やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

2010年02月

2週間くらい前だったか、歩いてたら突然地球儀のことが気になりだした。

以来、仕事してる間すら地球儀になんとなく思いを馳せている。なぜ、今部屋に地球儀がないんだ?といった具合に。

先日アリオの丸善に行ったら、あらなんとタイムリー、地球儀コーナーがあったので、鼻息がやや荒くなった。

手に取ってサワサワしてみる。そしてクルクルしてみる。
う〜んなんてすばらしいオブジェクトだ!
全体の形が、いい。台座に支えられた球の感じ。
球の傾きがまた、たまらない!なんでこんな絶妙な角度に傾いてんの地球。いや、逆か。もともとこの角度に傾いている星に生まれたから、この角度が絶妙だと思うのはアタリマエなのか。

地球を模したこの物体を、なぜ、カッコ良いと思ってしまうんだろか。
この、いかにも地球儀らしい原型は、やはり地球が浮いてて傾いてて回ってるという要素を、できるだけ詰め込んだ結果から生まれた型なんだろな。いいなぁ。

丸ばっか描いてる身ですが、なんたってまず宇宙に浮かぶ星が丸いってこと、が、いいですよねぇ。少年ロマン。もう僕の年齢は少年ではなく男の人だけども、少年ロマンは男の人になっても大切。ちなみに僕の少年ロマンは小さな頃に地元帯広近辺のさらに田舎に住んでて、星がキレイに見えていた環境によって育まれたような気がする。

子供の頃には小さな学習地球儀が家にあった。南アメリカ大陸が人の顔に見えてしまったり、どこかの地名の響きがなんか嫌な感じで、無意味にちょっとした嫌悪感というか怖さがあった。それでもたまにクルクルしたり、しげしげ眺めたり大事にしてたが、ある時表面がベロっ!と剥がれてしまったんだよな。

ああ、地球儀が欲しい。欲しい。結構高くて買えない。だからブームが過ぎるのをじっと待つのです。

おぉ、すっかり我が家の前の道も久々にアスファルトな肌を見せているぞ、暖かーい!いい気分。いい気分すぎて奥芝商店までスープカレーを食べにいった。

春を思わせる2月下旬。
しかしこれはきっとフェイントで、あと一回は寒い時期と大雪の時期があるはずだ。

こんなに早く春が来ても困るのだ。春は虫たちのテンションも上がるから。

スキマだらけの築45年木造アトリエ兼生活スペースの我が借家。敵はアリ、ワラジムシ、カツオブシムシ、ゲジゲジ、カマドウマ。そしてそいつらをかくまう雑草。考えただけで頭が痛い。ファーブル一族にはなれぬ。頼むから3月終わりまでは眠っていてほしい。

敵のことは忘れることにして、気持ちが良いと制作もはかどる。

ようやく、30号大のにぶめな黄色い作品の完成が見えてきた。
なんと一年以上もダラダラと進めてきた難産な一枚。普段は大きな絵でも2ヵ月くらいで終わらせるので、この展開はめずらしい。

ちょっと描いては止めて、しばらく経ってまたちょっと描いては止め…。慣れない色を投入してみたりで、気持ちがうまくノってこなかったのか。

しかもアクリル絵具の黄色は全体的に透明度が高めなので、ベタっとムラなく丸を塗るのはなかなか面倒なのだ。

今何層目なのかもよくわからなくなってしまった。9層目くらいかなあ… とにかくあと1、2層で形になりそうだ。凡作な予感がするも、変な愛着はあるな。

いろんな黄色と白と黒を混ぜ混ぜして、
おぉこの色はなんかとてもイイ感じのするニブイ黄色だ!
と画面に置いてみたら、グッとシマリが出た気がする。

塗り終わって改めてその色を眺めていたら、なんかこの色は馴染みがある感じが…。

答えはすぐにわかった、昨日着てたお気に入りの黄色いTシャツの色とよく似た色だ!
なんか安直すぎてガクッときた。
無意識で色チャートとして頭ん中に刷り込まれてんのかな、
こういう気付きは度々あるなぁ。

休日。さくっと札幌駅近辺に出向き、紀伊國屋ギャラリーで3年生の3人展を見る。精力的な森本さん、今度は落花生かー、場所により表現方法を多様に変えてくるハイブリッドさ(?)は、基本絵画しか作れない自分からすれば、コンセプトありき現代美術らしさをきちんと技にできてるのが羨ましいな。

本屋で油断するとあっというまに時間を奪われる。ついこのあいだ長時間ウロウロしたばかりなので、今日はサラリと見て終わり。いつの間にか駅にできてた無印良品でジーパンを買おうか迷いつつ、結局帰る。久々に何もない休日は長時間絵を描くのだ。

最近はずっと小さめの絵を5点同時制作中。なかなか終わりが見えない。玄関で電動ヤスリをブィーン!昼間からナウシカのようなマスクをかけてボロ家の玄関で騒音をたててる謎の男。

電動ヤスリは削り粉がでるから外でやんなきゃヤバい。音のせいで日中しかかけれない。この制約はなかなか困ったもんです。なんでこんな作風を選択してしまったのだろう。

そして電動ヤスリ使い始めの昔々はマスクすらロクにしてなかったので、肺がヤバいと思う。なんかたまに痛いし…じん肺が怖い!なんでこんな作風を…。
音が小さくて粉を吸い込む電動ヤスリと、粉を完全に防ぐマスクが欲しい。誰かオススメを教えてください…

透明の層を厚塗りしたら丸1日乾かないのも困った制約。だから時間差を作りながら何枚か同時に作るのです。


金曜日に偶然一瞬テレビつけたら、あっまたナウシカ!

