やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

2010年03月

笠見君のうちで後輩数人を呼んでプチすき焼き会をした。

飲みながら楽しんだのだが、帰ってきて寝る前風呂に入りながら本日の自分を振り替える。
どうも、ぴたっとこう気持ちが収まらない。楽しかったんだけど、はて何か。

これはどうやら自分の性格における弱点に、不満足な状態らしい。

僕は興味関心があることにハマると、頭がそれいっぱいになり他のことをほぼ全く見なくなる。
例えば前述したように、笠見君の話をよくウンウン聞くのだが、熱中してくると、誰がいようとフタリだけのセカイになり話のスパイラルに落ちていく。 ハッと気付けばそれはオマエラだけでやれ!!という空気になりかねない。
自分らが興味深いと思うことを、外側に拡張させていかなければ、自分らしくないだろう!と反省。

あと、誰かの前で面白がられると調子に乗り始めて、軽いトランス状態に陥り、やはり他のことをほぼ全く考えられなくなる。話に盛り込める要素はとにかく盛り込みNGワードも連発するのだ笑
この悪いクセで過去何人を傷つけ、何人に叱られてきたのだ!!と反省。

こういう暴走特急状態は、

・まずはバランス
・芯がないのが芯
・上空1mに監視カメラ
・個の有効活用

…例えばそんな風な我が理想の立ち振舞いからかけ離れているので、悔い改めよ!!と心の叫びを両手に込めてシャゴシャゴと頭を洗う。

風呂上がりに居間に飾ってる自作を眺めながら、この絵の中には暴走の要素は込めてないなあ〜…意識して込めるべきかなあ、それとも無意識で含まれてんのかなあ、リアルとユートピアの狭間を人間的な感覚でもっとうまく作品に込められたら、物事の本質に少しは近づけるか!?

とかわけわかんねえ事考えてわけわからなくなったので寝ました。

忘れないように早く書かねば、岡本太郎美術館の常設で感じたこと。

そもそも岡本太郎との出会いは大学2年の時に、地元帯広市に「岡本太郎と縄文」展が来てて、偶然デメーテル関係で里帰りしてたついでに見に行ったのが始まり。
岡本太郎って名前と爆発と太陽の塔くらいしか知らなかったのが、この展覧会を見てググググー!っと関心が沸いた。
若者魂を熱くさせる発言や、ハデな絵画に妙にかわいい彫刻。もっと太郎を知りたくなって、半年後には太郎美術館まで足を運ぶに至る。美術館に行きたい!と思ってわざわざ川崎まで行ったということが自分でも驚きであり、僕かなり美術好きかも!?と思いはじめた頃。ミュージアムショップで買った「今日の芸術」は、その後制作のスランプがくるたびに読み返してた。

その頃を思い出しながら常設展示室をうろついたので、目の前の作品と過去が同時に頭で処理されてちょっとイイ気分。

太郎さんの作品は、ギラギラトゲトゲケバケバしてるのに、どこか優しい雰囲気があるような気がして、加えてユーモアがあり、絵画的とかアートの文脈を飛び越えた何か独自のオーラがある。そういうトコが好きだ。
しばらく忘れてたこの感じを思い出したので嬉しくなった。

あんなケバケバしてるのに、意外と薄塗りみたいなトコも好きだ笑 ドロ臭いのかスマートなのかヘンなバランス感覚だ。

彫刻も 変なモンばっかなのに包容力があるしそのくせちょっと切ない感じすらしてくる。

なんか、ウソついてないで純粋に向き合ってる感じ。文章の方は正直ながら結構インパクト演出してるような気もするので、純粋さがはみ出しちゃってる作品と比べるのがまたおもしろい。
それに、うまく言えんが、どっか日本人らしいにおいをとっても大切にしてるような空気を感じた。

また常設展示室と企画展示室の間の道で再生されてる、太郎さんがマルセルモースについて語ってる映像がとてもおもしろいので、どっかで手に入らないかなと思った。

こうやってブログ文にしててまた懐かしく思い久々に「岡本太郎と縄文」展の図録を引っ張り出してみたら、「どうして芸術なんかやるのか。創らなければ、世界はあまりにも退屈だから作るのだ」といきなりドーンと赤い字で書いてあった。

まったくその通りです!!

