり、その色面も絵具の厚みや塗り方が変化に富んでいる。
筆跡も多重に重なっていたりするのがわかり、以前の作品より時間の蓄積が感じられるような画面になった。
ただ、一見画風が変わっても、あの血なまぐさい雰囲気はもちろん健在していて、
さらにハッキリとしたストロークで画面を複雑に割ってるので、傷口スパッ!!と言いたくなるような暴力性も増した。
画面に生まれる空間は奥に行ったり手前に来たり、パカパカ入れ替わるような意識があるようだけど、
以前の作品のほうが、画面が孕む空間の深みはあった。あそこから空間の質を変えようと悶々としているような印象。

シュールレアリスムの自動表記の如く絵をスタートさせて空間を作っていくって言ってたな。
そういや抽象表現主義も自動表記からの流れを汲んでいるし、笠見作品の説明によく引き合いに出されているけど、
こんなに痛そうな抽象表現主義作品はあまりない笑。その差はおもしろい。

僕は気持ち悪いイヤーな感じのただの主観的な自己表現はとてもキライだけど、
笠見君のグロさは、絵画そのものの問題と本人の生理的性質がうまくブレンドされて、
このバランスの取り方に感心する。自分ではドロッとした表現できないし。。

ただ、あの表現をするにしては、サイズが100号はちと小さい気がした。
僕も人の事言えんけど、、、
学校卒業してからは、アトリエ問題や保管場所問題150号以上くらいの巨大サイズ作品を作るハードルが上がる。
実際周りの制作続けてる絵描きさんたちのタテヨコ共に2メートル級の新作はなかなか見ないので、
みんな問題に抱えてる部分だと思う。


あっちさんのここ数年の作品は、「あっちさんが見た世界の風景」が絵画として変換されている。
もっと前の作品は、部屋や花、意味を暗示させるモチーフと人を合わせたような、イメージ自体が作られた世界観だった。
あの頃の作品と今の作品には、変わらないジットリした空気を感じるけれど、あの別世界な感じが今は現実と合体してるみたいだ。
あっち・さんの「あっち」は、あっちの世界のあっち、かも!?(意味不明)

僕には世界があんな風には見えないのだけれど、小林作品を見てると、
描かれた風景を追体験してみて、
こんな風に現実を見てるのか!?こんな世界が見たいっていう願望ではなく、見てるのか。。
どこで見てるんだ?網膜?脳?五感?…ここはどこ!?と
こっちが次元の違う場所に立たされてるような気分になってくる。
少なくともあっちさんが描く世界の空の色は、青や水色とは思えない。
空の色が違う、同じで違う世界が二つ重なって同居してるような。

この人、映画「ゴーストワールド」のイーニドのように、だれにもわからない異世界に行っちゃう(行っちゃってる)んじゃないか??
でもこの麻キャンバスそのものに向かってベタベタ絵具を塗ってるのはあっちさん本人で間違いないから、大丈夫だ!!
と感じます。

ちなみにだいぶ昔に僕の中にあるボキャブラリーでなんとかヒネリ出した、少しだけ近いと思われるだろう感覚は、
スーパーファミコンソフトのゼルダの伝説神々のトライフォースの世界観だった笑
表と裏の世界があって、鏡のアイテムを使うとマップが微妙に違って変な敵がいて不思議な裏の世界に切り替わる。
そういう、感じ。
あの鏡のアイテムが、こっちとあっちの世界の境界線で入り口出口だ。
主人公のリンクは鏡アイテムを使ってガンガン世界を行き来する。

あの鏡のアイテムのような、「絵画」。
この「絵画」というところがニクらしさであって救い。
絵画だから鑑賞者は世界を行き来出来ないし。

あっちさんの修論テーマが寺山修司だったので、
後になってから、「田園に死す」を鑑賞してなるほどぉ、と思ったことを思い出した。

また、学生時代に、鈴木清順の「ツィゴイネルワイゼン」を教えてもらったことも思い出した。
こういうヤバい世界観にどっぷり浸かってるあっちさんはやっぱり確実に変態だと思った。笑
ずいぶん前なので内容もかなり曖昧にしか覚えていないが、とにかく危険なニオイが漂い、
対比されてる夢現実正常狂気生死世界を行ったり来たり、現実感が揺らぐような不思議な映画だった。

