やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

カテゴリ:海外美術鑑賞記 > dOCMENTA(13)鑑賞記

朝一でベルリンから都市間バスに乗りカッセルまで5時間。
同行したOもやっぱりそうだったけど北海道から来た人は口を揃えて、
ドイツ都市間の田舎の風景を見て、
「北海道とほとんど同じ」と言うのがおもしろい。
本当に空や空気の感じや植生など風景が近い。
建物の形と、風力発電の風車の数が差だろうか。
本州に初めて行った時の風景の違いの方が新鮮だったかもしれない。

というわけで、
年に一度ドイツのカッセル市で開催される
世界最大級の国際美術展、ドクメンタを初鑑賞!
表記はdOCMENTA(13)。

一日目写真はfacebookにアップしてます。
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.412722235454947.92632.100001515216496&type=1&l=475166cb24

写真で語りきれない興奮を書こうと思います。


昼過ぎにカッセルに着いて、いきなりコスプレガール達に遭遇。
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どうやらドクメンタとは別会場で、マンガフェスをやっているらしい。
ドイツのマンガフェスも気になるけれど、
やっぱりドクメンタ!
泊めて頂くお家のおっさんに迎えに来てもらい、
恋人のマリアさんともご挨拶と家の使い方を親切に教えてもらい、
さっそく会場へ向かう。会場の駅へは歩いて10分ほど。

まずは展示マップをショップで手に入れ2dayチケットを買うけど、
慣れないのでそのまま駅の行列に並びながら計画を練る事にする。
この行列はJanet Cardiff & George Bures Millerの作品の列で
一時間待ちでいきなり疲れる。
でもこれがめちゃくちゃ良い作品!!!

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iPodとヘッドホンを渡されて、指定の場所に座って映像を再生すると、
同じ場所で撮られた映像作品が流れ始める。流れる作者の語りに従って、
映像と同じように自分が駅構内を歩いて行くというもの。

まずヘッドホンの音がものすごくリアルにできていて、
実際の音なのかヘッドホンからの音なのか区別がつかないので、
おそらくこの作品を鑑賞した人はみんなヘッドホンを取ってどっちの音なのか確かめたはず。
映像ではバレエダンサーや演奏隊など登場したり、
鏡に作者が映ったり、途中で電池を替える演出が入っていたり、
隙のないドキッとするポイントがたくさんあった。
収容所の話に触れたりもしていた。

映像と音に没入しながら実際の風景にも意識がリンクするので、半分映画の世界に入っているような、感覚の境界線がゆらいだ状態になる。
それを知らない周りの駅利用客は不思議そうに僕らをみているので、その構造もおもしろい。
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最後まで見終わって、あんまりにもビックリしてわけもわからず半泣き状態に。
この作品を最初に鑑賞したので、
ドクメンタの印象が爆アガリでブワッと膨らんだのはとてもいいスタート。
(追記:youtubeにこの作品の映像上がってました。
途中まで見れるので雰囲気はわかると思います。
http://www.youtube.com/watch?v=sOkQE7m31Pw&feature=youtube_gdata_player)

以下、気になった作品をピックアップします。

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Susan Hillerの作品はジュークボックス。100日間のための作家が選んだ100曲が
再生できて、その後も街中のいろんなカフェや飲食店で見かけることになる。
3つ目くらいで、「またオマエか!」って思ってたけど、
別会場の美術館の展示でその意識がひっくり返された。それはまた後述。


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シリアのことをテーマにしている部屋は
Rabih Mroueの作品。
写真奥の作品はフリップブック(パラパラマンガ)の形式なのだけど、
それは携帯電話で兵士を撮影してる映像がフリップブック化されているもので、
撮影者が銃で撃たれてその映像が終わる。
先日のシリアでの日本人ジャーナリスト山本さんの最後の映像を思い出した。

横にボタンがあって、押すと、その時の音が一緒に流れる。
たかがフリップブックなんだけど
自分の手でそのような映像を進めていく妙なリアリティにぞっとしてきた。

こういった社会的な作品は、他にもたくさん見られた。

駅の一番奥の方にあるWilliam Kentrideの作品にも30分並ぶ。
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横にあるブラインドの作品はHaegue Yangの作品。


ケントリッジ作品は撮影禁止だったので
画像がないけれど、広い空間に5面の映像を投影して、
真ん中に謎の木製機械がずっと動いているという作品だった。
映像はシュールでわかりにくいのにユーモアがあったり毒があったり、
なんとなく人間とテクノロジーについての映像展開のように見えた。
映像の終わり方が何かの隠喩のような登場した人々のシルエットの行列で
なんかグッときた。