薄紫の絵を完成させるため、最後のヤスリをかけた後に玄関の外でニススプレーをかける。

小さい作品なので、外にひょいっと持っていき、水平に置いてシューっとガンガンスプレーをかける。
乾いてない表面をデリケートに気遣いニスが垂れないように水平を保ちながら部屋に運ぶ。

ツヤを帯びた表面の効果で、絵の透明感が増し、色の発色をぐんと良くして、一気にフレッシュな印象になる。半日乾燥させればツヤも安定し、やっと完成!!至福なひととき。

壁にかけてムフフ。

ムフ…
…横にはまだスプレー待ちのこないだの黄色い絵が。

小さい絵は外でシューできるからいいのだけど、中型以上になると、スプレーかけた後に水平を保ったまま玄関を通れないので同じ作業をアトリエ内でやらなければならない。

その場合、大量にシューするから臭いがすさまじく、ニス成分が家に充満して空間が白濁するのでしばらく家にいれなくなる。
窓を開けすぎると冬だと寒すぎて乾かないし、冬以外だとすぐに虫が入ってきて絵の表面にダイブしやがるのでウカツに換気もできん。

できるだけ生活部屋に影響がでないように、アトリエの出口はすべてゴミ袋を裂いて作った、ニス成分防止フィルターで覆う必要がある。それでも臭いはとても防ぎきれない。

さらにニス成分が床にそのまま堆積しちゃうと後でペッタペタになるので、アトリエに新聞紙を敷き詰めないとならぬ。

め、めんどくさー!!

そんなわけでなかなか黄色い絵にスプレーをかける覚悟が湧かない。こういう時、展覧会とかコンペの締め切りって背中を後押ししてくれるので有効なんだよな…。

ちなみに、やや昔はヤスリを2000番までかけて、研磨のみでツヤを出していた。
しかしアクリル絵具は質感の特徴として乾いても若干ペタつきが残るので、絵具むき出しだと保存がしにくい。それにホコリも付きやすいので半年くらいでツヤが半減する。

そういう理由でなんとか満足いく素材として見つかったのが絵画の仕上げ専用ニススプレー。ニスもペタつきが無いわけじゃないけど、それでも表面はずいぶん扱いやすくなるのだ。

にしてもねぇー、またも健康被害系…まあとにかく困ったヤツなのだ。


仕事後、大学の実験芸術研究室の追いコンの3次会に乱入!
東京でいろいろ展覧会を見てきた笠見がなぜか来ているというので、テンションを上げる。

正式名称・笠見康大君は大学時代の同じ絵画専攻のいっこ下の後輩で、僕の身近な一番のライバル絵描きだ。
5年前に一緒にニューヨークに行って以来、腐れ縁のようにあーだこーだ話しながらお互いに制作を続けている。

彼は真面目にいろいろ本を読んだり持論を展開したり、アートや絵画のことをものすごく考え、ハッキリ主張を持っているので僕は笠見の話を聞くのが好きである。

趣味思考のタイプはお互い結構違うのだけど、真っ直ぐに絵画に向き合ってる数少ない男として、こっちも緊張感をもてるのだ。

昨日も実験芸術の後輩に熱く表現の話を語り、僕も後輩と一緒になってウンウンおもしろく聞きつつも、こういう時はいつも内心「会話で持論を展開して、場を制する能力がうらやましいぜバカヤローっ!」とか思ってるのだ。

僕はボキャブラリーの少なさと瞬発力の無さで会話では笠見にはかなわず、まさにこのブログのような、まとまらない長文で、かつ、すぐ調子に乗ってハシャぐ割には人見知りという悲惨な状況でセルフカタストロフィになりつつも、共感したり反論したり、おちょくって怒られたり、ああタイヘン。

大阪でやってる、絵画の庭にも行ってきたとのことで、熱く語られうらやましい限り。

さて次はどんな作品をぶつけてくるのか楽しみ。

小さい作品の1つ、やっと最終層をクリアした。あとは平ら&スプレーだ。(未だ黄色い作品のスプレー加工は保留のまま)

薄い紫の作品。自分的には割と使うのが難しいと感じてる色だけど、弱点克服も含めてなんとか形になったぞ。なぜかわからんが、いつもより少ーし有機的に仕上がったような。


今月のブルーナ特集の美術手帖の後ろのほうにちっちゃーく自分の作品が載ってたー 某友人がこのことを教えてくれたのだけど、こんな小さな記事のところまで熟読してるのか。

