僕が今の絵のシリーズでやっている作業は、面倒くさいが単純だ。

とにかく、丸を描く。色のある丸と色のない丸をランダムに描く。あいだに透明層を挟む。
それだけといえば、それだけ。あとは重ね方を大いに遊ぶ。

やってておもしろいのは、一層重ねる度に、絵の雰囲気や空間が予測不可能にガラリと変わること。

7層目あたりから、重なり方が複雑になっていくので、自分の目でも今まで描いてきた丸を追えなくなってくる。意思をはみ出しちゃって勝手に複雑になっちゃった感じが、心地よいというかワクワクするというか。

色のある丸は、自分の色を各自主張する。下の層にある色の丸は、曇った色になる。強い色も弱い色も、面積の大きい色も小さい色も、等価に画面を作る一要素。
色のある丸は、色のない丸にくり貫かれることがある。

色のない丸は、空間をくり貫くことで存在感を主張する。
強い丸と弱い丸がいて、強い丸は、何層にも渡ってくり貫き力を持続させるし、弱い丸は一層くり貫いたら上の層に被せられていく。
色のない丸をわかりやすく見えるようにするために、色のフィルターをかけたりもする。フィルターを不透明にすると、図と地が反転した形がハッキリと画面の要素に加わる。半透明にすると、もやがかかったように前の層の影響を残しつつ、色のない丸を可視化させる。

出来上がった絵を簡単に言うと、アリジゴク的水玉模様だ。

水玉模様ってだれが発明したのか、いたる所で見かける。おかげで、一見僕の絵は水玉模様として認知されてトッツキやすさをかもし出す。そこから、1つ1つの丸を追うと、画面の揺らぎに迷い混んでいく…はず?

迷い混みの感覚は、例えばなんか無駄なことをいろいろ考えてて、それが頭の中でスケールがでかくなりすぎて、収拾つかなくなって、愕然としたあと、さあ明日も頑張ろう、と我にかえるアノ感じに似せたいと思っている。

だからできるだけ、鑑賞者には長時間絵と向き合って、丸を追ってほしいなー。
どんな絵でも、一枚を鑑賞するのはなかなか時間がかかる。

丸を重ねる研究にワクワクさせられてるうちはまだまだこのシリーズ続きそうだ。試したい重ねアイデアが貯まって、制作スピードが全然追い付いてない。