改めて見たら、音楽がやたらカッコよくて感動した。

ちなみに松本隆細野晴臣コンビが手掛けて安田成美のヤバい声、本編に採用されなかった『風の谷のナウシカ』も名曲すぎ。この曲、編曲も細野さんがやってんだろか。

この時期にナウシカなのは、さては日テレがアバターに対して、オラアっ!てぶつけてやったに違いないと勝手に思いながら風呂に入った。

いつも思うのは、ナウシカとか、火の鳥とかを、若い多感な時期に読んだ影響ってものすごいと思う。あ、奇生獣もそう!

10代後半とかで、まずこの3作品読めば、その人の世界はぐるんと変わるだろうなー。こういう恵まれた作品に育てられた日本人らしさって、あると思う!
アニメのナウシカなんて、これだけテレビでやってて視聴率もとるらしいし、ある世代以下になれば、もはや共通言語みたいなもんじゃないか。

あ、僕は火の鳥も奇生獣も20代で食らいました。
ちなみに15歳、高校一年生の時に、もののけ姫とエヴァ劇場版を食らった。これはこれでとんでもねえ。

昨日帰る前に本屋をウロついて、またしても売れ筋コーナー平積みでこんなタイトルの本を手にとった。『知らないと恥をかく世界の大問題』。

ああ…まただよ悪いクセ。
あらこれは池上彰さんの本じゃないかー。

高校時代の担任の清原センセイに教えてもらった、池上さんの『そうだったのか!』シリーズは、全く世間知らずの僕に、うわあオレ世界を何も知らねえ〜!って思わせてくれた教科書だ笑。

あ、清原センセイ元気かな、去年なぜか一緒に演劇を見に行ったり、日ハムを見に行ったり、絵を買ってくれたり(!)した。ありがたい恩師。
しかし、オゴってください!オーラを出しすぎたのか、今年は相手にしてくれてない…。それは置いといて。

さらに日本辺境論がおもしろかった内田樹さんの『邪悪なものの鎮め方』が目に留まる。うーんタイトルが気になる本は強い。
単純に、どうしよもない殺人のニュースをみた時の悶々とした思いなどにいいヒントをくれるようなタイトルだなあとヤられてしまった。
最近は古谷実も殺人鬼のマンガ描いてるし、ちょっと興味深い方向です。

あと、この間の久米さんとお話した時に一瞬名前がでた、ソクラテス。最近妙に何ヵ所かでこの名前とすれ違い、なんか気になった。ソクラテスといえば無知の知の超巨匠、くらいしか知らない…今更それは美術をやる人としてどうなんだ自分!ということで
有名な『ソクラテスの弁明』と、薄いからなんとか読める気がした『メノン』を手にとる。

美術をやってると、哲学者の名前がバンバン出てくるので、なんとか学ぶべきと思えど、難しすぎていつも挫折。

鬱々とした気持ちを哲学の本読んで救われてるとか言ってた友人もいて、信じられないと同時にちょっと焦る。

よしギリシャ哲学に挑もう、「ソクラテスは、ロックでした!」なんて頭悪そうな感想で終わらないようにしっかり読もう…。

というわけでいろいろ購入。読めるのか?とりあえずソクラテスから読み始めたが、いきなり文体がツラい。



 昨夜、浪人時代からの友人で、大学も一緒で、現在は職業がお坊様の友人が泊まりにきた。いろんな職業の友達がいておもしろいですね。
 なんでもえらく厳しい修行を終えてきたらしく、声がガラガラ。超一級エンタメのマリオWiiをやらせてみたがあまりおきに召さず、疲れているのか速攻で寝てしまった。。まあ彼はいつもネタを持ってこないしいつも早く寝るからいいが…彼のいびきをBGMに絵を描いた。

 彼を引き連れて出身校の教育大の卒業制作展を見に行った。一応北海道ではブランド力のある美大といっても良い存在(のはずだ)。今回は校舎が札幌から岩見沢に移動して初めての卒業生ってことだ。

 簡単な感想を言えば、ファインアートの印象が弱すぎた。彫刻は悲惨な感じ、絵画も弱い。それは今年に限らずここ数年同じ印象だけど。。。ハイブリッドなゲンダイ(←若干意味不明)に呼応するようなおもしろさが無かった。
全体で良かった作品は太田という入学当初から異彩を放ってた子のでかい作品。「スキンシッパー」というカタカナタイトルがいいですね。顔はあった方がいいのだろうか?
なんかこの作品は、ちょっとハイブリッド(←やはり若干意味不明か)な感じがした!