なんと、夢の力を痛感した。
おそらくほんの短い時間の夢。
小5の時に死んじゃった大好きだったじいちゃんが出てきた。
設定は、1日だけ生き返ってきてるというドラゴンボール9巻な状況。
じいちゃんは こないだ会ったいとことその息子とくっつきながらソファに座ってくつろいでいた。
僕は小5に戻っていて その光景を見ながら 目の前にいるじいちゃんがうれしいのと、ひ孫に会えてるのがうれしいのと、明日またいなくなっちゃう寂しさに襲われ、思わず泣きながら、話すより何よりまず抱っこされたいと思っていた笑

じいちゃんとコミュニケーションを取ろうとした瞬間に目が覚めて、あら!?泣いてる!!しかも寝ぼけて現実でも小5の気持ちのままだ。もう夢でも現実でもどっちでもいいから、あの空間にもう一回戻ろうと急いで二度寝したが、ダメだった。

皆さん夢で泣いたことあるんだろうか 僕は初めてだ、驚いた。
あの光景は、誰にも邪魔されない幸せそのもの空間で、そんな良い光景を作れることに衝撃を受けた。

こういうのって100%自分の意識や記憶が作り出したイメージなのか、それとも自分の外のスピリチュアルな何かが働いたのか?
わからないけど、とにかく幸せな瞬間を頭の中で生み出せたんだなー。
どうやらユートピアは人の頭の中には存在してるようだ。精神世界、恐るべし。

なるほど、そしてこのような正体のわからない見えないものの魅力は、きっと過剰になると毒気もまた強力なんだろうなともふと考えた。
何事もバランスが大事だ。

今回はじいちゃんがフワリと何かの拍子に会いに来てくれて、頭の中に遊びにきたんだと思うことにした。いや、間違いないな。

しかしじいちゃんは、偉大だったなー 。ものづくりさせたら、きっと美術を勉強してその道で生きようとしてる今の自分より圧倒的に実力が上だ。
二階建ての車庫兼物置小屋を大昔に自分で作っちゃったりして、今もその小屋は存在してるのだ。


帰ってきてお腹が減り、うちにある材料で作れるものが、唯一お好み焼だったので、嫌々作ってみたら なんともクソマズいお好み焼が誕生した!

料理が嫌いだ。まず包丁が苦手だ。それに食材を切るのも嫌だし、なんか色々な量を調節するのも面倒だ。洗い物も増える。
大学時代の先輩や後輩は男でもわりと料理とか好きな人が多くて、なんかちょっと疎外感!

料理に限らず、皆さん部屋もキレイで非常に魅力的なレイアウト、作家の部屋…て感じ。

比べて自分は汚い。こだわりのない、物だけやたら増殖し続ける部屋。

果たしてこんなことで良いのかといつも思いながらも改善する気もない。

絵画制作をそれなりに丁寧に面倒くさいことなのにやり続けていられるのは このような生活から考えると奇跡に近い。

要は生活することにあまり興味が無いらしい。ダメだ!!

時計台ギャラリーでサッポロ未来展を見る。

後輩で日本画を描くハルちゃんこと久山さんが出展してる。ハルちゃんの作品は、フンワリしてるので、こってり風なこの展覧会で良いのか!?と思ったり。

道外で活発に活動してるような若い世代メンバーと、団体公募展的な作風のメンバーがごちゃ混ぜな感じで、見慣れない作風が並んでたのはおもしろかったけど、なんか、こういうグループとしての見せ方は、若干もったいない気がした。


旅でバイトをたっぷり休みすぎたので、今日からしばらく連勤だ。うーむ旅の間は制作もしてないので、一日中たっぷり作りたくてもどかしい。

あらしかしバイト上がりに山本先生から電話!いよいよ毎週会ってるな。電車で30分の篠路地区まで呼ばれて、後輩の笠見と金吉と四人で飲む。去年十勝旅行をしたメンバーだ。
結局終電までゲラゲラ笑う。

帰り道はキセルのハワイアンとスピッツの流れ星をエンドレスリピート気味。センチメンタルな感じが冬の終わりにゃ心地が良いなあ。

あら!キセルとスピッツといえば、はっぴいえんどのトリビュートアルバムで飛びきり良い演奏をしてたじゃないかーそういえば。どちらも自分の曲のように演奏しててグッとくる。

帰ってきてそのままその辺りの曲を流しながらなんとか小一時間筆を動かす。3日描かないだけで、丸を描くのが若干ヘタになるので参ってしまう。


3日目、朝から豪華な朝食を頂き檜風呂を満喫。のち、皆さんと菅さんの作品が大量に保管されている倉庫美術館ツアーへ。
大きなインスタレーション数作品と、壁の小作品が100点くらいズラリと並ぶ。素材のフェチ感覚と、作業痕跡と物質の構成や関係に没頭してる感じが伝わる。

