最近は劇場に映画を見に行ってます。基本的には王道な大作ばっかです。

噂のアバターは見た人ほぼ全員言ってるもののけナウシカ臭に違和感を覚え、そしてエイリアン2な大佐に笑う。
 大真面目な内容なのにご都合主義で流したりお話のまとめ方のアララ感、はさておき、
 一体どうやってこんなモン作ってんの…?というどうしよもなくお子ちゃまな感想でした笑 いやスターウォーズなどもそうだけど、今回においては3Dで空間感を感じさせるなんて、もうわけがわからん。
飛び出す系ではなく、空間がありました。空飛ぶシーンとかカメラの引きのシーンではイマイチ感じなかったけど、室内シーン等は空間でした。ただ、札幌の3Dは、暗い…たまにメガネ外してみたら色が全然違いすぎてビックリ。IMAXって方式でみたーい。
 とりあえず最先端を堪能する価値ありでした。ただ、壮大系なお話の最先端っていうのはなかなか難しいもんなんですかね。ハリウッドが宮崎駿みたいな映画を作るってのも不思議な話です。日本的思想の影響ってけっこうすごいんじゃないのか?

 アバターのヒットのせいで霞んでしまった年末パニック映画2012は、大真面目でも天然系!主人公一家が不死身なのは最初からわかってるんだし、この際どれだけご都合主義を徹底的に食らわせて生き延びさせるか!?というチャレンジのようにも見えました。すさまじいスケールの崩壊を常に間一髪ですり抜ける様には笑いをこえて快感すら覚えます。地球の軸の移動すら味方につけた主人公でした。そして役目を終えたサブキャラはさっさと死なせちゃう。
今の世界各国の関係をチープに表現し、日本は見事にしょぼい!
インデペンデンスデイの時は、大統領自ら戦闘機に乗っちゃったり、黒人兵士とコンピュータオタクな博士が協力してコンピュータウィルスを的に送り込んだり、まさに90年代アメリカならではだったけど、今回のも00年代末ならでは。
 ああエンターテイメント。莫大なお金でこんなの作って、莫大な人たちがお金払ってみてるんだから、エンターテイメントって不思議。


 かいじゅたちのいるところは、上の2作とは大違いで久々にマトモな映画を見た気分になりました。想像外のシリアスな展開に深みあり。見てる側もなんとなーく居心地わるく不安な感じがウマく出ていたなあ。音楽がキラキラしてたのが救い。スパイクジョーンズ、離婚した後に作ったからこんな感じになったのだろうな〜と思いました。後味がすごいいいです。着ぐるみの使い方もいいです。


映画をみたらなんやかんや自分の絵画制作についても考えます。

もともと映画が発明される前は場合によっちゃ絵画が映画のような役割を持ってたりもしてんだろうなあ、ダビッドのでかい絵とかそんな感じする。
それが今はすっかり分離しちゃってアバターみたいなモンまででてきちゃってると、絵画に残された役割ってなんだろう。ただのエンターテイメントを求めるのであれば非常に分が悪い。
…絵画は絵画らしさという特権的な魅力があるから、エンターテイメントだらけの今日でも消えずに残っているのだ!
絵画は制作者と絵画そのものが向き合っていたという実体感が残っている。だから、スケール感もヒューマンサイズから出発できる。要するに例えば劇場のスクリーンてめちゃくちゃデカイけどいちいちそのデカさに感動しない、でも絵画がデカかったらデカぁぁっ!て思うのは人がその絵に向き合って作ったってことが実感できるからなのだろうなー。そんな絵画らしさもあると思います。
 テクノロジーが発達してビジュアルメディアが進化すればするほど、アナログなままの絵画は絵画としての価値が相対的に深まり、さらにテクノロジーをアナログな世界にうまく利用できるのだはないかとポジティブに考えてます。