 お坊さんと心斎橋ラーメン(たかじんプロデュース)を食べお別れ。僕は卒展の別会場、札幌資料館へ。空間造形研究室の展示なので、一人一部屋与えられていたのがいい。部屋自体はクセのある形をしていたので、生かしきれているかは疑問だった。良くも悪くも今の20代前半らしい作品だった。

 数年ぶりに訪れたこの資料館ってのが意外におもしろくて、奥に、おおば比呂司さん(漫画家・画家と紹介されていたがイラストレーターだと思った)の常設展示室があって、これが妙に良かった。カワイイ描写の中に描き込まれた飛行機や船がなんともいえないバランスで入ってくる感じがイイ。
イラストレーション風絵画(しかもそれを絵画だと思い込んでる風に描かれているどうしよもないもの)はキライですが、上質なイラストレーションは好きです。
 札幌の歴史展示室はショボイけど写真とかイイ感じでした。係のおばさんとヒマそうなおっさんの談笑空間になっていたことは否めないが…それになぜか昔の法廷再現空間とかあった。

 さらに移動して今度はギャラリー門馬へ。中国現代美術展 上海摩登を見る。正直好きだと思える作品は無かったけど、中国のリアルタイムでの国力増加中って勢いがサッポロアートにまで及んだのか〜という気分がフワリ。ちっちゃい映像の作品の展示のされ方がおもしろかった。ギャラリーの大井さんにコーヒーをいただきお話。
 ギャラリー門馬には僕のキューブ作品がある。4年前、生前の門馬さんが買ってくれたのだった。初めて万単位のお値段で自分の作品が売れた驚きを覚えている。その時の話なんかもして、ほっこり。

 さらにさらに移動して、カフェエスキスへ。中嶋幸治展 0m/s。
中嶋君の作品って、ああ、いいなあって思います。本人には一度テンポラリースペースで一瞬お会いしたことがある。芯がありそうな方だった。このようなすげえ作家さんが同じ札幌にいるのだなと思うと、胸が熱くなるのだ。
 展示も繊細で、今回は作品がアクリルケースに入っており、詩的なオブジェだ。ひゃー。

ただ一つ、エスキスはカフェ空間と展示空間が一緒なので、なんとなく、こう鑑賞するとソワソワしてしまい、作品と一対一になれない…。

帰りに本屋に寄って帰宅。日が暮れとるじゃねえか。
展覧会は基本バイトが休みの日に見に行かなければならないけれど、ホントは休みの日こそ一日中絵が描ける喜ばしい労働日なはずなんだよな。ジレンマ!!

 札幌は本日もたくさん雪が降った。慢性的な運動不足でさらにものぐさでさらに寒さが苦手な自分にとって、雪かきという作業は非常にしんどい。しんどいけれども、やるしかない。やらなきゃ我が家が埋まって家から出られなくなるから。すでにプロパンガスのボンベは埋まり、危険だ。

 まずは重装備からだ。マフラーと耳掛けを仕込み、昔大学で拾ったダウンジャケット、昔サッポロ雪祭りの国際雪像コンクール出場時にもらったアルミウェアのズボンを履き、長靴に被せて、軍手は2枚重ねで完璧!!

 そうすると寒さは消える。そして雪かきというのは不思議なもので、やってるうちに意外に特殊な心地よさを感じ始めるのだ。

雪が積もると空気の質があからさまに変わる。音の響きが鈍くなる感じ。それがなんだかいい気分。

 引っ越しするとき、モノがなんもない部屋にはスカスカ音が響くけど、家具を設置し終わると部屋の空間が安定する感じってあるじゃないですか。あれに近い感じ。

 そして、ちょっと疲れたら、そのまま積もった雪にバタッと飛び込んでいける。これがまたいい気分。10分くらい寝転がってボーッとするのが乙。ただしご近所さんに見られないようにしなければやや恥ずかしい。

 我が家の隣の空き地には、すっかり立派な雪山ができた。雪山に登ると、いつもの町内をやや俯瞰できる。これもいいなあ。

 なんだかそんなことだけで自分の中に眠る感覚が少しは研ぎすまされるのではないかなあ?と大きな気になって、すっかりしんどさなんて忘れちゃうんだよな。


 秋の終わりに大雪が降れば、たった一日で劇的に世界の色が変わる。世界のフォルムがちょっと丸みを帯びる。空気の響きが変わる。この感動を毎年味わえるのはラッキーだ。

 層を重ねる絵を描くようになって、雪が降るということは、雪というベールが世界を覆ってるわけだなあというあたりまえの事を大事に考えるようになった気がするな。そもそも知らず知らずのうちに雪が降るっていう現象が絵の構造に影響を与えているのかもしれないなー。

 が、しかし、なんとか雪かきが終わって家に入ると、頭やマフラーや軍手に残る雪がみるみるベシャベシャになって、やっぱりまた、うげぇめんどくせえってなる。次の日には体も痛くなり、だるーくなって、もう雪は降らないでくれと思っちゃう。
 雪かきをしてるあの瞬間は、あの瞬間だけの、スペシャルな時間なのでした。

昨日、とある後輩に ブログ読んでますと言われて、

こんなの自分以外誰も読んでねぇんじゃないかと思ってたけど、
自分の為に書いてるから人に読まれるも読まれないも関係ないと思いたいけど、

やっぱり読んでくれた方が楽しいなーと思いつつ、

あんま文ばかり書いて絵を描く時間を減らしても意味がないので、

サクッと続けようかなといったところです。

そのとある後輩は、写真や絵画やドローイングをやり、今や立派な社会人でもある女の子、なので読んでる前提で素朴なギモンを書いてみる。

色がキレイ という要素は作品を仕上げる上で 結構かなり大事です。僕の数多くの失敗作はだいたい色が汚い。

で、色がキタねえなあ〜と思う絵っていっぱいあるが、写真って、色がキタねえなあって感じることが少なくないですか?なぜ?