これらの作品群を眺めながら大黒屋公募で選ばれた今までの作品群を頭に浮かべると、なんとなく、選ばれた理由がわかる気がした。

すっかり満喫し、皆さんにお礼。新幹線で再び東京へ向かう。強風にヤられたのか、目眩と頭痛でフラフラになりながらうたた寝しつつ、上野到着。なんと暖かい!マフラーとかアホのようだ。VOCA展を見る。

札幌で会って以来、大野智史君の作品ファンなので彼の作品を見るのが目的。デカい!!
ポートレイトの作品、目眩状態の自分をさらにグラグラにしてくる。
う〜んしかし、展覧会全体としては正直ちょっと違和感!

長谷川等伯も見たかったけど、混んでそうで時間が無いので泣く泣く断念…

上野駅のホームで大学の後輩坂本っちゃんと山本さんに偶然遭遇!目がテンになって幽霊を見てるような眼差しの坂本っちゃん。一瞬だったが会話できて良かった、なんとか絵も描いてるみたいだ。

そこから川崎まで向かい、岡本太郎美術館に太郎賞を見に行く。
後輩で現在登り竜の東方悠平君が入選してます。彼の展示はちょっと可哀想な収まり方だったけど、それでも十分に可笑しいインパクトで1人で笑ってしまった。
勢いのあるエネルギーな作品が多くて刺激的。コンペや作品の中身やアートの文脈について色々考えた。

太郎美術館は大学2年生の時以来約8年ぶり。赤い入り口が懐かしくて感動した。岡本太郎については個人的に思い入れが強く、常設展で昔を思いだしながら熱くなったので、後で改めて書こう。

東京に戻り時間ギリギリで2121designsightのクリストとジャンヌクロードで締めようと思い走ったら、なんと火曜閉館ショック!北海道大学でのレクチャーにも行けなかったし今年は縁がない…。

あっという間に時間切れ、エア・ドゥで札幌に戻る。寒い!!雪が懐かしい!
そして気温差に完全ノックアウト、次の日風邪をひいた。


2日目は東京から栃木県那須塩原市まで電車に揺られ二時間半。さらにそこから送迎タクシーで山の間にある板室という温泉街へ。

大黒屋は清流と山のすぐ横にあり、非常に良い雰囲気!社員さん1人1人が挨拶してくれたりで親和的。菅さんの作品が通路にもたくさん。本当に良いところです。

コンペの入選作品は、サイズ制限もあったので小ぶりだけどもハイクオリティで作りこんだ「モノつくり」な作品が多くおもしろかった。1人の作家さんの作品をまとめてみたい。

受賞式では社長と熱いお話を交わし、審査員の皆さんともお話できた。う〜ん、とにかく、これからまた地道に制作して、来年のここの個展でまた勝負。

作家の皆さんは自分も含めて審査員さんに作品ファイルを見せたくて全体的にソワソワしながらも互いにトーク。

ほぼ皆さん学校を卒業して数年経ちながら踏ん張って作品制作を粘り強く続けてる方ばかり、アラサーのフリーターが多くて興奮した。

ご飯もとても美味しくて大満足。温泉なので風呂に入ったら出展作家さんはいるわ 天野さんは入ってくるわ小山さんも入ってくるわで、こんないきなり裸のお付き合いができるコンペはなかなかないのでは!?
82歳の大黒屋常連さんの方ともお話。ここの魅力を語ってくれた。心地よさそうでなんだかいいなあ。

話の流れでさらにその後天野さんの部屋に行き、スリーさんチームと戸田さんチームと飲む。
天野さんの関西ノリに大ウケしながらローカルトークやら美術トークやらに花が咲き、関西チームのトーク力になんとか対抗するため僕は秘伝の下ネタで太刀打ちする(太刀打ちできてたのか!?)

良い夜だったなー


さて 大黒屋の受賞式のため、関東に出向いた。

しかし、年を取るほど飛行機がイヤになってきたなぁ。あの滑走路にでてからグォォっと一気にスピードをあげるとこが特にイヤだ。
自分じゃどうすることもできない圧倒的スピードがかかっている実感が一番ある瞬間だから。飛んで水平飛行してしまえばスピードの実感がなくなっちゃうのがまた恐ろしいのだけど。

着いてまずGEISAI14を見に行った。出展しようかギリギリまで考えて止めたので、実際どんなもんかを見なきゃということで。

ビッグサイトは期待通りコスプレの人たちやキャラの袋をもつ若者がいて、これぞクレイジー東京だと興奮しつつ、それと比べるとゲーサイの会場は割りと閑散としていた…さすがアアト界だ!