映画に比べると絵画は、描かれた世界、イメージ自体への没入観は弱いと思う。
なぜなら例えばそれは奥に入り込む空間の錯覚と同時に、
光を跳ね返す表面の物質感が強いからじゃないか。それに、時間の流れ方も違う。
さらに物質感の中に、画家がこのキャンバスの前に立ち、この距離で絵具を置いたという
絵画そのもののリアリティが含まれる。
近作であっちさんは、絵具のはじきのテクニックを取り入れたり、色数を増やしたり、タッチの残し方も塗り残しも大胆になってきている。
マテリアルは、鑑賞者の視点を絵画の表面に留めるし、マテリアルが作り出すイメージは、絵画空間に目を引き込む。
このバランスの取り方に凄みを感じ、不安も安心も貰えるんだ。

覗き見風な前景レイヤー構図の作り方は、あっちの世界に没入できないような仕掛けのようにも思える。入り口までしか、鑑賞者は入れない。
で、そのうち今度は前景と後景が、絵画的に混ざり合ってしまい、別の空間の複雑さを感じてくる。
あっちの世界(つーか描かれている絵画世界と言うべきか)の空間の深度と絵画空間の関係など、その辺もどう考えているのか気になる。

んで、500m美術館で新作を見る事ができたのだけど、地下鉄車内モチーフのほうは、近作の発展系というような画風だった。
もう一つの方が、少し違う雰囲気で、目に入るような場所に存在してるのが青白く発光した人だった。
この要素で、近作のような現実感から、ファンタジー(?)というかイメージの方に世界が少し離れたのかな?
その辺聞いとけばよかった。


そんなあっちお姉さんは今年ご結婚された。おめでとうございます!
僕らはなんとかお祝いのキモチを提示したいと、先日もっさいオトコ2人で大丸デパートをウロウロして
お祝いを探したのだった。
そんなわけで今回はただの強引企画ではなくお祝いを渡すというミッションもあり、
ようやくちょっぴり溜まりに溜まった敬意を形にできたが、逆にケーキ奢ってもらっちゃった笑

結局また甘えてばかりで膨大な借りをなかなか返せない!!
この際、借りだらけでももういいか、来年はこの強引企画回数を多めに…?

というわけでお二方、お前は間違ってるなどの訂正やプライバシーの侵害に関わった場合はご報告ください。

500m美術館、会期終了致しました。鑑賞して頂いた皆様、ありがとうございました!!

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僕もちょこちょこ様子を見に行っていたけれど、思った以上に沢山の人が立ち止まって鑑賞してくれていました。
作品を展示する場所としては決して良いとは言えないけれど、
これをきっかけに少しでも芸術表現に興味を持ってくれる人達がいるかもしれない。

芸術表現にとってツラいのは、多くの人に「わからん」「ただの趣味」「きもちわるい」「世の中に不必要」などと思われる事です。
確かに、一見そう思われてしまいそうな作品というのも中にはありますし、実際どうしよもなくヒドい作品というモノもあります。
人に不快な思いしか残さないアーティストまがいさんもどこかにはいます。
でもやっぱり、ちゃんとした芸術作品で体験できる価値というモノは、間違いなくあります。
それは、例えば世界を救ったり、多くの人の心を動かす偉大なメッセージではないかもしれない。
ただ、ひとりひとりの目や脳みそや心臓や内臓に訴える、ドスンと得体のしれない、響きみたいなものなのかも。

今回の500m美術館、自分の作品も含めてどこまでその価値を創造できたかわかりませんが、
何か不思議な体験感覚が心に残ってくれた人がいたらいいなあ。

そういえばしばらくDVDレンタルで映画を見る行為から遠ざかっていた。一度油断すると、2時間じっとTV画面の前に構えると思うと、腰が重くなる。
そして一旦鑑賞し始めると、夢中になってしまう。ということで、2本鑑賞してみた。

「マイマイ新子と千年の魔法」
 メディア芸術祭で賞を取ったとの事で、ミーハー心満載でみてみる。、時間軸をドッキングさせたり、現実と空想をドッキングさせたりして同列に進行していく構成がとてもおもしろかった。00'年代的構成とでも言うのか。世紀の発見という小説や、アースダイバー(読んでないけどなんとなく)、インセプションまでいろいろ連想。
性格のいい人たちがメインキャラクターとして登場しつつ、お話の枠の境界線にチラチラ危険な人や要素が見え隠れして、死もポンポン話に絡んで来て、子供時代の世界の見え方にとてもリアリティがあったのが印象的。

「愛のむきだし」
おもしろかったけど、4時間はさすがにちょっと長過ぎてかなり疲れた!
前回記事でも紹介したattaパーティの問題児、中川君に「満島ひかりの演技がすごいから見ろ!!」
と前々から言われていたのだけれど、確かにハンパなかった!程よいエロ具合に加えすさまじい眼力だ。この演技を見るだけでも価値ありかも。
イカれた設定の人たちばかりがメインキャラクターとして登場し、ゆらゆら帝国の曲がとてもぴったりだった。