だいたい適当にそのヘンの風景撮っても、キレイに映るかはわからないが汚くは映らないでしょう。
このギモンに鮮やかな解答がでれば、絵にその解答を生かして少しは失敗作を減らせるはずだと考えるのですが安直すぎか。

原色が滅多に映らないとか、マチエールがないからとか、色数がハンパなく多いからとか、無数のグラデーションが映るからとか?パッと思い付くのはそんなとこ…

てことは、原色を滅多に使わないで、マチエールをなくして、色数をハンパなく使って、無数のグラデーションを使えばとりあえずキレイな絵は出来るのか?んなこたなさそう!

光という強烈なルールがあるから、汚くならないのか?

それとも絵と写真の色の話を一緒に考えるのがマズイのか?

今のシリーズは、割とどんな色を取り入れても成立する絵なので、漠然とこういったこともよく考えてます。

絵は基本的に壁に飾るもんだし、装飾的な要素は、あって損はない。もちろんそれだけだったらマズイけど!

装飾的=色がキレイ
というわけでもないですが、
いつも頭を悩ませる要因のひとつです。
今も、『なぜオレはこんなに色が汚いんだぁ早くなんとかしろー』と訴えてくる制作中の絵が一枚…あんまりうるさいようなら、しばらく裏返しておこうと思います。

最近買って読んでいる本が、『日本辺境論』と『世界を知る力』。どちらも本屋の売れ筋の平積コーナーにあった。

いかにもな売れ筋にあっさり心を動かされて買っちゃった自分の普通さにややウンザリするも、興味が沸いたんだから仕方ねえじゃん!と割りきる。

自分がどういう状況のなかで今いる場所に立っていて、どういう流れに人生を置いているんだろうという疑問は常に消えないので、少しでも解ろうともがいてたら、浮遊感満載の絵画が出来上がっていた笑。
この浮遊をどこかに着地させようか、浮遊をそのままカッチリさせようか、考えているところ。
ヒントになりそうな本や情報は、とにかく取り入れてみるのだ。

しかしこのようなタイトルの本が売れているということは、単純に、多くの人が世界をよくわからん対象と踏まえて、知りたい!と思ってたり、日本は世界の中でも所詮辺境の国だったのでは!?と思ってたりするからなんだろうなー。
それってなかなかおもしろい。
多くの人が、なんとなく思っていること にはとても興味があります。


さて、いつ読み終われるやら。昔より読書は好きになったけど、基本的に読書する能力が低い僕。
やたら時間がかかるし、読んでもすぐ内容を忘れるし…


 今週はすっかり「やまゆうウィーク」でした。後楽園ホテルで山本先生の退官記念パーティ。参加総人数は220人以上!久々の同期や先輩方を始め、意外な札幌現代美術ワールドの顔ぶれ、高校時代お世話になった先生、教育実習でお世話になった先生、自分が先生として教えてたら自分の後輩になった生徒までごっちゃり一緒の場所にいるんだから、脳が処理落ちしちゃいます!
 27歳の時からうちの大学の油研で教鞭をとってたんだって、スゲー。僕は受付係だったので先生のスピーチを聞けなかったけど、後で内容を聞くとアツいことを言っていたそうな。やまゆう美術研究会の設立記念日ですね。
 余興のスピーチの一人に任命されていたので、どのエピソードを話そうかとワクワクしてたものの、さすが余興。最初の人のスピーチ誰も聞いてないのでは…という展開に。
 長話しても聞かれないと思って尺を短めにしてみたら、もっと話せと後でいわれて後悔。

ああいっぱいエピソードあったのにね。

やまもとゆうきなんていう名前が似てるヤツがある日油研に入ってきて、先生はどう思っただろう。
ゴミのような作品を作り続けては作業部屋を汚してた油研生時代初期、「作品つまらん!わからん!」とあしらわれていた。
ある時「お前のやってることはわけわからんから、150号2枚描いてオレを驚かす作品を提出してみろ!」と言われたので、当時画集を読みたてだったチャッククロースをパクりたい思いで、先生のデカイ顔を画面一杯に描いた。すると「なんだこれは!オレはフセインじゃねえんだ、この絵を描き続けたら破門だ!」とケンカになった(笑)。絵もお蔵入りだ。先輩が仲裁してくれたが、今やその頃の話は先生と飲んだら必ず先生から話してくる話題だ。
 ある日曜日には、映像の課題で石膏像が踊るコマ撮りアニメを撮る為に、先生の休日を見計らって学校の石膏像20体をベランダに引っ張りだしてカチカチ撮ってたら、なんというタイミングの悪さ。先生がその日に限ってやってきた。見つかって激怒された。未完の作品が出来上がった。

 けっこうケンカしてたんだよなあ。よくある若気のいたりです。団体系公募展を面と向かって否定してケンカになったこともあります。

 院に残りたいっていっても、なかなかOKを出してくれずに、ゲンダイビジュツやりたいんだったらもっと外へ出て行けとか言われたもんだ。


 これはスピーチでも話したけど、そんな流れでちっとも先生には褒められたことなかったのですが、あるとき焼き肉を一緒に食べながら、ふいに「お前の3年の時に出展した研究室展の作品、あれは展示作品のなかで一番良かった、良い作品だ」と言われたんです。
 その時失恋やらなにやらで、精神ヘロッヘロになってたのですが、その一言がうれしくてうれしくて、思わず泣いてしまいまして。人生初の嬉し泣き、大学合格でもそんなことにはならなかったのに!そんなうれしいと思ってる自分にびっくりした。絵で褒められんのこんなにウレシイのね!と自覚したし、けっこう制作本気でやってるのかも?と思い始めた。