行列でけっこう時間をとられたので、駅の中でも見落とした作品がまだ残ったところで
一日目終了。とにかく人の量がハンパじゃないし、
作品の善し悪しはあれスケールもハンパじゃない。

二日目は公園制覇計画。

写真はこちら
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.412726758787828.92634.100001515216496&type=1&l=2173d3662c


公園は歩いてまわると一日じゃ無理な広さなので、
なんとかレンタサイクルを借りたいところ。
Konradという緑のレンタサイクルがいろんな所にあり、
サイトやiPhoneアプリもあるのだけど、
なにせ全部ドイツ語でなかなか借りる方法がわからない。

O嬢の英語に頼ってわかりそうな人に聞いてたら、
おや、近くにいたイギリスのゲイカップルも僕らと同じ困惑状態だった。

その後、数人のドイツ人をつかまえては英語コミュニケーションをまかせ、
みんなやたら親切に説明してくれてレンタル成功!!
ドイツの印象がまた上がる。
カッセルにきてO嬢のコーディネイター力も上がっている!
やっぱ英語できると便利だなー

ゲイカップルもほぼ同じタイミングでレンタル成功してて、
謎のグルーブ感が発生した。

ちなみにこのレンタサイクルの仕組みは、
まずサイトでアカウントとクレジットカードと電話番号とメアド登録、
その後パスワードメールが届く。
次にレンタサイクルに書かれている電話番号に登録電話からかけて、
アナウンスの後に、これもレンタサイクルに書かれている4ケタのナンバーを入力。

それで登録完了。自動的にクレジット課金されるという仕組み。1時間60セントくらいだったか。
鍵をしてまた開けたい時は、メールで届いたパスワードを自転車に付いてるタッチパネルで入力すればOK!返却は、レンタルゾーンに戻って来て鍵を締めれば完了というなんだかハイテクシステムだ。

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晴れてチャリでの公園巡り開始。ペノーネの彫刻は安定感あり。


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これはけっこうキツい坂を上り下りしながら音を聞く作品で、
足場も砂っぽいので滑り落ちてもおかしくない。
日本だったら危険だから却下されそうだけど、
キャプションに「自己責任で」って書かれてた。
おばあちゃんなんかも楽しそうに上り下りしていた…。


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作品にはこういう看板が立っているのだけど、
いろんな小屋に、Green Companyっていう会社の協力が書かれていた。
たぶん小屋制作はこの会社がだいぶ関わっているんだろうかな。

全体的に小屋については、中でインスタレーションか映像って感じで、
昨日見た展示に比べるとなんとなくユルいのでスタンプラリー的な楽しみ方になりがち。
公園のあまりの広さのほうがビックリ。

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小屋の中でおもしろかったのは大竹伸朗さんだった!
さすが小屋の扱いには慣れているのだろうか。。
小屋自体がオブジェ化していたし異彩を放っていた。
モンシェリー!っつってそういった日本語のおかしなニュアンスは
僕らは絶妙なセンスを感じる事ができるけど、
海外の人にはそこは伝わってないんだろうなあと思った。
どう見えるのだろう。
外から中を覗くようなタイプの小屋で、 
中に巨大なスクラップブックが。気合いを感じる。
木の上にカヌーが乗っかっていたり、裏の小屋は電力マシンのようになっていて
何かの暗喩に見れないこともない。


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駅で感動したJanet Cardiff & Geoge Bures Millerは公園にも作品が。
元々サウンドアーティストみたい。
こっちは銃声やレクイエムなど音を聞く作品。
林の中にスピーカーが何個も
仕込まれていて、ものすごいリアルな臨場感。
観客が皆じ
っーと静かに動かずに聞いていたのが印象的。 


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 Anri Sala、ええこれがアンリサラなの?ってこれだけ見るとハテナな気持ちになったが、
後に公園の端にあるオランジェリー館で感動する事に。また後述。


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Pierre Huygheの作品は公園の中では一番気になったかも。
荒れた現場に人体彫刻、そこにハチが群がっている。


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日々暮らしているとドイツの人たちは日本人以上に犬への愛情が強く見えるが、
そんな国の国際展だからなのか?犬への愛情がハンパ無い作品も何点かあった。
これはドッグレース場が作品になっていた。。。

