大通にでかけ、
テラス計画の鷲尾幸輝個展「些細な嘘のアクション」と、
CAI02の「サッポロ・アート さよなら昭和ビル」展を見て、
セントラルで絵具大量発注を済ませる。


夜は、ここんとこずっと準備してきた、
『ニューヨーク 芸術家と共存する街』著者 塩谷陽子氏を招き文化政策を学ぶ会
の本番。

ずっとといっても、僕は締切前の制作期、共同企画の羊屋さんも飛生の搬入期で、時間無い中かなりギリギリで準備してたので、
集金方法エラー、チケット〆切早まりエラー、ZOOM招待通知エラーなど、
様々な不手際をやらかしつつも、本当に60名近くが揃った。 

最初1時間は塩谷さんのレクチャーで、
阪神大震災の時に緊急時の文化政策の提言をしていたこと、
その時よりはいまはだいぶ日本も改善したけど今も20年前の本が有効なことに複雑な感覚であること、
民主主義の考えでアーティストを考えること、アメリカのコロナ禍事情、アーティストたちのとった行動の一例、 、、などがぎっしり紹介される。

その後、質疑応答がどのくらい意見が交換されるか不安だったのだが、
ここ、 迷った。
進行の羊屋さんや僕が塩谷さんに聞きたいことを聞いてばかりでは、
せっかくの勉強会も、参加者は受け身のお客さんになってしまう。

道立、市立の美術館学芸員さんもいれば、作り手も現代美術から舞台美術のかたもいれば、
文化に理解ある市議のかたもいる。こんな場でこそ、
できるだけ多くの立場のひとたちからの現場の生の声が共有できた方がいいし、
それぞれが塩谷さんから知見をもらうのが、いい。
飲み会なんかでは、けっこういろんな意見(というか文句といくか愚痴というか、、、) が出るのに、
肝心な場でゴニョるのは、よくない。
そのエネルギーをもっと抽出して、言う力、聞く力、 人の心を動かす力に変えていくのも、
専門性なのだと思う。

塩谷さんは美術に必要なのは信頼から作ること、だと仰られた。

また、著作の中で、「プロの芸術家」の定義を早い段階で明確に書かれている。
 ・何で喰っているかということとプロの芸術家かどうかは、関係がない。P22
・芸術家として制作してきた作品が5年以上、学生は対象外。P21
・自己の創作活動に従事している度合いの高さ。一生を賭けて従事する気があるか。P21
・作風や作品の良し悪しの判断は関係がない。P23
・活動資料(作品スライド、展覧会案内印刷物、展覧会カタログ、新聞評,,,)などプレゼンの用意ができてる。 (機関に提出した場合、チェック後に資料が作者に返却される仕組みも紹介されている)P28
ーーー『ニューヨーク 芸術家と共存する街』より抜粋

今だって、プロのアーティストという考え方が浸透していない、もしくはプロという考え方自体を毛嫌いする美術作家もたくさんいる。食べられてないからプロじゃないです、と言ってしまう美術家もいるし、作品で食えるのがプロだ、という意見もあるけど、
そうではなくて覚悟のデカさなのだと。

芸術家だけじゃなく、芸術に関わる専門職の皆それぞれがプロの自意識を持てて、
お互い尊重できて、
信頼の共有範囲を少ーーしずつ拡げられるようなチャンスが今なのかもしれないのだっっっっ!

、、と、理想は高めに、
実際は、質問ありますか?し〜ん、、、
なかなか声が上がらないなあ、と、ガックリしかけたところに、ひとり、ふたり、
おお、徐々に、熱気が。 後半は質問がタイムアップするくらいには加速していった。


具体的な内容にはいまは触れないけれど、
保険制度とか、富裕層とか、行政と民間の話とか、アメリカの社会とか文化政策の構造の話から始めなければならない話題も多いので、
比較して日本は日本で特有の仕組みがあり、札幌には札幌の改善点があり、そこを咀嚼した上で、できることを各々が話し合って実行できるような、きっかけになったのかなと思う。

当事者の僕らの問題意識はまだまだヨチヨチな部分も多々あるけれど、
大変示唆に富んだ内容で、塩谷さんにも、きっかけをつくってくれて共に企画に関わってくれた羊屋さんにも、大感謝です。

こういう場は、どうにかして次にもつなげていきたいものだ。

今日のトークは有料なので全公開はできないけれど、要点とか広く共有すべきポイントをまとめて、
なえぼののウェブサイトにアーカイブとして公開できればと計画中。 



しかし、羊屋さんと分担したとはいえ、2時間の慣れない進行はめちゃ疲れるし、終わった後の頭の興奮状態もなかなか冷めずにあの話よかった、あそこもっとこう聞けばよかった、とか全体の振り返りや自己反省で落ち着かない。

落ち着かないながら、〆切前の真っ最中なので、その後も明け方まで制作。