なえぼのメッセンジャーで、
日本の植民地と戦争についての情報交換の話が盛り上がってる。
メンバーの1人の作品の展開がきっかけだ。
ケータイが昼から通知ラッシュで目が覚めたので、
寝ぼけながらスレッドを追う。

僕はその辺、かなり無学なので推せる情報も少ないんだけど、
割と盛り上がってる様子を見て、
普段こういう情報交換てあんましないから、
皆知らんところで結構勉強してるんだなあと。

情報交換の中にふと、日本の「謝らない姿勢」と安倍政権の話が上がってたので、
変なスイッチが入ってしまう。
そういう話題は、飲み会レベルではちょいちょい挙がったりする。
今回も皆情報インプットしている、というのはわかってきた。
じゃあインプットした上で、
そこに対する個々の思考は?てとこまではいかないんだよな。
だいたいいつも概要確認、その後は持ち帰ります的に終わる。
それ以上は、気まずくなるのかな。
「謝らない姿勢」があったとして、それを受け入れてるのか、問題視してるのか、
問題視してるなら個人レベルでは何かできるのか、、、みたいな、
他人事じゃない言葉が聞きたいよな、そういう時は。
いや、各々の作品見れば、わかるでしょ!なんつって。

原発問題だって根は一緒なのだろうが、
難しい問題って、なんらかの矛盾に向き合わねばならず、
なんらかのリスクを受け止めねばならんことがある。
リスクを引き受けた言葉や姿勢を見せるってなかなか大変で、
そういうリスクを引き受けられる「大人」ってどのくらいいるんだろ。
周りでは誰が該当するんだろう。
少しはそういう大人をイメージして、自分も40代を迎えたい。
個々がリスクを取った態度を見せて信頼されるような状況を作らないと、
国を作ってるの国民だから、国のマインドも変わらないだろう。

、、、とりあえず寝ぼけ頭でそんなようなことをスレッドにぶん投げたら、
あんまり反応が良くなかったので、投げ方を失敗したっぽい、アカン。
自分の性質上、投げ方の工夫で話を回すのも役割になるべし、とか思ってるのに、
なかなか難しいものだ。
リスクを引き受ける発言までできるのが大人、という考え方が間違ってんのかな?
イデオロギーを曝すべき!と思われて、ドン引きされたのかもしれない。
全然そうではないのですよ、ごめんなさい。
これって、美術文化系の人たちに多いと僕には映るんだけど、
最近似たようなことを感じる機会がよくあって、
例えをだせば、、

文化庁長官がM田さんなこと。全く意味不明な声明を出しちゃう現実。
あれにはもちろん幻滅だよ。がんがん批判すべき。
でも幻滅批判すると同時に、
M田さんがあの地位に就くことを許容してきた世界があるはずで。
たぶん、技巧重視(彼の技巧がどれほどなのか僕は知らないけど)作家で、
人のいい、おっちゃんなんでしょ。
もともと芸大の学長の時から、あんな人だってわかってる関係者多いだろうし、
ああいうタイプの人がキャリア路線に乗ろうと動くときに、
それを正当にストップできる論理を持ってるひと、
ストップしたい人の中に、じゃあ自分が責任持ってその役に就きますって言った上で批判できるひと、
そういうひとを信じたいし、そういうひとでありたいし、そういう振る舞いができる人が増えればいいと思う。
それでも上手くいかないことだってあるんだろうけど、
あのおっちゃんが文化庁長官ってのは、さすがに誰も待ったをかけられなかったのか、、、
と絶望する。
この絶望を、できるだけ多くの美術作家、関係者が忘れずに引き受け続けることが大事だと思う。


文化の援助に酷さ自体にもわーわー言うのは、
これもどんどん言うべきだと思うんだけど、
子供みたいな文句は誰でも言える最低限。
そこで止まってても、文化は余暇と思われてる社会では聞き入れられないのではないか。
それに文化っつったって、その文化とかコンテンツが成立するには、
たくさんの人が関わってるわけで。
僕の制作ですら、学生バイトくん、アトリエの大家さん管理人さん、
画材店、絵具会社、ギャラリー、シッピング会社、、、
って、いろんな社会人が働いてくれてようやく成り立ってるんだから、
もっとデカい文化コンテンツ業って、相当立派な経済システムの一環なのにさ。
わーわーの中に、感情だけじゃなくてそういう仕組みの話がもっと沸いた方が、
説得力あると思うんだけど。

あとさ、地震の後と与党勝利の後とコロナ混乱の際に、Twitter上でさ、
もれなく糸井重里に対して、あいつのせいで無関心大衆が増えたんだとか、
あいつは体制側だとか、八つ当たり的に炎上攻撃してる、反体制な人たちも、
批判してる自分らへの反省はほったらかしで、
やり場のない負け感情を、糸井氏に押し付けてるように見える。
それは見苦しい。

全部、根は同じだと思うんだよな。
あれはTwitterを中心とした、SNSのせいもあるのかもしれないけど、
もっと根本に原因がある気がする。

だから、いわゆる責任の所在がぼやかされたような論法を見ると、
つい反射的に、ムッとくることがある。

美術文化系の論法はもう少し、
自身の発言の説得力と責任、経済への言及を意識してアップデートされるべきだと思うし、
僕は僕で、細々とやってるつもりでいて、
それでもやっぱりそう簡単なことではないけれど。

というわけでイデオロギー論争をしたいわけでは全然なく、
(ちなみに僕は、自分の中に左寄りから右寄りまでバラバラな価値観の軸が並んでて、
トピックごとにそのパロメータが変わるので、側から見てたらアイツどっち寄りなんだ?
という立ち位置でありたいし、そういう見え方のする美術家には面白さを感じ気味。もしかしたらズルいと思われるタイプだと思う。だからと言ってそういうことを探りたいわけではなく、)
なんというかなー、何を引き受けて美術活動してるのかって、
もう少し見えてもいい気がするんだよな。
思考に圧がかかるような、健全な議論は自作のためにもなるので、
せっかく集合スタジオだし、各々のバラバラな、
踏み込んだ思考がもう少し垣間見える機会が増えてもいい。
案外、集合スタジオでも、ウチは(札幌は、なのかな?)個人プレイ主義。
元々個々の活動を重視することを掲げてるし、まあ、それはそれでいいんだけども。
せっかく近くにいるのだから、思考が加速するちょっかいは出していきたいとも思う。
疲れたそのまま1時間追加の2度寝ののち、
アトリエで制作。
終わりかけに近い作品のひとつが、なかなか決まってくれない。
最後スッキリしないまま、長くもたつくのは久しぶりなので、
しつこく層を増やしていこう。
大きな作品も2層目のプランを進めなければ。

今日はあまりコロナ騒ぎを追ってない。
札幌市の施設が昨日から一部再開したみたい。
大丈夫なのかね。

晩飯、ゆきちゃんのハンバーグが美味しかった。
今日は夫婦2人行動のみで、コンビニすら行ってないので、
誰にも会ってない。