芸術の森美術館で、プレビエンナーレこと、
「表現するファノンーサブカルチャーの表象たち」を見る。

入り口の映像やくつした企画の展示がトッツキ辛い、
仮にもビエンナーレの冠がついているのになぜか学生企画がある、など、序盤で困惑。
カスタムバイクは良い印象、もっと台数があったら圧倒されそう。

うさぎちゃんのメイドカフェは実際カウンターに座ってにゃんにゃんじゃんけんなどを体験すればかなりの破壊力あり。
ただ、あの空間だと、素通りできてしまう間延び感がもったいない。
あれは、狭めにがっちり喫茶ブースを固めて、いやでも濃密なメイド喫茶空間を通過せざるを得ない状況に持っていくのがベストだと思った。

花輪和一さんの作品は、サブカルというかアングラ臭が満載で作品として魅力的。手書きでデカイサイズなので迫力もある。

一番残念だったのは、痛車が痛くなかったこと。。。
痛車はどうしよもないくらいオタク臭と子供にみせられないようなエロ要素などがガッツリ描かれていて、
それが美術館にあるからおもしろい、そういう狙いだったはず。
おそらくいろんな問題で最初の構想が実現しなかったのだと見た瞬間にわかるような質になっており、
それがわかってしまうから見ててやるせなくなった。難しいのは当然解っているけれど、
そこを実現させなければ、たぶんここに車がある意味がないんだろう。

美術作品の中では、二次創作という観点から村田真さんと高橋喜代史君。
二次創作の面白さってそういうことではないような…そんなこじつけ感は感じつつも、
村田さんの作品は絵画としておもしろかった。

キーボー君の作品は、ゆったり空間を使ってて、しかも相当お金賭けてる感じからガッツを感じる。
巨匠のオマージュ作品群で気になってしまったところは、取り上げたのがミニマルやコンセプチュアルの作家で、
コスース、ジャッド、ホルツァー。
コスースの文章パネルが裏の両面テープが透けていたり、モチーフの台の汚れが気になる。
ジャッドが壁と垂直になっていない、サビの発生が気になる。
結局、この辺りの作家はバリバリコンセプチュアルだけれど、
それだけに無駄の無い「見栄え」にかなり気を遣っているんだよな。

だからこそ、細部が荒くなってしまうとどうしても、無味乾燥で知的なクールさが出なくなってしまうんだろうと
思ってしまった。リキテンスタインのも、リンゴの継ぎ目が気になってしまう。
ホルツァーのオマージュは完全に別物になっていたのでそこはおもしろかった。

奥の部屋のバスケットゴール作品はいいバランス感だったと思った。

そんなわけで、展示を見ただけではなんとなく何処にも着地できずに終わってしまった感じ。
美術館に行くということは、美術館のマジックにかかりに行くんだ。
例えば映画館って、2時間暗闇の中でデカイスクリーンで集団で静かに同じ映画に浸かってるけど、それは映画館のマジック。
あの瞬間は、あの空間でしか体感できないマジックにみんなが掛かっている。

美術館も同じ。便器を置いて物議になるのも、何にも置かないで真っ白な空間だけってのも、美術館マジックを逆手にとってこそ。
だから展示にも演出力が相当必要になってくるはず。
そういう美術館マジックへの意識があまり感じられなかったのと、
サブカルチャーの過剰なオタクっぽさやぶっ飛び感、サブカル愛を見たかったけど、やっぱし難しいのだろうか。

時間が無くてみれなかったイベントはどうだったのかな。春のプレビエンナーレはイベントかなり見に行けたのでそれがおもしろかったけれど。
芸森遠いからな…。