写真に撮らなかったけど、ひとつ小屋の映像作品で
Omer Fastという作家の映像がおもしろそうだったなあ。
5分くらいチラ見しかできなかったけど、それでも引き込まれる何かがあった。
後で見たらカタログのスチル写真もカッコ良かったし。

だいたい公園を見終えるかなというところでチケットを紛失し、
アフター5チケットを買い直すハメに…こういうアホは必ずやってしまう。
最後に端のオランジェリーもとりあえずサラリと一周、
ここにはMika Taanilaの原発テーマの映像作品があり、
フィンランドの原発建設している街のドキュメントだった。
美しい映像ながらものすごく不穏な作品だった。

無事に公園制覇し、レンタサイクルも元に戻して二日目終了。

土日を抜けたので少しは空くかなと思ってたけど、
依然ものすごい人の量。
三日目は美術館など建物中心に。できればほぼ見終えたい。

写真はこちら
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.412731965453974.92635.100001515216496&type=1&l=60b3faf681

ちなみに僕は貧乏性で写真をバシャバシャ撮っていたけど、
案外皆さんゆったりと、撮影魔にはならずに鑑賞しており、
分厚いカタログ片手にじっくり考えながら楽しんでいるようでした。

メイン会場のFriedrichsplatz。
この中のRotundaという空間に、
今回のドクメンタのコンセプトの代わりとなる展示が詰め込まれている。
そんなに広くはないこの空間に、壮大なスケール感を感じさせるような
カタログの文章と展示構成で魅せている。
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ここはやっぱり読みながらじゃなきゃわからんことも多いのだけど、
展示は美しく、詩的な中にいろんなヒューマニズムを引き受けようとしてる
ような感じがした。

モランディの絵画やそのモチーフそのものが並んでいて、
それもただ作品としておかれているのではなく、
大戦中のファシズム後に作られた象徴的なものとしての側面が強調されているようだった。
その壁の向こうにマン・レイのオブジェと、
リー・ミラーのヒトラーのアパートのバスタブで撮られた写真が
向かい合わせで展示されていたり。

パラグアイの親子アーティストJuana Marta Rodas and Julia Isidrez
の彫刻も良かったな。
 

アーティストの作品だけでなく、戦争で溶けたガラス片や
紀元前の中央アジアの彫刻作品なども並んでいた。

この
Rotundaに入って来る前の美術館最初の展示は
Ryan Ganderで、作品が無いので何かと思えば、
風が吹いているという作品だった。
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微風に吹かれてもらっているO嬢。
視覚的でない作品を伝えるのは難しいな…

いきなりこれだったので、ハテナな気分になったけど、
Rotundaや他の部屋を一回りした後だと、なんか気になる存在になった。

撮影禁止だったけどダリのこれまた戦争がテーマのような作品もあった。


この日は見た作品数が圧倒的に多いので端折りますが、
特に気になったのをピックアップ。
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ドクメンタ全体を通して絵画は少なかったしあんまグッとくるものも
少なかった中で、
Francis Alysのこの小さな絵画作品群は本当に良かった。
側面は麻剥き出しでタックが打ちっぱなし、
コラージュ部分もサラッと貼ってるだけなんだけど…
TVの画面を彷彿とさせる色面も
マットな表面で美しいし、
何なのか感情を揺さぶる秘密を持っている。
フランシスアリスはカブールの展示では映像を出品しているようで、
それは彼のサイトで見る事ができるんだけど、
(http://www.francisalys.com/public/reel-unreel.html)
 これもまた感動してしまう。


この辺りの展示はいいのが固まっていて、
すぐ近くのTino Sehgelのパフォーマンスの非常に良くて茫然としてしまった。
Theaster Gatesの滞在制作?場所も全体的におもしろかった。


 Neue Galerieでは
ジュークボックスのSusan Hiller。
ホワイトキューブの壁に100曲の歌詞、壁に埋め込まれた
一台のジュークボックスが音を響かせていてなんとも美しい。
公共空間と美術館空間の違いをうまく魅せていて、
それまで何回もみかけてきたジュークボックスの印象は
この部屋を体験する事で変わってしまった。
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ottoneumは自然史博物館。

会場の雰囲気ならではの作品が並んでいて、Toril Johannessenの光の作品が気になる。
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暗くて作品がうまく撮れず。
 