そしてうわあ久々にもっといろいろ見たい!!という欲が溢れて来て、大通にできたツタヤに駆け込み物色してたら見るべき映画が沢山あってゲッソリ。消化しきれん量だ。とりあえず、「トロン:レガシー」の予習のために「トロン」だけ借りた。

上海にギャラリーを開いた方が、僕の作品を見て話がしたいとのことでわざわざ来札していただいた。
ちょうど500m美術館で作品展示していたので、作品の前でいろいろ話した後、CAI02へ。
するとポーランドのレジデンスに行くキッカケをくれた隠地さんという東京の作家さんもそこに。
上海のギャラリー事情や環境など話が盛り上がった。

ギャラリーの方は、僕の作品を上海で発表する企画を考えているとのこと。
それはまた突然な展開で、頭が整理できなくなってしまった。
非常にありがたいし刺激的な話だけれど、作品も溜まっていないし、すでに来年の個展2つが控えているし、まだ上海を見に行ったこともなく、
いろいろ検討することに。

その後、後輩(つーか元生徒)がDMをメッセージ付きで送ってくれたので、出身校の研究室展「油展」のオープニングパーティーへ。
うーむ。学生展とはいえ、ビリビリくる作品はまだほとんど無し。ヘタでもいいから絵画に狂ってほしいなあ…。
毎年この展覧会やってるけど、年々また古くささが戻って来ている気がする。
なぜ古くさいのか!?

まず、モチーフイメージをコラージュして作り、なんとなくシュールっぽい具象画という傾向。
それは例えば、なんとなーく人物がメインでいて、何か意味深風なモノを持っている場合もあれば、横に何か説明的なモノや生き物がいる場合もある。
で、なんとなーくその人物のキモチを表現した風な背景や、ここはどこ?的な背景が用意される。

それに、割と現実的な光景を題材にして、ゴリゴリとマチエールやちらつく色彩を多用しながら描く傾向。
使われているマチエールや色彩が、そのイメージに必要不可欠な要素なのか。

それに、本当にそれでいいのか!?と思うような側面や額。

このような表現のまま進歩しないなら、油彩研究室生として油彩を研究したことにはならないだろう。
だって、そういう絵を描くのは結構簡単だもの。
イメージの材料を用意できれば、あとの悩み所は人のカタチが狂うとか、色が変だとかの予備校デッサンの問題点とさほど変わらない。
絵画って、空間にしても構図にしても支持体にしても絵具にしても、もっと複雑で掘下げ甲斐のあるとこだらけで、
そこに気付こうとトライしてる作品はとても少なかった。残念。
先輩だから生意気に言ってみた。

その後、atta2.5周年パーティへ。
attaは、武田さん樫見さん大島さんの共同アトリエで、度々パーティが開かれる。
こういう企画をメンドクサがらずに、しかも先輩達自らが料理を振る舞ったり、毎回頭があがらない。
生活そのものが面倒な僕から見れば信じられない奇跡の行動だ。

芸術に狂った良い意味でヘンな人が集まるのでとても楽しい。
バカ話から真剣話まで盛り沢山だ。
なつかしいメンツが揃い、
学生時代に深夜アトリエで皆で飲んだくれてた頃と変わらない空気だった。

今回は高校も大学も一緒だった、中川君が現れた。
彼は度々ここのパーティに参加しては、酒乱で奇声を上げながら自分の人生観の悶々っぷりを嘆くタイヘンな野獣だ。

そんな彼は高校時代から異常に絵が上手く、上手いだけでなくセンスのある線で僕らをいつも驚かせた。
映画、漫画、アニメ、絵画までかなりの知識を持ち、オススメされた作品はほぼ間違いなく面白い。
で、プライドは高いのに自信は無いというハタから見れば意味不明っぷり。
んで、今は某ハイレベルアニメーション作品制作などの右腕として無くてはならない特異な存在として君臨している隠れスゴい人。
酔うたびに怪我してるし、皆にウザがられるも、なんだかんだ愛されているのは人柄やユーモアやセンスゆえ。

昔からなぜか僕にはひときわキビシく毒舌なんだけど笑、いつでも彼の目は信じられるので、なんとか追いつきたい!!と必死だった。
でも今も結局絵の上手さやセンスは追いつけないままだ。これからも追いつける見込みはなさそうだ。
追いつけないまま、なぜか絵画の虜になったのは僕で、
彼は絵画は選ばず、でも自分の高い能力を使ってアニメーションの仕事でなんだかんだ生きている。