 泣き落としで大学院に合格してからは笑、ずいぶんとよく飲みに連れて行ってもらいました。会に参加した220人の中で、一番ご飯を奢ってもらった生徒なのではないかと自負しております。いつの間にか、仲良くさせてもらっちゃって。絵の話もたくさんしたし、アホな高校男子のような話で盛りあがったり。

 オレは「西洋画」を描くんだ、と言いながら、アレックスカッツのでかい画集を見せてきたり。生徒よりも早く新刊の美術手帳やArt inAmericaをチェックしては、きになった作家のページをデジカメでパシャリ。一緒に歩いててもパシャリパシャリで一向に前に進まない。

僕はやっぱりあの特異なオトナ「やまゆう」が好きなのです。ユーモアがあるっていいですよね。退官されて、ますます自由の羽が生えて巻き込まれるのではないかとヒヤヒヤしていますが笑、どうなっていくんでしょうねー。
絵だって、個展をみてたらどんどん作風が重厚ポップになってるし、恐ろしい西洋画家です。


2次会は、なつかしいメンツだらけで、チョロチョロしてる間にあっと言う間に終わっちゃった。3倍くらい時間が欲しかったな。

大黒屋現代アート公募展というコンペで、なんと大賞をもらうことができました。


審査員はなんと
小山登美夫さん
天野太郎さん
菅木志雄さんでした。


http://www.itamuro-daikokuya.com/

というわけで入選作品展が開催されます。
第5回 大黒屋現代アート公募展
【展覧会期】 平成22年3月1日(月)〜30日(火)
【展覧会場】 板室温泉 大黒屋
栃木県那須塩原市板室856番地

すごく良さそうな場所です。北海道からは遠いですが、卒業シーズンだし皆さん、卒業旅行にいかがでしょう!?

来年にはここで個展もできる!すごい。

横浜美術館の天野さんは、去年札幌のART BOXでお世話になった小室さんと友人だということで、すぐに小室さんからも電話をいただいた。びっくり!
札幌は日本の果ての果ての大きな都市だけど、そこで地道に地味な絵画を作り続けてて、発表して、出会いが連鎖した。
感慨深い。

そういえば、札幌にいたからこそ出会えた人も多くいる。

実は小山さんにも5年前に札幌でのレクチャーときに作品ファイルを見てもらったことがある。学生時代のしょぼい中身だったからもう覚えていないかも知れないけど、信じられない経験だった。

そんな経験も札幌でコツコツ絵を描いていたらレクチャー企画してくれた先輩が機会を与えてくれたからだった。

O JUNさんや梅津君達と展覧会ができたり、大野君達に出会えたのも、札幌でアレコレ描いてたら大橋さんが機会を与えてくれたからだ。

果ての地で絵画活動する良さは、それはそれでありそうだ。

去年日本中を旅して、日本の中の北海道、ということを強く意識するようになり、どんな形かはまだわかってないが絵画にも影響を与えてるはずだ。

そういう時期の絵で賞をもらえたのが、またうれしいです。。
道産子画家のアイデンテテエを持ち続けていたいです。


しかしこんなタイミングで我が家のインターネット環境がすこぶる悪く、文もケータイで打つハメになっている…。

ホームページも更新できません。なんてこった!

我が家は、回線が届きにくい場所にあるらしい。以前住んでたアパートの1つでも同じ現象が起きていた。
ネット運無し。
都会なのにそれでいいのか!クレーマーにはなりたくないわん。

 札幌時計台ギャラリーの修了制作展を見てきた。絵画の院生については、、、金吉恵里「ベッドルーム」という作品がおもしろかったです。若干、イメージの作り方がイラストチックというか説明的すぎるかなとも感じましたが、おもしろかった。ああいう雰囲気って自分から絶対でてこないだろうから、手強いなあ…。
 他の絵画作品は全体的にちょっと弱かった。せっかく絵画なのに、絵画にできることをまだまだ生かせてないような…もっと、描く事ももちろん、命かけて勉強もしてほしいと思いました。なーんて先輩だから生意気ですが自分だって同じだよね。もっともっと、いろいろあるぞ絵画には!!というわけで駄文ばかり書いてないで絵筆でも動かします。

 朝から道展U21という21歳以下の為の公募展の搬入へ。道展という北海道の公募団体が運営している。なぜか自分はこの団体の会友なので、お手伝い。約700作品が運ばれてくる。ワカモノの作品の多くは表現がまっすぐすぎるので、見てておもしろい。
 去年と一昨年僕はセンセイをやっていたのだが、去年この展覧会で生徒が大賞をとったのだった。今ポスターになってる作品だ。

 U21搬入の隣の会場でビセンの卒業制作展をやっていたので、搬入を若干抜け出して鑑賞してみると、なんとここでも自分の生徒だった子が最優秀賞をとっているじゃないか!2m以上の大作で、あいつらしいセンスを発揮していた。作り込みのレベルも上がっており、しっかりやってたんだなって思わずジーンとなってしまいヨロけた。聞けば彼はしっかり就職を決め、今研修中だそうな。うれしい!