ゲーサイは、もっとたくさん作品を見てみたい実力派から、謎の中年さんの暴走表現など様々。あの1人1人が出展料を払ってるのかと考えると、ふーむ不思議だなあ。しかしファイルとか名刺とか置いてるけどインパクトなきゃ容易に素通りされそうで、なかなか難しそうだなと感じた。

その後国立新美術館でアーティストファイル2010を見る。非常に安定感のある内容でおもしろかったー桑久保徹さんの作品、ホンモノ初めて見た。ホンモノ良いなあ。日本人ぽくない空気があった。

O JUNさん、なんか最近東京いくと必ずOさんの展示を見てる気がする!今回のは、展示室に入ると 津波のように絵が押し寄せてくる感じ。あの天井の高い部屋を存分に利用しており、またしても新たな異質の衝撃をくれたのだった。

続いて同行していたYと共にkockaというハイ・アナログな映像チームを組んでるゴンちゃんこと金子さんのカード展を見に丸ビルへ。

ずっと切り絵の作品を作っている。アートな文脈とは違うし非常にかわいらしいモノなので本来僕のようなウサンクサン者は門外漢なんだが、このゴンちゃんの作品、完成度があまりに高いしイメージの作りが丁寧でかわいい。ので素直に驚いてしまう。額に入ってた作品が良かった。

以前見たゴンちゃんの切り絵アニメーションがまたすさまじくて NHKとかイケるよ!て騒いでたら マジでその後デジスタで賞とってた!

その後後輩達となぜかYの兄と飲み、そのまま兄部屋に泊めてもらった。



札幌在住で同い年のいとこに三人目のお子様が生まれて、かつしばらく遠方に引っ越すとのことで、地元帯広から現れた我が妹と共にいとこ一家に会いに行った。そこは大家族なので、僕は若干サザエさんちに遊びに来たノリスケ状態。

生まれて1ヶ月のベイビーは小さすぎて奇跡。なんとまあかわいい。同い年なのにいとこはすっかり一家の母。自分との時間の過ごし方がいかに違うかと驚く。

我が妹もいつのまにやら大人であり、たまに会うと一瞬、誰なんだこいつは!と思うことがあるほどだ(笑)。精神年齢はもう明らかに僕が下。血族達よ、僕を置いて遠くに行ってしまったのね!

ということでいつの間にか無意識に精神年齢の近い、いとこの長男(小2)と暴れたりマリオをしたりキャッキャと遊ぶことになるのだ。しかし君もいつか、遠くに行くのか(泣)

こんなことを言い出すとオマエはピーターパン症候群かと思われそう、それはちょっとニュアンスが違う!
子供時代の感覚を忘れられないまま自動的に大人になった人という感じか?

そしておもしろかったのが、同い年いとこの弟にあたる21歳のいとこもいて、こいつは春から結構本気でお笑い芸人を目指して状況するらしい…マクドナルドのドナルド柄の変な帽子を堂々と被ってるあたり、自己顕示欲だけはイイ感じのようだ。応援した。アートとは違えど地獄の道なんだろな。

あーあ、こんなんですいません。と誰に向けるでもなく謝りたくなりますな。

さて明日からはアート漬けの東京栃木行きだー

宮の森美術館で、教育大の特別講義として、写真家の森山大道さんと美術評論家の赤坂秀人さんの最終講義の日。

5年前の最初の講義のときにギリギリ学生だった時に赤坂さんと知り合えて、以来東京で何度もお世話になっていた。作品ファイルを見て頂けたり、大竹伸朗の全景展を一緒に見に行き、その場で大竹さんと話す機会を作って頂けたり。

そんなこともあり、今回はなんとか手伝いに行かなければ!ということで事前に懇願したら、突如打ち上げの会場係を任命され、こりゃあタイヘンだということで居酒屋を探してたのでした。

講義は森山さんと赤坂さんの対談。内容は非常に充実していて、メモを取るのに必死だった。
時代が流れていろんなことは変わっているけど、モノを作るということに関しての原則は、変わっていないと思う。という一言にえらく感動した(それはモノを作る人としての希望として常に思っていたいことだったので)。

写真の特性の話、アートの文脈で取り上げられることについてやギャラリストの話、デジタルの話、アメリカの話、ウォーホルの話…正直で深みのある一言一言に、作家としての構えが重く伝わってきた。