こういう自分より明らかに絵のセンスがハンパ無い人がいる事をわかっていながら、絵画をやっているコンプレックス。
アニメーターに必要な絵のセンスと、画家に必要な絵のセンスは、必ずしも一致するものではない。
と思いながら絵具を練り練りするんだ。

帰宅したのは朝の4時半。

後輩の一言から、久々に我が家に人を呼び鍋を囲むイベントが発生した。
人が来ないとひたすら汚れ続ける我が生活部屋を、2日がかりでくしゃみ鼻詰まりと闘いながら掃除。
たまには来客が必要ですな。。。

今回集まった後輩達6人くらいは、学校卒業してなんやかんや美術表現を続ける粘り屋だ。
振り返れば彼らは学生時代から、チームデザイヤっつってユニットを組んだり、SPIRALっつってグループで企画展示したり活発だったな。

自分は先輩方にしがみついてここまで来たので、常に下っ端世代だと思ってたのに、
気付けばこんなに、もう学生ではない下の世代が揃っていたとは。

しかもこの内何人かは、先日まで韓国やら福岡に行きビエンナーレなど美術漬けになって帰ってきた。
話を聞けば、それぞれの視点でフィーリングを持ち帰って来てるじゃないか。うらやましい。
話の熱気っぷりに、やはり美術は本物を体験してなんぼだよなあ、と思った。

僕も数年前に韓国の光州ビエンナーレで初めて国際美術展なるものを体験した。
作品の質、だけではなく、第一印象のインパクトや、作品のテーマ選び(政治的だったり、ナンセンスだったり、グロだったり)や、作家の出身国の意識など、いろんな要素がごった煮になってせめぎ合ってる会場は独特の臨場感があった。
そんな中に、突然特別ブースのような形でゲルハルト・リヒターの抽象ゾーンと、リチャード・ハミルトンのセルフポートレートゾーンがどどん!!と存在していたり。この大御所の扱いは何なんだ?とも感じた。

今回彼らは光州と釜山の両方のビエンナーレをハシゴして、展示の方向性などの比較もできていた。
光州のカタログに、一人気になる画家がいたなあ、名前メモし忘れた…

後半は酔っぱらって、いつものようにただのウザい人に成り下がってしまった僕であったが、ひとつ悲しいのは、
美術好きの来客を意識して、目立つところに自慢げに置いている本棚の画集コレクション達に、みんな食いついてくれないことである。
まだそんなに量は多くないけど、学生時代からコツコツ集め、制作のヒントをくれた宝物。
それをこんなにオープンにしてるのに何故だいヤングアアチスト達よ!

皆が帰った後、一人酒を飲みながらリチャードハミルトンの画集を涙で濡らした(ウソ)

札幌芸術の森に「札幌昭和30年代 なかがわつかさが見た時代」を見に行く。
とても渋くて地味な内容ながら、思いのほか時間をかけてじっくり見る事になった。

こういう切り口でまとめて見せられる「美術」もあるんだなと、率直な感想。

美術史を更新しながら、世界を反映させながら巨大なうねりをあげるアートワールドが、僕の勉強したい、最も興味深い、スリリングなアートだ。ルーブル美術館、メトロポリタン美術館、オルセー美術館、ニューヨーク近代美術館、、、そういうビッグな美術館に収蔵されていくような、アート。

でも今展のテーマは「札幌」というローカルな地域で表現されたローカルな美術表現。その土地の土地性を結晶化させた記録としての美術。もちろん個々の作品は、アートワールドの巨匠の作品の影響をもらっているのは感じたけど、アートワールド自体を作って行くような表現とは少し違うような。

札幌の開発風景や日常や田舎の風景を取り上げた絵画や、公募展の存在感、グループの美術運動。この地で美術を盛り上げる熱気は、今の札幌の美術界より泥臭く活発に見えた。
公募展の存在意義も、今と違って時代背景と合わせてみれば理解できるような。。。そして公募展のあり方にするどい批判を決める、なかがわさんの言葉は今の公募展にもそのまま言うことができそうな内容だった。

当時の札幌の美術表現に感動したなかがわさんは内地から移住してまで評論活動を札幌で行っていたんだって。展示作品の隣になかがわさんの評論記事も一緒に展示されており、かなり辛口!こういう人いっぱいいたら、燃えるなあ笑

展示序盤に上映されていた、HBC制作の昔の札幌の記録ドキュメンタリーもじっくり見てしまった。ナレーションはキートン山田で、よくできたおもしろい映像だった。

展示後半には、岡部昌生さんの20代の作品もあり(ちなみに渋めの絵画でした)、40年後にアートワールドの祭典にヒロシマをテーマにしたフロッタージュ作品を展示してるんだと思うとまた、不思議な感覚に陥る。

