やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

2017年03月

以前、バーゼルでいろんなアートフェアを初めて見た時にこんな記事を書いた。
http://yamamotograyzone.ldblog.jp/archives/52140866.html
 
『「周辺」の大多数感、とにかく作品作ってる人も作品売ってるギャラリーもめちゃくちゃ大勢いて、
自分も続けていけばこの雑多な中にはもしかしたら飛び込んでいけるかもしれないが、
その後この膨大な数のハンパな雑多な中に埋もれたまま抜け出せずに萎んでいくのは、、、』
 
こう思ってからもう5年も経っちゃった。 
現状はハンブルグ、台湾、札幌と3つのギャラリーと一緒に仕事するようになって、
年に2回ほど東京と台北でギャラリーからアートフェア参加、
加えて毎年栃木の大黒屋さんでも発表させて頂いている。
それぞれの場で発表作を販売していただいているおかげで、
なんとか画家として生活できるようになった。

そのこと自体を、
「フルタイムアーティストの」「札幌で唯一それで食べていけてる」(実はそんなこともなく他にもいるんだけど) という風に紹介されてやや困惑する(作品の内容の話に無関心をキメられるとなお困る)こともあると同時に、バーゼルで感じたことをふと思い出すことがある。
「札幌」というフィルタを外せば、世界中の名前も知らない認識しきれないほど大多数のギャラリーとアーティストがおそらく食べて行けているのだ。そしてその雑多の中に僕もいる状態になっている。

もっと先のことをイメージして、現在の膨大な雑多なゾーンからさらに次の領域を目指すため、そ
のための行動を意識していかなければ。
それぞれのギャラリーにも希望欲望をガンガン伝えているし(広い空間で3m級の作品ならべた個展やりたいとか、どういう思考を元に制作してるか認識してほしいとか、誰々に見て欲しいとか、カタログ作りたいとか、〇〇に掲載されたいとか、〇〇美術館で展示したいとか収蔵されたいとか)、
自分が話せることはできるだけ話している。
ハンブルグMikiko Sato Galleryと台北Admira Galleryではそれぞれのギャラリーがとっても頑張ってくれて美術雑誌に掲載してもらったし、
札幌のギャラリー門馬さんから発行してもらったカタログの編集は自らもやった。

今自分のBioに足りないのはグループ展の新しい参加歴やパブリックコレクションだが、
焦ったり姑息なことを考えたりせずに、作品を作り発表しながら地道に活動するのみ。
結局、一番難しいのは
絵画とは美術とは何かをさらに深く研究し、作品にフィードバックさせていきながら、
ここだという場で良い展示をしていくという超基本をずーっと持続させることだ。

札幌に活動拠点を置くにあたってのデメリットは、
・良い作品を見たいときは大抵の場合、飛行機に乗って遠方に行く必要がある。
→フットワークは常に軽く。良い作品は自分で作る。足元の価値を見つける。

・スタジオビジットなどに恵まれにくい。
→少ない機会を逃さないためのアンテナを張っておく。外から来たくなるようなスタジオ環境を作る。

・どっぷり美術に浸かっている、話ができる人が少ない。
→少ないながらいるんだから大事に。逆に集中できるでしょ。こちらから話しまくって、話せる人たちを増やす。

このように30代後半を見据えたい。

札幌で美術(現代美術?)をやっていると、
使命感に駆られる瞬間がある。アートシーンを自分らで何とかしなければ、という感情。 
きっと地方で活動していたらどこでも、そういう感覚あるだろう。
美術家が作品制作だけでなく、スペースを運営したり、学校を作ったり、プロジェクトを起こす。
また、ちょっとでも西洋美術史をかじり始めると、すぐにボイスの「社会彫刻」というマジックワードがその使命感に拍車をかけてきて、連続して「フルクサスが」「ソーホーがチェルシーが」などと数々の実例が用意されている。

そういう運動に敬意は払っており、時にはお手伝いなんかもしながら、
僕自身の活動はその感覚とは常に距離を置こうと意識してきたような気がする。
時には複数の方々から、やれ、やれ、と言われながらも、そ〜っとかわし続けてきた笑
向いてないから。

ちなみにワークショップブームにはやや疑念を持っている。
何かとイージーに教育目的としてアーティストにワークショップをやらせる傾向があるが、
これも向いてるアーティストはやればいいし、向いてないアーティストにまでワークショップを強要するのは反対である。

とにかく、僕はいかに作品の制作と思考に時間を割けるか、に絞って力を注いできた。
多彩さは持ち合わせていないので作品を良くしようとするだけで精一杯だしそこは簡単に負けない自負もある。他のことをしてる余裕もないし、やりたくないことはできる限りやらないのも作品の質のため。

まあ典型的な引きこもり系絵描きのわがままに過ぎないのかもしれないが、
札幌という地方仮説がそのわがまま感を勝手に助長しているのではないか。
だとしたらそれは美徳に思えぬ。
例えばベルリンで、NYで、「抽象絵画の問題」に集中している画家に対抗するには、
札幌が〜とも言ってられない。
ローカル性を取っ払う。抽象表現はまさに、時代も地域も取っ払う。いや、取っぱらいながら同時に潜ませる、という言い方が我が基本意図としてホントは正しいんだけど、この言い方がいつもややこしく伝わりづらいのがジレンマ。
仮に超ビッグになっちゃえば、それ自体でシーンは変えられるだろうし。。。

