上海にギャラリーを開いた方が、僕の作品を見て話がしたいとのことでわざわざ来札していただいた。
ちょうど500m美術館で作品展示していたので、作品の前でいろいろ話した後、CAI02へ。
するとポーランドのレジデンスに行くキッカケをくれた隠地さんという東京の作家さんもそこに。
上海のギャラリー事情や環境など話が盛り上がった。

ギャラリーの方は、僕の作品を上海で発表する企画を考えているとのこと。
それはまた突然な展開で、頭が整理できなくなってしまった。
非常にありがたいし刺激的な話だけれど、作品も溜まっていないし、すでに来年の個展2つが控えているし、まだ上海を見に行ったこともなく、
いろいろ検討することに。

その後、後輩(つーか元生徒)がDMをメッセージ付きで送ってくれたので、出身校の研究室展「油展」のオープニングパーティーへ。
うーむ。学生展とはいえ、ビリビリくる作品はまだほとんど無し。ヘタでもいいから絵画に狂ってほしいなあ…。
毎年この展覧会やってるけど、年々また古くささが戻って来ている気がする。
なぜ古くさいのか!?

まず、モチーフイメージをコラージュして作り、なんとなくシュールっぽい具象画という傾向。
それは例えば、なんとなーく人物がメインでいて、何か意味深風なモノを持っている場合もあれば、横に何か説明的なモノや生き物がいる場合もある。
で、なんとなーくその人物のキモチを表現した風な背景や、ここはどこ?的な背景が用意される。

それに、割と現実的な光景を題材にして、ゴリゴリとマチエールやちらつく色彩を多用しながら描く傾向。
使われているマチエールや色彩が、そのイメージに必要不可欠な要素なのか。

それに、本当にそれでいいのか!?と思うような側面や額。

このような表現のまま進歩しないなら、油彩研究室生として油彩を研究したことにはならないだろう。
だって、そういう絵を描くのは結構簡単だもの。
イメージの材料を用意できれば、あとの悩み所は人のカタチが狂うとか、色が変だとかの予備校デッサンの問題点とさほど変わらない。
絵画って、空間にしても構図にしても支持体にしても絵具にしても、もっと複雑で掘下げ甲斐のあるとこだらけで、
そこに気付こうとトライしてる作品はとても少なかった。残念。
先輩だから生意気に言ってみた。

その後、atta2.5周年パーティへ。
attaは、武田さん樫見さん大島さんの共同アトリエで、度々パーティが開かれる。
こういう企画をメンドクサがらずに、しかも先輩達自らが料理を振る舞ったり、毎回頭があがらない。
生活そのものが面倒な僕から見れば信じられない奇跡の行動だ。

芸術に狂った良い意味でヘンな人が集まるのでとても楽しい。
バカ話から真剣話まで盛り沢山だ。
なつかしいメンツが揃い、
学生時代に深夜アトリエで皆で飲んだくれてた頃と変わらない空気だった。

今回は高校も大学も一緒だった、中川君が現れた。
彼は度々ここのパーティに参加しては、酒乱で奇声を上げながら自分の人生観の悶々っぷりを嘆くタイヘンな野獣だ。

そんな彼は高校時代から異常に絵が上手く、上手いだけでなくセンスのある線で僕らをいつも驚かせた。
映画、漫画、アニメ、絵画までかなりの知識を持ち、オススメされた作品はほぼ間違いなく面白い。
で、プライドは高いのに自信は無いというハタから見れば意味不明っぷり。
んで、今は某ハイレベルアニメーション作品制作などの右腕として無くてはならない特異な存在として君臨している隠れスゴい人。
酔うたびに怪我してるし、皆にウザがられるも、なんだかんだ愛されているのは人柄やユーモアやセンスゆえ。

昔からなぜか僕にはひときわキビシく毒舌なんだけど笑、いつでも彼の目は信じられるので、なんとか追いつきたい!!と必死だった。
でも今も結局絵の上手さやセンスは追いつけないままだ。これからも追いつける見込みはなさそうだ。
追いつけないまま、なぜか絵画の虜になったのは僕で、
彼は絵画は選ばず、でも自分の高い能力を使ってアニメーションの仕事でなんだかんだ生きている。

こういう自分より明らかに絵のセンスがハンパ無い人がいる事をわかっていながら、絵画をやっているコンプレックス。
アニメーターに必要な絵のセンスと、画家に必要な絵のセンスは、必ずしも一致するものではない。
と思いながら絵具を練り練りするんだ。

帰宅したのは朝の4時半。