美術やらアートやらって、ローカルやらグローバルやら、昭和やら平成やら、ビエンナーレやら公募展やら、いろんなスケールを取り込んでいるな。

展示終盤の今展年表に文化軸の年表も並列されており、今展の時間軸の最後のほうに、ウルトラQ放映開始 という項目があった。ウルトラQって、こないだ見たばっかりのウルトラマンのさらに前身のモノクロ特撮TV番組じゃないか。。。
そうか昭和30代て、そんなに昔で、ポップエンターテイメントの要素が無いのか!
となると展示作品も、渋い内容なのは時代背景から考えればそりゃそうだよな。

いやでもちょっとまて、同時代のアメリカにはロスコの色面絵画はもう完成されていたり、ラウシェンバーグがカッコ良すぎるコンバインを作っているな。。。
いやいや、それは戦後アメリカと戦後日本のさらにローカル地区との文化の作られ方が違うんだし、やっぱしそりゃそうだよな。

と、いうことで、当時の札幌と当時の渋い美術作品はやっぱり関係を感じるんだ。

今の札幌と今の札幌美術に、関係を感じるか!?
そんな事考えながら帰る。

発売日に定価で買ったau初のAndroidスマートフォン(スマートブック)、IS01。

誰かに自慢するたびに逆にバカにされつつも笑、愛用しているのだけれど、OSが1.6から2.1にアップデートされないという発表がTwitterで突然飛び出し、IS01ユーザーが荒れているようだ。
Twitterの影響の広がり方ってほんと気をつけないと良い方向にも悪い方向にも動いちゃうなあって感心しつつも、
無駄に悲しい気持ちになった!!

2.1にならないと言う事は、FireFoxやGoogle Earthに対応しないし、Flashも見れないままだ。
こんなハンパな結果になるとは。。。けっこう使いやすい機種なのになあ。
こんなマニアックな機種なのに、深澤直人デザインだし!
深澤デザインなのに、つるつるプラスチック加工ではなくシボシボ加工というレアものだよ。

DSみたいとか、iPhoneのほうがいいとか、散々な言われようだけど、こういう少しズレた隠れた名機みたいのがなんとなく、好きなのさ。バーチャルボーイとか、ワンダースワンとか買っちゃったキモチの、延長なのだ。

実際、Googleマップ使ったナビとか重宝してますし、Twitterもやりやすいですし、手軽にちょうど良い大きさの画面でネット出来るから、こいつとこれからも仲良くするんだ。。。

衝撃の残念発表と同じ日にiTunesストアでビートルズ配信のニュースも入ってきた。そりゃなんだかすごいことな気がする、
つられて ♪ストロベリ フィイルッズ フォーエッバー って流してもう心はヘロヘロよ。


知人が社会人プロレスをやっていて、ぜひ見に来て欲しいと宣伝を活発に行っていた。
僕は格闘技全般に全く興味が持てないのだけれど、浪人時代だらだら日曜の深夜まで起きていたらTVでプロレスが始まって、そのままだらだら見ていたらなんか偶然おもしろかったという思い出もあり笑、人生で一度くらいプロレス見に行くのも悪くない!見聞を広めるのだ!無料らしいし!ということで興味本位で見に行ってみた。

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なんかねー、おもしろかったです笑 社会人プロレスっていうゆるさもあったけど、ショーなんだよなあ。


続いて、道展の搬出に。
辞めるって言いに行いったけど、作品が地方巡回もするので、巡回が終わる2月まで待ちなさいと言われた。ああ、ということは今年は作品が地元帯広にも巡回するのだなあ。締めくくりにはちょうど良いか。。。


続いて、AGRAで宮内優里さん+大黒淳一さんのライブへ。
実を言うと僕は音楽聞くのは好きだけど、ライブってどうも苦手で。
ライジングサンとかも、どうもノリノリになれないんだ。ぴょんぴょんしたり手を振ったり、なんというか、
観客みんなでgrooove感!!!みたいのが耐えられないんだ笑 
周りなど無視して仁王立ちか座りで、じっくり聞きたいんだ。
でも今回のこのライブは雰囲気もまったりしてて周りも気にならずちゃんと自分のペースで聞けたので、こういうライブなら良いなあと感じた。

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宮内さんのその場で構成していく音の重なりとメロディがなんともキモチが良い。ポーランドに一緒に行った大黒さんの生演奏も初めて見る事ができて興奮。

そんな珍しくいろんなところに行った休日でした。

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