やる気のドーピングだ。

バタバタ企画した打ち上げは、大人な関係者ばかりで、頭くるくるになりながら、なんとか無事に終われて良かった…。一瞬森山さんとお話する機会があったが、雰囲気に緊張して何を話したらいいかわからんくて、それ自体良い経験だった。

その後さらに山本先生と伊藤先生(また!!)と全体反省会。次の日は、入試で朝が早いらしいのに。
とにかく、作家はタフだ。



昨夜ほろ酔いで家に帰ってきた時、家の隣の雪山ががっぽり削りとられてそこにパワーショベルやらトラックがドーンと停められていた。

これは嫌な予感だなと思ったら案の定、朝から家の脇の道路工事でガタガタガタガタ。震度2くらいで家が揺れてるんじゃないか!?

家の周りの地区は札幌でもまだ未整備部分が多いところで、袋小路があったり、入りくんだ小道が残るなかなかおもしろいとこなんだけど、ここ最近新しい道ができたり、整備が進んだり慌ただしい。
雪が降る直前には近くの公園を2割ほど削って、代わりにキレイな舗装道路ができていた。新鮮だったなーあれは。

ちなみに家の隣はなんかの整備工場、家の前にはすごく小さな昭和の美容室、その向かいにはデカいマンションという感じで、新旧が混ざった風景。

我が家もその地区整備の流れで 、あと2年経ったら取り壊されることがもともと決まっている。その時はまたアトリエを探さなければならん。家が潰されたら、新しいアパートか、駐車場などに生まれ変わるんだろうか。なんとセンチメンタルな!

住んでる場所の風景がどんどん変わっていくダイナミズムは、札幌の辺境の地にあった大学近辺でも日々体感していた。毎年建物の数が倍増して 原っぱの向こうにデカいマンション群がそびえてた印象はみるみる無くなっていき、すっかり新興住宅地になった。

なんとなく、失われていく風景に寂しさを感じながらも、新しい風景が出来ていく期待感も同時にあって、そんな気持ちのバランスが、いい作品を生み出すための一つのヒントになりそう。

ただ、地区整備のせいでゴミステーションが50mほど遠くなってしまったのが誠に残念なところ!


 黄色の絵の側面処理も終わり、表面の最後のヤスリがけ。一番丹念にヤスリをかけるので、粉の量がハンパじゃない。ヤスリの目の段階は、今は3段階。120番 150番 320番。

 320番までいくと、マットな平らにしあがり、それまでの雰囲気とは違ったオモムキがでてくるのだ。光の反射の仕方と光の入り方が一気に安定するので、絵の見え方の純度が上がる気がする。この320番の表面バージョンは、僕だけが堪能できる完成まで9割5分地点の裏バージョン。

このあと、最後にツヤありのニススプレーで仕上げるのだけど、それがまた辛くて…家が毒ガス充満になるので、本日は保留。

 同時制作中の小さな絵達も、ようやく形になってきて、あと3〜4層で、見えてくる予感。よしよし狭いアトリエの空気が充実してきた。


 夕方過ぎに街へ出向いて、訳ありで居酒屋リサーチ。のれん横丁 エムズスペース こんなおもしろそうな店があるとは。

 その足で、CAI02で開催中の、大黒 淳一 音の彫刻展をみる。こりゃあ面白かった!けっこう長い時間ふらりふらり展示空間をさまよいながら、耳と目をを傾けて鑑賞してた。謎のスピーカーからでるレーザーのような音の感じ方は新鮮だったな、なんなんだあれは。

 さらに、大学院生の飲み会に乱入、またしても山本先生と伊藤先生とお話。最近会いすぎてる。変な後輩達もいつもおもしろいね。

 ラストはなぜか山本先生の息子さんと初めて熱燗を飲みながらトーク、山本先生を家族の立場から見たストレートの意見がすごくおもしろかった。先生は深夜2時でも早朝5時でも構わず家の中で電動ヤスリの轟音を鳴らすとか。それはさすがに嫌だろうなあ。
 

本日の朝刊、北海道アートエリア21世紀という、文化欄のコーナーに載せて頂きました。家で道新をとってるかた、チラッとみてみてくださーい。

この間の久米さんから受けたインタビューを元に、記事にしてもらえたのでした。久米さん、北海道新聞さん、ありがとうございました。

やはり、立派な言葉で書かれると、日頃の自分の怠惰で適当な感じとのギャップがありすぎて恥ずかしいです。


あら映像はとっても良かったけど、なんか妙に主観的なドキュメンタリーに仕上がっちゃったのはなぜ!