Docmenta-Halleは天井が高くて広い空間、
ダイナミックな作品が目立った。
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Thomas Bayrleのこの飛行機の作品はいろんなレポでも見かける、
「絵になる展示」な作品だった。カッコ良い。
近寄ると、飛行機の中に飛行機が描かれているんだな。
ユニットは紙で印刷物っぽい感じだった。 


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 Julie Mehretuもとにかくデカすぎ。


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駅側のはずれのほうに単独であったTacita Deanの作品、
30分ほど並んだけど、これも良かった。チョークで描かれた山のドローイング。


その他、病院跡、図書館やデパート内でも展示があり、
それぞれの場所に合ったインスタレーションの在り方が興味深かった。
作家の取材力や順応力を感じる。




ドクメンタではないけれど、近くの教会でバルケンホールの展示を
やっていて、それもおもしろかった。
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なんとか 85%くらいは見終えることができた。
夜は、オーストラリアで語学留学中の後輩Tっちーもドクメンタ見に来てると連絡があり、
謎の組み合わせな3人で飲んだ。 

カッセル最終日4日目。
見逃した作品映像やもう一回見たい作品をじっくり。

写真はコチラ
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.412743435452827.92638.100001515216496&type=1&l=64d02dfa61


O嬢は朝一で日本へ帰って行った。
300回くらいドイツに来て良かったと言っていた笑 
良かった良かった。
ベルリンに来た時は大丈夫かと思っていたが、
カッセルでは逆に助けられたなー
サバイバル能力があるんだな。


なのでこの日は1人で鑑賞。
英語だらけの作品が残ってませんように。


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駅でO嬢の特急を見送りながら待っていたSusan Philipzの作品は、
30分に一回の音の作品。

ホームの端までいくと、遠くにある駅のスピーカー十数台から、
バイオリンの音が聞こえてくる。
このロケーションと、
1人になった若干の孤独感すら勝手に相まって、
すげードラマティック気分に浸ってしまう。


朝は雷雨だったが、日中は晴れて来たので少し離れた場所で見送っていた
古い地下空間の展示の方にも行く。
作品というよりヘルメットまで装着して
展示を見に行くっていうシチュエーションに関心してしまった。

 
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 もう一回、Tino Sehgalの作品を見に行く。
この暗い部屋だ。この作品、昨夜気になってカタログを見たら、
作家名と展示場所以外作品情報が一切載っていないことに気付いた。
紹介されているはずのページが無くなっていて、
一瞬落丁かと思ったが、違うようだ。 
パフォーマンスの流れをもっと見るためにしばらく中にいたのだけど、
たまに電気がついて中の様子が一瞬見えたりもした。
その時に写真撮ろうとしたら、パフォーマーが踊りながらさりげなく
カメラのスイッチを切って来た!笑
やっぱり、記録を残したくない作家なんだ。 

昨日のお客さんは割と静かだったけど、
この日は修学旅行のようなヤング学生団体が中にいて、
ガヤガヤしていたが、それも作品に取り込まれてる。

暗闇の中でのパフォーマーのハイレベルな声のセッションは
やはりこれも鑑賞者と作品の境界を曖昧にしてしまうようだった。
ずっと暗闇にいると、目が慣れて来て中の動きが見えてくる。
10人くらいのパフォーマーは、観客に当たらないように踊りながら移動して、
入って来たばかりの観客は、何も見えないので恐る恐る入って来るのがわかる。

歌の区切りがついたら自然に拍手がなる事もあったし、
パフォーマーの1人が学生団体に話しかけ、
「私が学生の頃は、とてもシャイだった」といったような語りを始めたりもしていた。

常に流動的な創造が生み出されていて、すっかり取り込まれてしまう感覚に
味わったことのない感動をした。暗闇を出たあとに、またよくわからんが涙ぐんでしまう。
パフォーマンスとか結構苦手だったのだけどな〜これは相当すごいな。 


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オランジェリー館は科学博物館のような場所で、
常設の中に望遠鏡が並んでいるのだけど、この一部を覗くと
公園のアンリサラの時計が見える。
これに気付いたときこの作品の良さがブワーって入ってきた。

すぐ横の展示室が時計の歴史展示室で、古い時計がたくさんある。
そことの関係性が生まれて、時間空間距離の感覚がぶっ飛んでしまった。
時計のふもとには小さく人が歩いている様子も映り、
別の望遠鏡では時計が逆さにみえる。この場所ならではのアプローチ。


