円山のCAIにて第一回芸術勉強会なるものをスタートさせたキーボー君。twitterで参加者を集めているとのことで僕もどんなものになるのか興味があって参加する事に。

僕は去年、札幌の20代作家の中で「絵画絵画うるさいオッサン」というポジションを確立させるため、いろんなところで絵画の話を持ち出していたのだけれど、思った以上に、同世代近辺で絵画の話が出来る人がいなかった。だから勉強会ということなら、知ってる絵画ネタなら話します!その代わり他の事を教えて!間違ってる知識も補正して!というスタン スで行こうと。

どんなプランなのかもまだ手探りとのことで、一回目は今後どうするかなどのブレインストーミング的展開からスタート。参加者は若い人が多く、美術作家とし て作品つくってる人から、作家じゃないけど興味があって参加したという人までさまざま。以外と作家が少なかった。ガッツリ作品作ってる人とかガッツリ作品観まくってる人とガッツリ美術オタクになりたい人の激論場にどんどんなっていって欲しいな〜と思った。

序盤のブレストを聞く限り、やっぱり「美術」自体がなんなのかという根本的な部分が宙ぶらりんなので、なんとなく話題が浮遊してしまう印象。
途中で、これは観るべし!という作品を挙げていけばいいのでは?という話題になったので、それならば!と思わず衝動的に名乗りをあげて、そっからなぜか一人20世紀美術史オサライモードのギアが入ったw

美術がどんなもんなのかなんとなく解るには手っ取り早い方法として20世紀の美術の流れを理解してれば話は早い。
マネくらいからの絵画の流れから始めてみると、つい芋づる式にあれもこれも話したくなる。
便利なもんでこの作品ググってください!と壁にプロジェクションされたブラウザ画面で簡単に表面的なイメージならば共有できる。これはすばらしい。

僕も教科書的な基礎とニューヨークの美術館体験くらいの知識しかないのだけれど、体験脳内データのフル活用で3時間喋り続けた。
それでも、大好きなマティスやトゥオンブリなどの話は長くなるので抑え気味にして後から反省。戦後アメリカ絵画の話でマティスを抑えてどうする!!
今後、小出しにしていこう…
絵画史から現代美術に話をつなげようと後半は若干無理矢理に詰め込んだけど、なかなか難しいなあフルクサスあたりもっと押さえなきゃ整理が出来ん。

そんな感じで、こんなに話すならもっと下準備しておくべきだったとがっかりしながら意見をもらうと、やっぱり「美術には文脈が必要なのか。好きだと思う作品を事前意識無しで感動する体験こそアートなのではないか。」みたいな話もでてくる。

なるほど、でもこれは「美術」というか「ア〜ト」(ア〜ト、の方がマガイモノっぽい)の曖昧さが作り出す幻想ではないか。
文脈無しで話が進んでは「美術」の定義が融解していく、と思う。
子供の絵でも感動はできるし、人が描いたという事実もあるのでそのビジュアルには確かに感動できる要素がある。
でもそれが「美術」で感動したことにはならない。ただの「絵」に感動したんだ。

だから、例えばその辺で絵具をぶちまけてやりたいことやってても「芸術作品」にはならないし、変なイメージを組み合わせただけの油彩も「芸術作品」にはならない。
自己表現はやりきってる風で、わけわからん作品って「ア〜ト」っぽいので、多くの人はそれもアートで美術だと思っている。結果、「アート」はよくわからん。に繋がる。しかも「ア〜ト」な作品は世の中に溢れてるので、またますますわけわからんくなるんだ。

ただとりあえず、文脈って美術の世界だけにあるものではない。文脈って何かジャンルがあれば必ず発生するものだ。
例えばこないだ年始に大丸デパートでやってた赤塚不二夫展を観たのだけれど、マンガの文脈の中でフォーマットを拡張させていて刺激がびんびんだった。かつ、その精巧な描写や構成の質にも驚かされた。それは美術の文脈の進化の過程を見る感動や、モノの完成度を感じる感動と、さほど変わらない。

美術の文脈の中には、もちろんちゃんと言葉になってる歴史的な流れもあるけど、
端さんも言ってた「脳内コード」という説明しづらい要素も文脈に含まれる。
脳内コードって、絵具の塗られ具合とか、シミ汚れ、構成、空間、色、形、それらにも高いレベルの物があって、
それを体感して最初はよくわからんけど頭の中に印象がシミついて熟成されて、いつの間にか忘れられなくなるような、魔法のような力だ。
これは美術にしかないものだ。

それに美術作品だけが持つと美術作品らしさいうのは、独特の「結晶」な感じだ。
帰宅してから熱が冷めやらずkockaのボスと話していたけど、美術作品は、他のメディアに比べてとにかく情報が凝縮されているという話。
万物の事柄に直接リンクしてるようなチカラもあるし、そこに技の要素も絡むし、作品の多くの要素を受信するには文脈理解も必要不可欠だろうと。

確かにそうで、一度みた芸術作品を数年後にまた鑑賞したら、一度目の数倍の破壊力で感動させられた経験もある。それは自分の美術知識が増えた事で、見れる要素が増えたからだ。そして、その作品の無限の懐の深さに愕然とし、ただひれ伏すんだ笑
名作は、何度見ても新しい発見があり、何時間体験しても情報が溢れてくるんだ。
他の何にも変えられない刺激だ。

そんな第一回芸術勉強会あとがきでした
キーボー君お疲れさまでした。
第二回以降はどうなるのか!?
次は3月4日のようです。