前日の睡眠調整を経て4時間程度は寝れた。
朝8時に函館に出発。
北海道外の人にはなかなか理解されないが、同じ北海道とは言え約260kmある。
車で5時間弱だ。時間感覚的には飛行機で東京や大阪や福岡に行くより遠い。

ただ、札幌 - 函館ルートは、
中山峠経由で途中から高速にのるコースだと、
絶景ポイント(羊蹄山→洞爺湖→有珠山、昭和新山→駒ヶ岳の火山と湖コンボ)が連続するので良い。
行きの羊蹄山と洞爺湖の眺めは撮り忘れたけどキレイに見えた。

少し遠道して、伊達の牧家(ボッカ)で昼食、岩のりとサーモンのパスタ。
IMG_3906

そこから高速、
IMG_3911
駒ヶ岳はキレイに撮れた。

高速は非常に空いていたので、早めに到着した。
ゆきちゃん、運転交代せずフル完走。
IMG_3917
函館美術館、初訪問だ。
五稜郭公園のすぐ隣でロケーションいいなあ。
入口では、検温とメアド登録あり。

お目当ての、
『《道産子追憶之巻》と日本画の名品道立近代美術館コレクション選』

僕と同じnaebono art studioに入居してる、葛西由香画伯の美術館展示、めでたい!!
これをきっかけに、旅行しにきたのだ。

点数もそんなに多くないし道近美のコレクション+いつも見てる同スタジオ作家の作品なので、
見慣れてる作品がほとんどで、気持ちに余裕持って見れたせいもあり、
展示構成とか日本画そのもののことにも注視して見てみた。


今展はあくまで道近美の名品展 + 葛西さん個展
なので、日本画に関する何か仮説を検証するようなタイプの展示、というわけではない。

それでも、大まかな軸として、
日本画は主に顔料と膠で描かれていて、近代に作られたジャンルと説明があり、
日本画黎明期の代表的画家の作品、松岡映丘の教え子多めなラインナップ、
比較してその後の世代の中で北海道にゆかりのある特に広めの空間を使って岩橋英遠と片岡球子をピックアップ、というような時系列で展示は作られており、
最後に「道産子日本画家のニューフェイス」として葛西展でシメているという構成だった。 


ところで日本画といえば、2010年代の日本画界隈は、
「日本画とは何か?」みたいなシンポジウムとか議論が活発に行われていたような印象がある。
今現在も進行形で、当事者となる各作家が「日本画」という名称やジャンルをどう咀嚼するか、
コミコミで捉えられるケースも増えた。関係書籍も何冊も刊行されている。
先日も、芸大の某日本画の先生の発言が一部の間で問題になっていた。
僕はその領域あまり詳しくないので覗き見感覚で議論を大雑把に見聞きしてる程度でも、
今日本画家を名乗る各々の方が「日本画」をどう咀嚼して表現しているのかは、
つい関心持ってみてしまいがち。
 
北海道でそういう日本画論って、どのくらい活発に交わされてるんだろうか。
「北の日本画展」というグループもあるみたいだけど、
日本画そのものを問うようなタイプのアプローチはあまりされていないようだった。 

日本とはいえ、気候、住居の形式も、文化需要もだいぶ違って、城下町もなく、
近代に西洋式の開拓、農業が取り込まれたエリアで、
わざわざ日本画のアイデンティティを守るような在り方って結構不思議な話。

今回の展示でも、
途中で日本画に使われる画材の紹介が、道具や膠などの材料を並べながら紹介され、
おお、やっぱり画材選択の共通性を依代に強調気味にしてしまうのか〜!?
とも思った。

そういえば「東北の日本画」とか「愛知の日本画」とか「ドイツ(および諸外国)で見る日本画」
みたいな現象も、少なくとも僕は見た覚えがない。イメージとしては東京、京都がくっついてくる。
調べてみると「九州ゆかりの日本画家たち」は2009年に熊本現代美術館で、
意欲的な企画展が行われていたようだ。

道近美のコレクションだけでも、こういうネタを独自の軸に組み込めそうにも見えるので、
時流から考えればそこを展示内容に絡ませなかったことに、やや勿体なさは感じた。

葛西自身も作品や本人の発言から、
そういう昨今の日本画論の影響を学生時代から大きく受けてるはず。
画材、細い輪郭線、最低限の陰影、背景を色褪せたようなライトグレー込みの黄色系をベースに設定して、単色で床面と背景の同時省略表現するなど、
ここ押さえとけば日本画っぽくなるでしょ、というようなスタイルを踏襲しながら、
部屋の中や徒歩圏内の日用品などをモチーフに取り上げたり、
やまと絵を引用したりで、
従来の曖昧な日本画という様式の、パロディをやっているように見える。
日展や院展にも道内の日本画グループにも属していない。