 続いてテンポラリースペースに寄ると森本めぐみさんが在廊中、目の前の大きな作品について何点か聞いた。思いつきの質問を放り投げてしまうものだから我ながら困ったものだ。しかしとんでもない女の子だ。制作を続けてる女の子ってだいたいとんでもないですねー恐ろしい。

 さらにこの日は僕の大学の師匠の退官記念展の搬入だ。山本勇一。僕も師匠も「やまゆう」だが親子ではない。親子ではないが、「オヤジ(演歌界で言う北島三郎的)」な感じではある。
 先生の作品をまとめて一気にみるのは初めてだ。なので搬入中もワクワク。公募展の中でも異彩を放つ絵を発表してきた先生、展示プランはバッチリ。まず入り口のレイアウトや受付の作り込みに脱帽した。札幌時計台ギャラリーでああいう事した人いるのか?

 並んだ作品群を見て思ったのは、ああこの人は絵画の事が大大大大大好きなんだ、そういう絵画だ、と。本当にそう思いました。絵画史が存分に詰まっている。絵を描くあらゆる技法が詰まっている。「形と色を求めて」という言葉の通り、追求しつづけている。それにユーモアもある。重厚なままポップ表現もしちゃってる。だからもしかすると絵画をよく知らない人(あるいはイラストレーション的油絵を絵画だと思い込んでる人など)がこの展示を見ると、「よくわからん絵」に見えるかもしれない。だけど絵画が大好きな人が見たら、こりゃ興奮しちゃいますよ。この人の油彩研究室にいて良かったなあ〜って思えます。やっぱ絵画はいいですよ。
 入り口のキャプションの言葉もなんだかジンワリきます。やばいぜやまゆう!改めてじっくり見に行こう。
 打ち上げで飲む。あらら気付けば周りには山本先生伊藤先生佐々木先生に加えて笠見君松尾君なんていつものシニアなメンバー。入り口の大きな抽象が大学3年時の絵だったと聞いてショックをうける。それとラブラブショーの事もあって伊藤先生の言葉を久しぶりに浴びた!






2月4日のつづき 
取材を受けた後まっすぐ中島公園近くにあるトオンカフェに行く。展示がしやすそうなちょうど良い大きさのギャラリーカフェ。充実休日だ。先輩の武田さんの個展です。僕は学生時代から彼の背中を見て育ったので、いつどうやって追いつく事ができるのか、悶々としているのです。だから無理矢理意識的に2割増で厳しい目で展示を見るのです笑。
武田さんは最近ますますまろやかな作風になってきている。いつもはどうやって作っているのかさっぱりわからないすごい完成度の絵を食らわせてくるけど、今回のは、ラフなドローイングや技術を押さえたペインティングも多くあり、意外だった。服のドローイング…うむむ悔しいけど良い線だ。神殿という2つのミニ建築?オブジェ?がとても良かったです。どんな神の居場所なのでしょう。

頭がポッポカしてたのでおいしい軽食をいただきながら店主の中村さんとつい2時間ほど話し込んでしまった…。

作品ファイルもなんとか見せれるものになったということで、
道立近代美術館の学芸員さんである久米さんの取材をうけてきました。
作家として取材を受けるのは、自分の考えを整理する訓練にもなるので良い機会。
月末あたりに北海道新聞の記事にしてもらえるのです。

久米さんはとても謙虚かつ怒りもしっかり持ってる方だった。
そして答えたくなる質問を投げてくれるので、
少しの質問でも、答えたい事がブワーっと出てきて頭の中がまとまらなかった。
作品についての言葉を生むと、ヒントとしてわかりやすくなるし、伝わりやすくなる。
ただし必ず取りこぼしてしまう要素がでてくる。
作品は常に言葉のさらに前を進んでいるということを自覚しなけりゃならん。

記憶が鮮明な今のうちに、
頭が活性化してる今のうちにここに言葉の材料として色々メモ。

絵画とは何か?という問いから始めて行くと、
どうしても戦後アメリカ絵画がメインになって、
まずどっかでフランクステラが必ず話にでてくる。
実際50歳前後の勢力的な周りの絵描きさん達はかなり影響されているんだなというのが作品を見ればわかる。以前ご一緒させて頂いたPLUS1のメンバーなど。

 ステラがモダニズム、フォーマリズムの流れを熟知した上でミニマル風なブラックペインティング作ったのは60年代初めくらいで、
そっからシェイプトキャンバスになって80年代までどんどん絵画を拡張させていったのはとーっても分かりやすい。

その辺りの時代の美術手帖を見ると、ちょくちょく特集もされている。
さらに日本には川村記念美術館というステラコレクションがやたら充実してる場所があり、
ざっとこれだけ要素をあげるだけで、その影響は当時アグレッシブに絵画について向かっていってた若い人にとってはかなりのものだったはず。

でも今の時代からステラを見ると、拡張してるように見えて実は絵画の袋小路に行ってしまったのでは?と思うフシもある。
もちろん作品はおもしろいけど、
絵画のフォーマットを崩しすぎてどこにいっちゃうのよ〜と。

ステラ絵画としてはまず僕はブラックペインティングが好きだけど、
これはこれでややシンプルすぎる。 ポロックの作品と並べたらやっぱポロックに軍配!てなっちゃう。さらに遡ってピカソのアビニョンの娘たちと並べたら、、、。(とは言っても、極北な時代に生み出した作品の形式自体に価値があるのだから、単純に作品だけで比較するのはナンセンスな気もするが)
あとは中期のカラフルな分度器シリーズも好きだ。ああこちらはおもむろにマティスに繋がっていく。

ステラよりむしろ、絵画のフォーマットをフルに利用して無限にあれこれ組み合わせを変えて検証しながら美しい作品を作り続けるロバートライマンの方に自分は共感を覚える。

 絵画とは?という問いを突き詰めようとすると、いつまでも頭がモダニズムから抜け出せない。
モダニズムはおもしろいからそこにもまだまだ可能性はあるのかもしれないけど、
あくまで一つのムーブメントととらえる。

