やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

2020年04月

昼過ぎ起きてアトリエへ。
僕の後輩でゆきちゃんの友達夫妻が、
この機会に、前々から欲しかった自作を購入したいとのことで、
香港出展予定だった作品を見にくる。お、マスクちゃんと付けてる。
本来なら現地に送ってるはずが、
現在Artsyというサイトでウェブ販売状態なので、
実物は全部アトリエにあるのだ。

後輩夫妻は作品の前で、
家の壁はこのくらいで、、、光はあそこだと強すぎるしあそこだと暗いし、、、
と、飾った状態をシミュレーションしてる様子。

ちょうどギャラリー門馬でも別作品が展示中なので、
そっちとも見比べたいと、ギャラリーへと向かって行き、
結局そっちの作品が部屋に適しているとのことで、買ってくれた。
ありがたや!!

その後輩、学生時代にも4000円で手のひらサイズの作品を買ってくれてたんだよな。
あの時はギャラリーとのやりとりも存在しておらず、販売のルールも知らぬまま、
なんとなく4000円と自分で決めていた。今は10倍以上の値段になっとるな。
他にも何名か同じシリーズ買ってくれた。
今考えると無謀だが、4000円だし幸いトラブルもなかったので良かったけど。
学生の皆さんや若い作家さんは販売のあれこれ、
周りの信頼できる大人に聞いたりしながら、気をつけてください。

ちなみに今回は、作品がアトリエにもあったわけだけど、
知り合いだからと言って、僕から直接売らないようにしている。
たまに古い友人や知人などに、
僕自身からアトリエにある新作や古い作品を安く直接買ったりできないのか、
と聞かれるけど、販売については必ずコマーシャルギャラリーが窓口になってもらっている。
作品が売れた時は、ギャラリーによって割合は多少違うとはいえ、
基本50パーセントずつの取り分と決まっている。
お互いの役割(作家は全力で質の高い作品制作。ギャラリーは全力で作品販売、プロモーション、作品破損や輸送、トラブルなどの窓口全般)のために、50/50。
だから、一緒に仕事をするギャラリーは真剣に考えねばならんし、
信頼関係を作って共闘する。
勝手に僕が直接お客さんと販売のやりとりすることは、
ギャラリーとの関係を裏切ることになる。
どうしてもなイレギュラーな事態(例えば作家同士の作品交換とか)があれば、
ギャラリーに相談するなりなんなり、後々トラブルが起こらないように。

ちなみに値段は全ギャラリーと相談しながら決めてて、
すべてサイズで決まっている。
絵画は日本ではよく、号○○円、というルールがあるんだが、
僕は号という特殊単位では作品作ってないし。
ウチの場合は大まかに言えば、(タテ+ヨコ)×〇〇euroという計算式があって、
どの国のどのギャラリー、どのフェアで買っても基本一律同じ。
(消費税は各国別。通貨の違う時はレートを参照に1euro=〇〇円と基準を設定。数年越しに大幅に変化した時は再調整。端数も切りよくする。そのため国が変わると多少のズレは発生する)
違うギャラリーで大幅に値段が違ったり、自分の思い入れなどで金額が不自然に変化すると、
一貫性が無くなり、信頼も落ちる。
作品形態によって価格の算出方法は様々だと思うけど、
客観的な説明ができるルールで決めること。要注意。

、、、、みたいなことって、ある程度学校で教わりたかったよなあ。
今はそういう機会あるのかな。

通常ブログモードに戻る。

昨日メッセンジャーでウザいオジサンモードでテキスト送ろうと思ったら、
妻に止められたんですよ、という話を別のメールで別の人に話してたら、
ある本の1ページの画像が送られてきた。
老シャガールが、夫人がいる限り、何一つワシの自由にはならん、
と愚痴を溢しているという内容だった。笑
なるほど、、、
これはシャガールも、本人は自由で夫人が裏で苦労して支えてるタイプということでもあるな。
こういう巨匠の些細なエピソードが残っているのは良いことだ。
しかしよくこんなピンポイントなネタを即答で送ってきたなあ。
その方も、同じ境遇なのだろうか、、、