最近の海系映画はサメよりイカの方が怖く見えるんだな。


鈍い黄色の絵の描写が終わり、あとは最後の透明を平らにして、ニススプレーでコーティングすれば完成だー。しかしこれがまたなにより大変で、気が重いのだが…。

いや実はしかしその前にやることがもう1つ。側面の処理…。これまた地味に面倒だ。今の作品たちの側面は、描写の邪魔にならんように、白に1層だけコーティングして平らに仕上げている。
描写による厚みが3〜5mmくらいになっていて、むき出しでその厚みを見れるようにしている。

描写中は、透明層を筆で厚塗りした後にヤスリとペインティングナイフで平らにしていくので、絵のエッジがガタガタになっていく。このガタガタをわざと残していた時期もあったけど、厚みをわかりやすく見せたいので、ガタガタを無くしてエッジをスッキリさせる必要がある。カッターで大まかにエッジを切り落として、あとは表面加工と同じように透明層とヤスリだ。面が細長いので、非常にやりづらい。

こういう処理を側面にもするので、鑑賞者は作品の土台が木製パネルだとはなかなか気付かないはずだ。そして描写の厚みがアクリル板だと思われることがあるのもエッジをスパっとさせているからだと思う。


側面のベストが今の形式で良いのかはまだわかりかねるところだ。白じゃなくてもいいかもしれないし、キャンバス地もいいかもしれない。絵具のはみ出しを許容するか、しないか。支持体の厚みもどの辺りがいいか。エッジはハードかソフトか。
むしろ額に収めてみたほうが良かったり。
もうこの辺りはフェチでいいのかも…?

いずれにしろ、描写の邪魔にならないように、かつ絵画としての存在感を意識できるような側面である必要がある。

描写が終わってから完成までが結構長くて、その作業行程がすべてめんどくさいのがとってももどかしい!

最初の木枠&下地作りと合わせて、一番やりたくない作業です。
やりたくなくても、やらないと見栄えがショボくなるので、ものぐさ自分のための心の試練だと言い聞かせながらやるのです。ああ、イヤだ!

月刊ギャラリーという雑誌の3月号に大黒屋の受賞ということで僕の記事を載せてもらいました!

表紙にもちゃっかり名前がチラリ。もし書店でみかけたらソーッと手に取ってみてください。
サッポロでは、ジュンク堂や駅前の紀伊國屋で売ってるのを確認。
先日電話インタビューされて、しどろもどろでどうなるやらでしたが、なんと3ページもの記事でした。自分で読んでみると、なんとも恥ずかしい…

月刊ギャラリーさん、ありがとうございました。

絵に透明なコーティングをする手法は元々ポルケの影響だったり大学の先輩の影響だったりするわけで、札幌内で見ても透明コーティング絵画を制作する人達は何人か思い当たる。

透明なヤツラとひとくくりにされないように、なんとかオリジナルな感じをモノにしようと頭を悩ませたこともあったなあ。
一層毎に透明層で包む方法は、さすがにめんどくさいから自分流だろうと思いたいけど、せかいはとても広いから全くそんなことはないだろう。

今は手法として必要だから使っているという感じだ。

透明層が必要な理由は、まず、丸を重ねる際に気持ちがラクになるから。
前の層までが、透明層を挟むことで常に新しい下地になる。
透明層毎にヤスリで平らにするから、筆や絵具の乗りも前の描写に影響されず、スルッと絵の具を乗せることができる。これはとても重要な要素だ。

次に、絵具が宙に浮いたようになるから。
透明層を挟むので、絵の中に光が入ってきて、絵具の影ができる。これはやってる自分としてはなかなかおもしろくて、見せかけの浮遊感を強調できるのがよい。
絵具の重なりに、実際の奥行きが生まれるので、イリュージョンとはまた違った、ミリ単位のリアリティ空間を感じることができる。


絵具は光の反射をコントロールできる不思議なモノだけど、その絵具を透明層で封じてしまう上に、透明層は平らにしてるので、絵具の直接色を跳ね返す感じに違和感を与えることもできる。だから絵がドライにクールぶってる印象を作りだせる。