 僕が多感な20代前半にくらった今のジダイ的、絵画の刺激とは。
 2002年に絵画の勉強をまともに始めたのだけど、
すぐに衝撃を受けたのはリヒターとポルケだった。

どちらも2002年の段階ですでに安定感のある巨匠だった。
絵画が死んだと言われて画家が大変だったのは70年代だったみたいだけれど、
00年代における巨匠にはその70年代もずっと活動してた画家がしっかりエントリーされているじゃないか。(ポルケは一時絵画から離れてるみたいだけど)

 リヒターにおいてはMOMAの立派なカタログのおかげですぐにほぼ全貌を勉強する事ができた。
2005年には日本でも大きめの個展があって本物をまとめて拝むことができ、
ああなんという絵画の殺しっぷりなんだ!と。

絵を描いてるリアリティはあるのに絵を描いてない感じがするという恐ろしさから、
リヒターにはなりたくねえなあ…とヘンに感心した。
絵画が大好きなはずなのにどうしてこんなにつきはなせちゃうのか?
大きな何かを背負おうと決心したのか。これはミニマルな絵よりむしろ絵画の極北?
こんな作品が絵画としてでちゃってるんだから、絵画はゾンビだ笑 
不死身となった絵画界はそこからおもしろくなっていったのでした、なんつって。

 ポルケの方は好きすぎるのでむしろ割愛、
ユーモアや絵画愛に溢れるポルケがリヒターと仲悪い(ように見える)のは納得。

80年代のニューペインティング現象は歴史を振り返ればすぐに出てくる話で、
油断するとただのマッチョなムーブメントで見過ごしてしまいそうなことに注意しなきゃいかん。

前述した作家達は60年代後半から絵画にとっては苦しげな70年代を通って80年代以降に
突入していったわけで、
年代上のフィリップガストンや、
後期モダニズム出のブライスマーデンなどの作風の変化などが面白いのもこの辺の時期とかぶる。

それにこの辺からショーンスカリー、テリーウィンタースから、
皿の作風を脱した中期シュナーベルなど前時代からの流れを引き継いでいるように
思える、おもしろい作家がたくさんいる。
最低限この辺を抑えておかないと、話が進まない。

60年代後半を超えて、
01年にベネチアビエンナーレで金獅子とったトゥオンブリーも超巨匠だけど
ネオダダと同世代とは思えないほど古さが見えない。
ドローイングのペインティング化、画面内での行為の自由の獲得、
詩的な抽象表現等、難しい時代に芯を貫いた姿勢で
新しい絵画の発明をしたわけで、今こそ最も尊敬されている画家の1人だと思う。
時代的な背景もあってイタリアに移ったのかもしれないな。

90年代後半からじわりじわりと具象絵画の復権とか言って、
ピータードイグやリュックタイマンス、エリザベスペイトン、
マルレーネデュマスその他大勢が取り上げられて大物になっていったりもした00年代。 

さらに村上隆や奈良美智がリアルタイムで世界進出していく00年代。
どちらも絵画を軸にしている作家じゃないか。

僕は村上さんの絵画が好きです。
あのキャラクターデザインはどうしてもなじめないところもあるけど、
2002年付近に奇跡的に北海道でも本物の絵画作品が見れたのです。
小樽のヒーロー&ヒロイン展というやつと、旭川でドラえもん展にもありました。
あれで、ヤラレた。
本物の絵画ってやつの強力さを思い知らされた。
ゲロタンっていう巨大な作品とニルバーナっていう長い作品は
実物まだ観てないけど、実見した作品から想像するとマジですごいと思う。

振り返ればすごいじゃあないか。
こりゃ絵画に対する希望が持てる00年代。
絵描きを目指すワカモノとしては、ラッキーだったと思える動きです。
絵画の極北に向かっていた60年代のおもしろさと、
絵画がずいぶん盛り上がってる00年代のおもしろさは、ずいぶんと違ってくる。

現代美術というジャンルの中に絵画というジャンルが妙な勢いで存在しているという現状も、
なんだかおもしろい。

 非常に軽く浅い言い方をしますが、
絵画にほいほい何でも放り投げちゃてそのもの自体が時代性を引っ張って来る上にカッコ良いものが出来上がるという天才ラウシェンバーグがモダニズムの最中にドーンと現れたのは事件じゃないか。
そしてフォーマリズムの手法構造を受け継いで、
絵画の極北には向かわず絵画らしさを保ちつづけた天才トゥオンブリも事件。

 今の絵画を考えると、まずフォーマリズムの流れは絵画を描く上でのあくまで基本的構造となっていて、それを土台とした絵画らしさ、を守った多様性って実はラウシェンバーグやトゥオンブリに近いのかも?

  さて、勢いがダレてきた…はあはあ。だんだん整合性もなくなっていきますが、
「ポップアートについてはどうですか?」という質問にうまく答えられた自信がない。

とりあえずウォーホル、好き。あんなクールで知的なのに色がとてもキレイなところが。
ポップアートというかポップはすでに自分の中に当然のこととして存在しすぎてます。

物心ついた頃の幼児な僕に与えられた、5人戦隊ヒーロー、スーパーマリオ、ビックリマン、ドラえもん、etc。この時点での世界の半分くらいはポップ、もう半分はこども哲学。 ポップは慣れ親しんだ日常で、そんな同世代はとっても多いはず。
サイケと紙一重で誕生したポップワールドが、
いつのまにやら豊かな日本を覆ってフワフワリン!て感じ?