ベルリンに行って戻ってきて考え方は変わっても、作風自体は大きく変わらなかった。
都会という抽象的なまやかしの中で生きるのがリアルなのであれば、ユニクロで服を買うこともスタバでチャイラテ飲むことも拒否してないしグローバリズムをある程度肯定的に見ているということであって、フラットな場として札幌を選ぶ、ってのもそろそろアリかなあなんて思ってみたり。
そもそも地元が札幌でなかった僕にとって、札幌とはまさに匿名的で憧れの「大都会」の象徴であった。
住んでみてその魅力的なローカル性もまた後々自覚はできても、根の張れる意識までには至らない。
いろんな美術の生き方を尊重する、その代わりそれぞれの選択がそれぞれハイクオリティであること。
これがシーンに望むこと。
 

「札幌には美術批評が無い」とは定期的にどこからともなく聞こえて来る定型文だ。
久々にこの定型文が聞こえてきたので少し追ってみたら、得るものはなかった。 

そもそもだ、
もし「札幌には美術批評が無い」と言っているのが例えば美術家及びギャラリストだとしたら、
おいおい何言ってんの!!てことを書いておきたい。
特に現代美術家の場合、作品には何かしらの批評要素が入っているはずであり、
企画ギャラリーは作家のセレクトがそのままある意味批評となる。
この辺が起点となって初めて批評は連鎖していくのだと思うんだけど。
批評家の不在を嘆く前に、まず自分らの主体性だろう。

そしてだ、
僕も札幌で美術家をやってます。
これでも学生の頃から今に至るまで、述べたように批評精神を持って活動してきたつもりなので、
批評が無いと言われるのはちょっと心外である。 
僕が学生の頃2000代前半は、オルタナティブスペースの動きが盛んで、若手がユニットを組んで現代美術らしい活動も盛んに見えた。ホワイトキューブから出ないとイカンとも言われた。
ゆえに絵画は相対的に相手にされづらいメディアであった。
そういううねりの中で絵画を続けて来たことも、団体公募展に出してた頃はいかに規定と保守性を破壊すべきかばかり考えた絵画作品を提出していたことも、このブログでもたまに、批評を含めてきたたつもりなんだけどなあ。

今現在僕は、札幌市内で個展をやる際、企画ギャラリーだったらギャラリー門馬さんだけと決めている。
自分との相性や、作家選定のセンスなど総合的に考えて、ドイツからの帰国後にお世話になっている。
これも(札幌においてのみ)批評の態度だと思ってます。
未だに、年に何度か市内の複数の企画ギャラリーで個展を開催する美術家が多いように思うのだけど、
それだとどのギャラリーも差異がなくなるし、作家のポリシーもよくわからんのよね。
 
ちなみにギャラリー門馬からは2冊のカタログも作って頂いてる。
必ず日英でテキストを付けており、自作の実物を見た上で評価していただいた方に無理やりお願いして、
このテキスト内容も美術批評として成立しているはず。
というわけなので、無くは、ない!!!

いや僕だけでなく、少なくとも周りの美術家数人は明確にそういう意識を持ってやっているはずだ。
みんなとても勉強家で、たびたび国内外どこにでも出かけて良質な展示を見て互いに意見交換してる。
お金も時間も無かろうが、やってるのだ。

 

4度目のアートフェア東京参加。

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去年に続きギャラリー門馬ブースでソロ展示をさせていただいた。
ギャラリストの大井さん一人でやっているギャラリーなので、
毎年展示と受付のお手伝いを作家も一緒になってやっている。
フェア独特のスピード感や鑑賞環境として良いとは思えない会場にずーっといるのは作家としてはなかなか複雑な面もあるけれど、こういうタイプのギャラリーはあんま無いので状況を楽しんでいる。
それに東京で展示できる貴重な機会なので、自ら展示構成をやってギャラリーでの個展と同じだと思ってやっているのだ。
それでも名乗らないと、未だにスタッフだと思われている場合が多い笑。
 
ブレビューの段階から例年よりお客さんがさらに増えており、連日ぎゅうぎゅう。
4年連続出展していると、ギャラリー門馬めがけて毎年見に来てくれる方も、買ってくれる方も随分増えた。 自動的に増えたわけではなく、ギャラリストの大井さんが個別の連絡や広報をしっかりやってくれているからだと受付をやりながら実感した。お客さんの反応からそれがわかるんだよなあ。
受ける質問も「どうやって作るのか」がほとんどだった状況から、どういうプロセスを経てこういう作風になったのかとか、意図とかも聞かれる回数が増えてきた気がする。
 
オープニングの挨拶で某庁長官や渦中の某政治家夫人がスピーチしてたなど色々内容がムムム的だったとの話もあるが(毎年のこと)、出展してる側からすればそれを聞きに行く余裕もなければ、そもそも内容など誰も期待してないだろうしお飾り文化程度にしか思わない。
むしろ聞こえてきた話として問題だと思ったのは、ロゴをデザイナーの許可なしに勝手に変更して使っていただとか、VIPチケットを事前購入した人があらかじめネットで情報登録したにも関わらず入り口でまた同じことを書かされてすぐに入場できなかったとか、運営側の話。
そういうのは出展する側としても非常に困るのでなんとかしてほしい。 

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