今日も割と淡々と制作。
ちょっと新しい、円のランダム配置の仕組みを取り入れて実験してみてるところ。


バイト君デー。
3人とも割と淡々と制作に打ち込む。
今日はまたその他誰にも会ってない。
ギャラリー門馬と連絡。
イレギュラーな予約展示対応も大変だけどうまく回っているみたいで、安心。

制作中に、まだなえぼのの植民地時代情報交換メッセンジャーは活発に動いてる。
バイト君が上がった後に、どれ僕も再参加しようとコメント書き込もうとするも、
結局僕は植民地の話はきっかけだけで美術の話がしたいので、
書きたい内容の中身が穏やかでなくなってくる。
情報交換のムードと噛み合わなくなりそうなので、
一応書いてみた長ったらしい文章をゆきちゃんにチェックしてもらうと、
案の定これはまた荒らしになるからやめておけ、、、とのジャッジを受け(家庭内自粛要請)、
しばらく静観することにした。 

スレッドにはすでに沢山の植民地と日本に関する情報がたくさん出そろってるので、
帰ってきてからこれをいくつか視聴。
このコロナ期にわざわざ重たい情報をインプットするのもなかなか妙なものだ。
のち、昨日進藤さんと天心さんになぜか、
まあ試しに見てみてよとオススメされた「ゆきゆきて、神軍」も視聴。
んー、僕にはそんなにヒットしないかなあ。

学生が樺太について調べるドキュメンタリーは、
引揚者の方々とのズレとか、
最後のちぐはぐな感想が、ステレオタイプな落とし所になっておらず、
とてもリアリティがあって良い。
https://www.youtube.com/watch?v=2W2qr6zWDuA



戦争ばかりも疲弊するので、
荒木悠くんの帯広ばんえい競馬場で撮影された「mountain plain mountain」
が期間限定で無料公開されてたので、続けてこれも視聴。みれてなかったので嬉しい。
馬の出し方(隠し方、か)と、言葉の使い方、めちゃおもしろい。 
祭さんの迫真の声出演、こういうことだったのか。
 
テキストと動画に集中し出したら、これはキリがない。
制作の時間が削られすぎたら本末転倒なので、
細かい感想もとりあえずは書かないことにする。 
コロナニュースも今日は全然インプットしていない。
それはそれでいいんだかわるいんだか。 

起床直後にお仕事ミーティング。
そのおかげで、久々に日の光が低くないうちにアトリエに行けた。

昨日と変わって、今日はアトリエに人が割とたくさんいる。
この時期接触はあまり好ましくないとは思いつつ、
案の定、昨日のメッセンジャーの件で2名ほどアトリエにやってきて、
あれはちょっと空気変えすぎだからなんとかしたほうがいい、
テキストでやりとりするもんじゃないんでないの、
誤解されるぞと、2mほど距離をキープしながら諭される。
いやあまあ、それはそうだ。納得できる場合は謝る。
たまに、このような僕の暴走モードを抑えてくれるメンバーがいて、
実際これにはなかなか助けられていると思う。 

別のメンバーからも、ちゃんと返信できなくてすいませんと言われる。
やべ、やはり波風立てすぎた。早急に収束させて、
仕方がないので昨日のブログを宣伝した笑

しかし、交流は最小限に留めておいて、
やはり各部屋で作家のみなさんが制作してると思うと、
ひっそりしてるアトリエより健全だ。

6月に入居予定の某画伯も部屋見学に来た。
2ヶ月後に個展があるらしいので、楽しみだ。 
意外に人がバタバタ、テキスト書き込み、
制作がブツ切り気味。 


制作中にラジオをかけることがよくある。
だいたいSession22〜Junkまで垂れ流すことが多い。
芸人のラジオを聞いてると、
コロナな日々と、志村けん追悼ムードの中で、
ちゃんと笑いを提供しなきゃならんハードルの高さを感じる。
それでも笑いを提供できてるってプロなんだよなあ。。。大変だわ。 

なえぼのメッセンジャーで、
日本の植民地と戦争についての情報交換の話が盛り上がってる。
メンバーの1人の作品の展開がきっかけだ。
ケータイが昼から通知ラッシュで目が覚めたので、
寝ぼけながらスレッドを追う。

僕はその辺、かなり無学なので推せる情報も少ないんだけど、
割と盛り上がってる様子を見て、
普段こういう情報交換てあんましないから、
皆知らんところで結構勉強してるんだなあと。