なので自分の作風にポップ要素が入るのはおそらく必然、
でもポップアートのポップさとは、ちょっと違う、気がする。

マティスのポップじゃないポップさが…理想←意味不明?

あとは…もう疲れて来たので
なぜ丸を描くとか、透明不透明とか、側面とか、時代とか、公募展とか…は、また今度にしよう…。

 バイトを終えてそのまま札幌駅に直行、旅のお供のYと合流。寝台列車は思ってたよりフカフカしており寝やすい。しかもJRロゴ柄の寝間着もある。早朝に着くから早めに寝ておこうと思っても、
 北海道の車窓から
モードに突入、なかなか寝れません。なんたって夜の室蘭の景色は良かったです。工場と煙と白鳥大橋、相変わらず街の個性が色濃い場所だ。満足できたところで次に意識があったのは海を越えてからでした。

青森〜三沢までそのまま直行、青森の車窓からは杉の木が見える。観光鉄道に乗り換えて十和田へ。早朝の観光鉄道はスクール便、地元の学生しか乗ってねーや。

思ったより早く十和田に到着、美術館開館まで1時間…空いている店がない。そして強い寒気が我々を襲う!足がマヒする!!昨日の北海道より寒いなんて!2月の寒気を毎年忘れては思い出します。
いよいよ凍りそうになったので、目の前に現れたホテルルートインに逃げ込み、朝食バイキング中のレストランでコーヒー飲んでいいですか…?とウザイ客全開モード。
 すると少々困惑させてしまったが、なんとタダでコーヒー飲ませてくれた!なんていい方達…僕らは明らかに貧乏な美術館目的な人たちなのに。感謝。皆さん、十和田に泊まる際は、ぜひホテルルートインへ!!

十和田市現代美術館は9時から開館。おもしろかったのは、吉田初三郎 (鳥瞰図絵師)の作品。デフォルメされた超パースの地図がカッコ良い。十和田湖なんてドラクエ2のロンダルキアだ…春に日本をまわったせいもあり、ここをこう描くか!?というイメージ比べができた。

続いて無料送迎バスで青森県立美術館へ。
2回目ですが、ここはワクワクする美術館だ。

伊藤先生×岡崎さんの作品、とても良かった…
巨大な投影と大胆な視点移動で重力感覚が狂いそうになる作品。生原稿の上を見上げると地面に並ぶ人形土偶達。こちらも重力感覚がヘンになる。そして月と写真と地球。時空を超越していく希望なのかヒューマニズムなのか、そのようなテーマがシリアスとユーモアを孕みながら展開されてて感動。
模型に目を向ければ、緻密に作られながら際どいチープさを残したリアリティ。

それと、立石大河亞(タイガー)さんの陶器作品おもしろかったです 特にピカソに愛を感じた。つーかこんなの作ってたんだ つーか故人だとは…

桑原弘明さんの作品は自分としてはロマンチックすぎたが、モノとしての完成度がとっても高くてびっくり。

常設のアレコホールのシャガール絵画を見て、初めてシャガールの凄さに気付いた4年前。改めてやっぱこの絵、すげえや。特に薄い色の絵がすごい。そしてこの作品群が必要としている天井高がハンパないこの空間自体もまた魅力的。
ホワイトキューブの部屋も、床まで白くて、絵画作品をこんな場所で展示できたらうらやましいや、常設にある渋めの地元絵画群をこんなホワイトキューブで見てるなんて、ちょっと正直くやしい思いです。

青森市街に向かい、地元の人にその場で聞いたオススメ店、柿源という料理屋さんへ。ホタテです。青森だもの。ホタテバター焼き定食です。めちゃくちゃウマい!!!Y子はホタテフライ定食これまたウマい!!店主さんも良い人! 皆さん、青森で食事する際は、ぜひ柿源さんへ!!

そうして特急に乗り、札幌へトンボ帰りです。高速だったけど満足内容。
北海道はさらに寒く、家に帰ってきたら、でました水道凍結。落としてたから破裂はしなかったものの一時間ほど水が出なくて困った。

しかし、周りの同世代も結構ラブラブショー見に行ってるとのことで、伊藤先生が慕われてる事がヒシヒシと伝わるなあ…。東京より遠い青森まで行ってるんだもんなあ。

当時は伊藤先生の飲み会で突発的に発生する美術トークを理解するために必死に美術史を頭に詰め込んだものです。絵画を含む美術史全般に詳しいことと、美術とサブカルチャーなどの文化を優劣つけずに同じ価値で見つめてる態度にハッとさせられます。

↓伊藤先生HP
http://www.ne.jp/asahi/r/ito

 本日の寝台列車に乗り、青森に行くことに。寝台なんて修学旅行ぶり!
目的は、大学時代お世話になった伊藤先生が出品している、「ラブラブショー」を見に行くため。青森県立美術館です。十和田市現代美術館も連携してるので、そっちも行きます。

寝台で22時サッポロ発、朝6時くらいに青森到着、そのまま真っすぐ十和田まで行って美術館、そっから青森に戻って美術館、で、その日にまた帰ってきます。ひー

札幌から青森って、東京へ行くよりも遠く感じる。

ラブラブショー
/http://www.aomori-museum.jp/ja/exhibition/28

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