僕の使ってる透明層は、重ねるとどんどんモヤがかかるのがイイところ。ただその特性のせいで、できないこともあるけれど…。

それと透明層を塗る際に、塗り方や透明絵具の固さに気をつけなければ、気泡がやたら入るのに注意。時に気泡を活かせる場合もあるが、汚く見えちゃイカン。ここが難しいのです。気泡と仲良くする方法はどこにある。

 起きて絵にヤスリをかけたり塗ったりした。玄関にクモがいた…やはりいよいよか。虫が起きるのか…。不安を感じながら外出。大通りの地下にある、日の出そばで朝ご飯。ここはよく利用する立ち食いそば屋。決して味がうまいわけじゃないが、なぜか食べたくなるんだよなーあそこを通りかかると。天ぷらそばにたっぷり一味をかけて食うのが乙。店のおばちゃん達がおばちゃんすぎておばちゃんすぎる。

 ポルトギャラリーに行き、北方圏学術情報センタープロジェクト研究芸術研究領域グループ成果報告会、のなかの美術作品展を見る。受付の学生が辛そうだった。一度見た事ある作品が半分くらいあったけど、おもしろい展示でした。しかしこの中に大学院時代の同級生が2人出品してて、2人とも大学関係で働いてる肩書きだな〜と思うと、こりゃあ負けてられんなあと思った。こっちは安月給を選んで絵に賭けとるんじゃーい!

 帰ってからマンガオタクのYと丸善に行ったら、マンガを物色してる伊藤先生に遭遇した。Yと共にマンガコーナーをしげしげと眺める先生。ああ、その筋の人たちの眼差しはすごいもんだと関心しながら僕はブルータスを立ち読み、なになにサッポロは魅力的なローカル都市ベスト3とな。
 美術手帳にゃ相対性理論+渋谷慶一郎のインタビューが載っちゃってて、なんかそれってちょっとイヤな感じもしたがまあいいや。相対性理論は周りの人だいたい聞いてるな〜 歌詞は狙いすぎてる感じもするがなんかバンド音とボーカルのバランスがとってもイイ。四月革命という曲を最近リピート中。

文庫版が新しくなってた手塚治虫全集、読みかけたまま保留にしてたシュマリを良い機会だと思って購入。魅力的ローカル都市にランクインする軽さを吹き飛ばしちゃう内容だなぁ、感動。

僕が今の絵のシリーズでやっている作業は、面倒くさいが単純だ。

とにかく、丸を描く。色のある丸と色のない丸をランダムに描く。あいだに透明層を挟む。
それだけといえば、それだけ。あとは重ね方を大いに遊ぶ。

やってておもしろいのは、一層重ねる度に、絵の雰囲気や空間が予測不可能にガラリと変わること。

7層目あたりから、重なり方が複雑になっていくので、自分の目でも今まで描いてきた丸を追えなくなってくる。意思をはみ出しちゃって勝手に複雑になっちゃった感じが、心地よいというかワクワクするというか。

色のある丸は、自分の色を各自主張する。下の層にある色の丸は、曇った色になる。強い色も弱い色も、面積の大きい色も小さい色も、等価に画面を作る一要素。
色のある丸は、色のない丸にくり貫かれることがある。

色のない丸は、空間をくり貫くことで存在感を主張する。
強い丸と弱い丸がいて、強い丸は、何層にも渡ってくり貫き力を持続させるし、弱い丸は一層くり貫いたら上の層に被せられていく。
色のない丸をわかりやすく見えるようにするために、色のフィルターをかけたりもする。フィルターを不透明にすると、図と地が反転した形がハッキリと画面の要素に加わる。半透明にすると、もやがかかったように前の層の影響を残しつつ、色のない丸を可視化させる。

出来上がった絵を簡単に言うと、アリジゴク的水玉模様だ。

水玉模様ってだれが発明したのか、いたる所で見かける。おかげで、一見僕の絵は水玉模様として認知されてトッツキやすさをかもし出す。そこから、1つ1つの丸を追うと、画面の揺らぎに迷い混んでいく…はず?

迷い混みの感覚は、例えばなんか無駄なことをいろいろ考えてて、それが頭の中でスケールがでかくなりすぎて、収拾つかなくなって、愕然としたあと、さあ明日も頑張ろう、と我にかえるアノ感じに似せたいと思っている。

だからできるだけ、鑑賞者には長時間絵と向き合って、丸を追ってほしいなー。
どんな絵でも、一枚を鑑賞するのはなかなか時間がかかる。

丸を重ねる研究にワクワクさせられてるうちはまだまだこのシリーズ続きそうだ。試したい重ねアイデアが貯まって、制作スピードが全然追い付いてない。

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