情報交換の中にふと、日本の「謝らない姿勢」と安倍政権の話が上がってたので、
変なスイッチが入ってしまう。
そういう話題は、飲み会レベルではちょいちょい挙がったりする。
今回も皆情報インプットしている、というのはわかってきた。
じゃあインプットした上で、
そこに対する個々の思考は?てとこまではいかないんだよな。
だいたいいつも概要確認、その後は持ち帰ります的に終わる。
それ以上は、気まずくなるのかな。
「謝らない姿勢」があったとして、それを受け入れてるのか、問題視してるのか、
問題視してるなら個人レベルでは何かできるのか、、、みたいな、
他人事じゃない言葉が聞きたいよな、そういう時は。
いや、各々の作品見れば、わかるでしょ!なんつって。

原発問題だって根は一緒なのだろうが、
難しい問題って、なんらかの矛盾に向き合わねばならず、
なんらかのリスクを受け止めねばならんことがある。
リスクを引き受けた言葉や姿勢を見せるってなかなか大変で、
そういうリスクを引き受けられる「大人」ってどのくらいいるんだろ。
周りでは誰が該当するんだろう。
少しはそういう大人をイメージして、自分も40代を迎えたい。
個々がリスクを取った態度を見せて信頼されるような状況を作らないと、
国を作ってるの国民だから、国のマインドも変わらないだろう。

、、、とりあえず寝ぼけ頭でそんなようなことをスレッドにぶん投げたら、
あんまり反応が良くなかったので、投げ方を失敗したっぽい、アカン。
自分の性質上、投げ方の工夫で話を回すのも役割になるべし、とか思ってるのに、
なかなか難しいものだ。
リスクを引き受ける発言までできるのが大人、という考え方が間違ってんのかな?
イデオロギーを曝すべき!と思われて、ドン引きされたのかもしれない。
全然そうではないのですよ、ごめんなさい。
これって、美術文化系の人たちに多いと僕には映るんだけど、
最近似たようなことを感じる機会がよくあって、
例えをだせば、、

文化庁長官がM田さんなこと。全く意味不明な声明を出しちゃう現実。
あれにはもちろん幻滅だよ。がんがん批判すべき。
でも幻滅批判すると同時に、
M田さんがあの地位に就くことを許容してきた世界があるはずで。
たぶん、技巧重視(彼の技巧がどれほどなのか僕は知らないけど)作家で、
人のいい、おっちゃんなんでしょ。
もともと芸大の学長の時から、あんな人だってわかってる関係者多いだろうし、
ああいうタイプの人がキャリア路線に乗ろうと動くときに、
それを正当にストップできる論理を持ってるひと、
ストップしたい人の中に、じゃあ自分が責任持ってその役に就きますって言った上で批判できるひと、
そういうひとを信じたいし、そういうひとでありたいし、そういう振る舞いができる人が増えればいいと思う。
それでも上手くいかないことだってあるんだろうけど、
あのおっちゃんが文化庁長官ってのは、さすがに誰も待ったをかけられなかったのか、、、
と絶望する。
この絶望を、できるだけ多くの美術作家、関係者が忘れずに引き受け続けることが大事だと思う。


文化の援助に酷さ自体にもわーわー言うのは、
これもどんどん言うべきだと思うんだけど、
子供みたいな文句は誰でも言える最低限。
そこで止まってても、文化は余暇と思われてる社会では聞き入れられないのではないか。
それに文化っつったって、その文化とかコンテンツが成立するには、
たくさんの人が関わってるわけで。
僕の制作ですら、学生バイトくん、アトリエの大家さん管理人さん、
画材店、絵具会社、ギャラリー、シッピング会社、、、
って、いろんな社会人が働いてくれてようやく成り立ってるんだから、
もっとデカい文化コンテンツ業って、相当立派な経済システムの一環なのにさ。
わーわーの中に、感情だけじゃなくてそういう仕組みの話がもっと沸いた方が、
説得力あると思うんだけど。

あとさ、地震の後と与党勝利の後とコロナ混乱の際に、Twitter上でさ、
もれなく糸井重里に対して、あいつのせいで無関心大衆が増えたんだとか、
あいつは体制側だとか、八つ当たり的に炎上攻撃してる、反体制な人たちも、
批判してる自分らへの反省はほったらかしで、
やり場のない負け感情を、糸井氏に押し付けてるように見える。
それは見苦しい。

