○メモ
描写されてる平面を見て感情が揺さぶられる→人の手で塗られた絵具を見た結果→
わずか数ミリの絵具の塗りに人は多くの感動を感じる事ができるのだなあ→
数ミリを数ミリとしっかり目で体感できてもおもしろいのではないか→
額縁にいれずむき出しの絵画だと、支持体とメディウムの境目を見る事ができる→
ここを利用して、描写の厚みを強調させる→マチエールが平らで、側面も平らなので何ミリくらいか、おおよその見当で鑑賞者が判断できる→
絵画そのもののリアリティを実感可能→描かれたイメージと、絵画そのものの存在感との揺らぎの発生

 
・場所によってインスピレーションを働かせて、その場ならではのインスタレーションができる人はホントすごい。
 僕はどこにでも移動可能な平面である絵画、のみなんだよなー。オーソドックスなキャンバス絵画というわけで。

脱絵画…壁から解放。オブジェクトから解放→無数のインスタレーションの可能性。
対して、絵画はやはりなにやら特殊な保守性と流動性を内包してる?

古典的な例えば教会の大壁画はむしろその場限定のインスタレーションのようだが、キャンバス絵画は場所に対してフレキシブルなところが魅力的でもある。
ただ、やはり垂直な面の壁に展示するのが一番で、かつ白いニュートラルな壁が理想で、
結局たいていの場合ホワイトキューブがいちばん作品が良く見えるのだけど。
でもやっぱ壁から離れてても絵画は絵画で。
例外、たとえばエルズワースケリーの作品だと、その場の壁面の大きさや質がとっても大事で、
壁が必要不可欠な要素、建築との関係が濃密だなあ。

絵画を制作する上で必要な場は、自分の住んでる半径数十メートル以内、
自分が訪れた場所、会った人、経験した出来事。場は自分の中に蓄積される。
蓄積された精神的な場を平面に結晶化するのが絵画なのかな。



○思いつきメモ
・落ち葉×アスファルト ・冬みかんやイチゴは手が汚れないから好きっつーか冬みかんってすげ ・死んだ時はお経じゃなくてマイブラのALL I NEEDがいいとチャリ乗りながら思った 
・マチスがピアノレッスン描いたの44歳 ・時計発明されたのいつ ・東橋から街中心部を傍観する瞬間の心地 ・コロチャーvsボソボソ肉 ・マルメロジャムうまい 
・ご近所付き合いで冷凍庫パンだらけ ・チャリ屋のおじさんの手つきとカタギ感 ・かわいいとはなんだ ・地元の伝説のラーメン屋、宝来が来年で閉店… 
・ブクオフで過去BT元持ち主ばれてる・なんでもZEROなJIDAI ・殺人事件 ・3回も訂正 ・酒で必ず次の日ジエンド ・サガ2やるヒマない 
・イトイ新聞に対談載るとちょっと複雑になる人 ・つーかモノツクリとウラバナシ の倒錯について ・つーかウラがオモテとごっちゃにというか ・なるほど漬物かー 
・道路ができる ・疲れないこと ・美味しそうとか触りたいとか・そうビートルズリマスターでストロベリフィルズフォエバ ・ライブにベストにいやいや録音で?的 
・言葉には責任もって ・オロナインH軟膏 ・オレンジ色むらさき色・わかってんだかわかってないんだかよくわからんな  ・ゲンダイビジュツと絵画 ・80年代 ・正当なまやかし
・曖昧受け入れ体制からの一歩脱却 ・人の引力 ・「お裾分け」でできている自分 ・25年前のUFO ・初めての絵画体験について ・星座に潜む空間 ・スパイス程度のユーモア
・豊かさに対する客観性