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終盤で、駅の映画館で作品上映してるのを見落としてることに気付き、
見てみたらイギリスの作家The Otolish Groupの福島の原発ドキュメント作品だった。 
劇中、港千尋さんがインタビュー受けてたりした。
福島第一完成直後に、初めて原子炉が臨界に達する時の映像と、
現状の映像を連続して映すシーンは重く、
当時の技術者の誇りを感じる眼差しや、
その映像から感じられる希望に満ちた感じが辛かった。
これをカッセルで美術展の中で見ることになるとは。


まとめ

初ドクメンタ。めちゃくちゃ良かった…!
ちょっと信じられないレベルだった。
これが世界最大レベルの展覧会なのか。
 

こんないい後味が残る展示はなかなか無いかもしれない。
帰りの電車を待つ間、駅の下品なバーガーキングにいてもなお
ずーっとジーンとしていた。
 

3泊4日とって、なんとかほぼ全ての作品を見て回れたけど、

とにかく毎日とんでもない人の数で至る所に入場行列ができていた。
老若男女、赤ちゃん連れも。

こっちでのこういう大きな美術展の存在って、
実際のところはまだまだわからんけど、
やはり身近で、かつ大切にされてるように見えるし
大人のアミューズメントパークって感じなのかな。

多くの人が辞書のようなガイドブックを持ちながら読みながら、
作品を鑑賞する光景が見られた。


美術を通して世界を見るきっかけとしてのプロセス、

美術は深い部分で大きな世界社会と繋がっている、と思わせてくる。
そこに知的興奮の快感も加わり、
ハイレベルなエンターテイメントってそういうことなのかな。


これだけいろいろなことに対し真摯な向き合い方をしている美術展に、
大量の人が足を運び、あーだこーだ考えるきっかけになってることに、
美術に対する希望を持ててその点でも非常に感動した。 


人類史や近現代の情勢、美術史がわかっていればいるだけ楽しめる
インテリチック内容だと思うのだけれど、
僕は残念ながら全然インテリでないので、

このジーンときた感覚は
どうもそれだけではなさそうだ。


こないだのベルリンビエンナーレのように政治や社会情勢をテーマにしている作品でも、
そのテーマをを媒体にしながら、人間そのもののことを言ってるような印象。


展示の組み合わせや作品アプローチが全体的にドラマチックで独特の気品がある。

企画全体でとても大きな詩のようだ。


世界のアンバランスさ、どうしよもないひっかかる背景を、
人の想像力から網羅するような。

ああ〜ここまでのスケール感を、
美術で引き受けようとすることができるんだな。泣けてくるわー。

やっぱり美術作品って基本的に個からの感覚がベースになってるわけで、

人間に対するものだしヒューマンスケールが前提だから
詩的なゆとりが無理なく創造性を深めてくれるという感じ。


今回のドクメンタのような感動は、
例えば名画1枚と向き合って深く感動するという体験と
根っこの部分では同じだけど、

1つのモノとしての美術作品という在り方もあれば、
そういうモノ(あるいはモノではない「作品」今回は音の作品も多かったし)を媒体にして世界を見る仕組みを作り出す、

あるいはその仕組みや場所を媒体にして、作品ができあがる、
という企画展示としての美術の在り方がある、
って当り前のことを、大きな実感を持って確認した。
もちろん意味不明とかどう見てもグッとこない微妙な作品もあったけど、
いくつものすばらしい作品と、総体としてのドクメンタっていう企画に
心の底から感激しました。

なかなか思えないけど、美術ってすごい。

しばらくしても
あのドクメンタ体験は一体なんだったのか…と
ボーッと考えたりして、作業しながら
まだまだアシスタントしてくれてるひがし君と
ドクメンタについて話して意見が一致しなかったりしてるが、

またtwitterで、鑑賞した人達のレポートが
次々に流れてくるのだけど、
その内容とか解釈の深さがパネえっす。

例えばこれら。
http://togetter.com/li/330943

http://togetter.com/li/376868?f=reco1
 

当然ながらここまでの解釈は無理でした。
英語でびっしり書かれたガイドブック読みこんだり
そもそも歴史観が頭の中に或る程度入ってないとわからないことで、
う〜ん…と唸るのみ。。
 
こういうのを読んでいるとまた、
ボエッティの展示っつーかボエッティの活動ってそういうことだったのか、
と思わされたり、
作品外のことや美術外のことも自ずと考えさせられるような。。。
どこまで背負ってるんじゃドクメンタ。

あとこれはディレクターのインタビュー。
http://gjks.org/?p=2251

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