全部、根は同じだと思うんだよな。
あれはTwitterを中心とした、SNSのせいもあるのかもしれないけど、
もっと根本に原因がある気がする。

だから、いわゆる責任の所在がぼやかされたような論法を見ると、
つい反射的に、ムッとくることがある。

美術文化系の論法はもう少し、
自身の発言の説得力と責任、経済への言及を意識してアップデートされるべきだと思うし、
僕は僕で、細々とやってるつもりでいて、
それでもやっぱりそう簡単なことではないけれど。

というわけでイデオロギー論争をしたいわけでは全然なく、
(ちなみに僕は、自分の中に左寄りから右寄りまでバラバラな価値観の軸が並んでて、
トピックごとにそのパロメータが変わるので、側から見てたらアイツどっち寄りなんだ?
という立ち位置でありたいし、そういう見え方のする美術家には面白さを感じ気味。もしかしたらズルいと思われるタイプだと思う。だからと言ってそういうことを探りたいわけではなく、)
なんというかなー、何を引き受けて美術活動してるのかって、
もう少し見えてもいい気がするんだよな。
思考に圧がかかるような、健全な議論は自作のためにもなるので、
せっかく集合スタジオだし、各々のバラバラな、
踏み込んだ思考がもう少し垣間見える機会が増えてもいい。
案外、集合スタジオでも、ウチは(札幌は、なのかな?)個人プレイ主義。
元々個々の活動を重視することを掲げてるし、まあ、それはそれでいいんだけども。
せっかく近くにいるのだから、思考が加速するちょっかいは出していきたいとも思う。
疲れたそのまま1時間追加の2度寝ののち、
アトリエで制作。
終わりかけに近い作品のひとつが、なかなか決まってくれない。
最後スッキリしないまま、長くもたつくのは久しぶりなので、
しつこく層を増やしていこう。
大きな作品も2層目のプランを進めなければ。

今日はあまりコロナ騒ぎを追ってない。
札幌市の施設が昨日から一部再開したみたい。
大丈夫なのかね。

晩飯、ゆきちゃんのハンバーグが美味しかった。
今日は夫婦2人行動のみで、コンビニすら行ってないので、
誰にも会ってない。

普段より2時間多く寝てしまった。
寝てる間にギャラリー門馬では予約制の展示始まり、
なんと来場者の方が早速自作を1点お買い上げくださった、と報告あり。
このご時世の中、フェアも中止となった中、札幌で、
代替案を立ち上げ、参加作家全員が作品複数点売約となっている状況。
ギャラリー門馬の大井さん、作品をお買い上げいただいた皆様には、ただただ感謝。
特設サイトも継続してとても沢山の方に見ていただいているようで、ありがたい。

寝過ぎたせいで頭痛がする中、アトリエ制作。

今日のニュース騒ぎは、政府から各世帯にマスク2枚。
毎日毎日つっ込む方々もたいへんだ。
政策のがっかり感と、今のところ感染者死者数の少ない感が同居するアンビバレンツが、
不可思議である。

数日前に騒ぎになってた和牛券の案も消えたらしい。
批判の影響がゼロではないだろうから、
やはり冷やかしや嫌がらせではなく切実に言いたいことは、言うべし。
補助の仕方は別のよりよい方法があるとしか思えん。

しかし、政策とは別に、和牛のことを考えてしまった。
実際和牛は高価だし売れ残ってるのは事実なはず。
不要不急リストに入れられてるのは、
僕の絵画作品、美術、文化全体もおそらく同じ。
券騒動で和牛ニュースの印象だけが悪くなり、
なんかシンパシーを感じてしまった。
僕は牛が好きだし牛乳も多めに買っている。

誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ
と言っていたのは宇多田ヒカルだな。

1点絵が売れたので、今度スーパーで残ってるのを見かけたら、
ちょっとだけでも、和牛を買って食べようかな。


エガちゃんが真面目にコロナ対策を訴えているこの最新回、
あまりに真っ直ぐに指差してくるので、禿げの感じも相まって
若干ヴィト・アコンチっぽさがある。
Twitterで同じこと書いたらフォロワーが減ったので、
ありがとう。 



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