朝起きて歯を磨いてたらまた舌から血がでてきたので、鏡で確認したら先っぽの端っこ表と裏から血が。こりゃしばらく塩つぶと汁系がNGだ。月末までにいきつけラーメン食べれるか。

アシスタント君デー。
バイト時間中、2本のZOOMミーティングに参加。
同日に奇しくも、行政に対する表現者からの提言を作るための議題だった。
2本終えたら6時間経っててグッタリ。

しかしなるほど、
芸術文化と言っても、特に映画、音楽、演劇と比較して、
美術側からの新型コロナ禍補償とか諸々の声が小さすぎる、
というのは前々から思う点は多々あったけれど、
こういう機会でさらに可視化されたというか。

現実的に映画音楽は興行面の規模がデカくて、
何千万、億単位の経済損失の可能性もあるし、
演者以上にハコ運営側からの声が切実に大きい印象があるし、
演劇は集団でつくる前提や、互助関係、救済意識が連帯の中で共有されてて、
ロビーイングの意識も強い。

美術は、最初の会議では表現者の数が多く、
何千万単位の損害を出してるような切実問題を持っていそうな方々は見られなかった。

後の会議でも、演劇関係の方々に比べ、明らかに美術関係の声が少ない。
 
でもそれも納得できる面もあり、
特に現代美術は、そもそも集団に属して、
共通の命題で連帯しようとすること自体を拒否するような作家が多い気がする。 
旧世代の団体展など、連帯して色々行政を巻き込んで行くような運動をしていたように思うけど、
どこの何要因でそういう流れがシフトしたのだろう。 

まとまらなさの許容が、現代美術のやりやすさでもあるし、
声が弱いままというのも、そのままでいいとも思えない。 
切迫した思いが、このままでは死ぬ!食えん!
じゃなくて、美術家も声をあげないとヤバい!では、
ヤバさの意味が違うよなあ。

札幌をみても、僕も切迫した状況は今は抜けてるし、
僕自身が美術家として行政に補償訴えることにはむしろ慎重態度だし、
現代美術家でどのくらいそういう思いを持ってる人がいるのか、
おのおのの状況も、なえぼの以外ではよくわかってない。
なんかもう少し状況の共有とかした方がいいのか?
んん共有して何かに繋がると思えんなあ。
誰か何か思ってることがあったら、こっそり聞かせてちょ〜