今展ではたまたま連続して並んでいたのが球子さんと英遠さんだったので、
ちょっと強引に触れながら葛西と比較してみる。
 
球子さんのラスボス感はいつ何度見ても素晴らしいな。
日本画の世界でも大巨匠だけど、
作品から見ると日本画のドメスティックな枠内で収められてしまうには勿体ない、
イケてる「絵画作品」だと思う。
線の多様さもイメージのデフォルメも、時空間の混ざり方も複雑に備わってて、
膠にこだわらずボンドとかも使ってるみたいだし、
今のところ球子さん以上に、表現そのもので日本画を逸脱してしまうような揺さぶりをかけるような、
道内日本画作家は、現れていないんじゃないか。
まあ球子さんは出身が北海道で拠点は神奈川だったみたいだけど。 

英遠さんは、あくまで僕にとってはやや素朴すぎるところがあって、
「そもそも論」にぐいぐい深入りしていく美術筋(脳筋をえぐってくるようなヤツ)より、ドラマチックな自然を情感の表現に特化したタイプのイラストレーション筋(視覚快楽与えてくれるヤツ)としての優位性を感じる(道産子追憶之巻は特に)。そこはやっぱ評価されているポイントでもあるだろうし、いっぽうで作者の出身地と重ねた「北海道の自然」イメージを増幅させすぎてるようにも思ってしまう。


たぶん道産子日本画文脈とは全く無関係に表現されているだろう葛西作品も、
永遠さんのような自然ベースではないけれど、現代の庶民的な生活様式の中から細かいネタとユーモアを抽出して、皮肉と可愛らしさを与えることに特化したタイプのイラストレーション筋を自覚的に取り入れていたり、「日本画」というイメージ自体をモチーフとして使うことを表現に組み込んでいるあたり、球子さんとは違ったシニカルな方法で、さりげなく日本画への揺さぶりにも挑戦しているように見える。

だから、美術筋、イラスト筋、日本画筋、と問題系が別方向を向いてる領域を意図的に混在させながら作家性を作っていこうとしてるはずで、
葛西画伯がストレートに「日本画家」という呼び名を与えられていたり、名乗ったりする時には、やや違和感があるんだよな。


美術筋で、球子さんばりの逸脱を勝手に夢想するならば、どこまで「やまと絵 及び 日本画の諸要素」をパロディに昇華させて、扱うイメージとの掛け合わせで表現を成立させるか、が肝になってくるはず。
今回の展示では、学生時代の作品から新作まで含め、額装のある作品、ない作品、支持体がふすまの作品、「印押しサイン」がある作品ない作品、大きい作品小さい作品、と落とし込み方も様々だったけど、例えば名品展前半にあったような掛け軸状の縦長だったり、取り入れられる諸要素はまだまだあり、それらに適した痛快なイメージがあるはず。
あとは諸モチーフの接地面の徹底に改善要素が感じられた。松丘さんやお弟子さんも、その辺があんま僕はしっくりこないんだよな。木が地面から生えてるところとかの描写が。

きのこたけのこ戦争の作品を、旧幕府軍と新政府軍の内戦があった函館の地で鑑賞するっていうのは、面白いな。


、、、と、しかしやっぱり日本画は広く重要作家とか歴史の変遷を押さえているわけではないので、思いつきメモ程度が限界だなあ。
僕の絵画に関する思考の引き出しは、まだまだ偏ってるなと改めて。
そこ、自分の弱点だとも思ってるので、
日本画界隈の基礎知識もこの際もう少しインプットしておきたい。




美術館を鑑賞したのち、徒歩圏内のシエスタハコダテへ。
ここの4階の、Gスクエアというところに、
大学時代の後輩・板本伸雄くんが作った作品があると聞いて。
IMG_3927
 IMG_3928IMG_3931

IMG_3974
グレイだ、ハウエバーだ、テルのポーズだ。
はるばる来たぜ函館!
レリーフでの立体感、よう出しとるなあ。

近所をブラ歩き。ゆきちゃんが小さい頃短期間住んでたようで、
その時からあったらしい、梁川交通公園。
子供限定の60円ゴーカート。楽しそうだ。
IMG_3933
榎本武揚の像があったので、ゆかりの地なんだろうか。

その後、五稜郭公園にも。しばらくきてない間に、なんか見知らぬ建物ができてる。
IMG_3948
 復元された箱館奉行所だ。ベタに歴史の勉強する。
あと、復元ドキュメントの職人さんの仕事、木の組み立てやら鬼瓦の設置の精度など、
信じられんな。

IMG_3945
中で、ARを使う記念撮影を試した。 


湯の川温泉を超満喫。ぐへえええ久々に制作から離脱できて湯が染みる〜〜〜

FullSizeRender

FullSizeRender
美味え。。。。

寝不足疲れですぐ寝て、変な時間に起きて、またしばらく眠れず時差ボケ状態。
仕方がないので深夜に2回目の湯。1人で独占はいいねえ。