やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

カテゴリ: 自選集

1月、2月、3月と立て続けに関東方面での展示があるので今年は年始から制作詰め。
真冬の制作詰めは本当キツい。そして梱包もキツい。

北海道外、及び国外に作品を送ることが増えてきて、作品の売り上げも増えてきたので
その度に梱包のクオリティもちょっとずつ上がってきてる。 

以前若者と梱包の話をしてて、軽くお説教したことがある。
曰く、グループ展の搬入のための運搬を赤帽さんに頼んだら、扱いが荒くて通路の壁にぶつけられたりしたので信用できん、とかなんとか。似たようなこというやつ、結構いそう。
それに文句言うなら金稼いでウン十万円の美術梱包雇ってみなさい。赤帽さんのように安価でモノ運んでくれるサービスにどこまで自意識過剰にサービス求めるんじゃい。むしろ得体の知れない生意気な自称美術家の梱包を運んでくれることに感謝しやがれ。そんなに作品が大事だったら、どんな運搬にも耐えられる梱包を自分でするのが当たり前だろボケえ! 
。。。と堂々と言えるようになったのは、ドイツ生活でタフになったからかもしれん。
ドイツでは小包を届けてもらった際、チャイムが壊れてたらしく電話で連絡があり、玄関に出てみたら配達員にブチ切れられてびっくりした記憶がある。うん日本人、サービスに甘えすぎてました!て思った。 


自作は表面がアクリル絵具のグロスのバーニッシュでフラット仕上げのため跡がつきやすい。
直接プチプチは完全にアウト。紙もいろいろ試して、クッツカーネという専用の梱包紙ですらくっつきはしないけど跡がついてしまうし、一番有効だと思われていたレーヨン紙でも長期間はアウト。
結局表面に何も当たらないように箱に固定するのが一番という結論になった。

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1×4の木材を組み、

写真 2017-01-26 2 11 32
最後ダンボールで包みやすくなるように凹み部分もできるだけ無くしておいて、

写真 2017-01-26 6 03 28
裏の木材に作品をビスで固定し、(ここはまだより良い方法がある気がしている)

写真 2017-01-26 5 14 16
表面は多めに支え木を。

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 プラダンで保護。

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厚いダンボールで包んでPPバンド張って完成。 


小さい作品も同様に。
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写真 2017-01-27 1 21 17

写真 2017-01-27 3 34 51

写真 2017-01-27 3 58 49

写真 2017-01-27 4 36 29
 
このくらいやれば、大抵の国内輸送は大丈夫。
ただ毎回作品完成後にこのプロセスが待ってるのは イヤすぎるので、
これ専門のアシスタントが欲しい。。。今は配偶者を強制的に手伝わせている。 

上野で栄西と建仁寺展を見てから、
鈍行で那須塩原へ。3時間の電車の旅。

宗達の風神雷神図、初めて見た。ん〜カッコ良い。
海北友松たっぷり、長沢芦雪の線描のセンス、白隠エキセントリックを堪能し、
本館の常設も一回り。

しかし、前々から感じていた事だが
この日本美術に対する、びみょーな非・身近さよ。
自分の趣味嗜好もあるだろうが
何より北海道で生まれ育ったからだと思うんだけど。
有名な襖絵や壁画があるような寺院や寺は北海道に無い。
本格的に京都の寺院巡りをしたのは大学生になってからだ。

西洋美術、というか「油絵」の方がむしろ身近なものだ。
僕が生まれた家には、親が結婚祝いでもらったらしい変な風景画の油絵が
飾ってあったし、
母は典型的な印象派ファンおばさんで本物見た事ないけどモネモネ言ってたし。

中学高校時代は「上手い絵」に憧れ本物のように描ける油絵の方に憧れた。

なので、ヨーロッパの教会に宗教画を見に行くのと、
京都などの寺院に襖絵を見に行くのは、
気持ち的にどっちが身近なんだか困惑する。 

ところが本場欧米に行ったら行ったで、
圧倒的な西洋美術の歴史の重みを実体験として喰らうので
感覚的に身近に感じていた西洋美術もまた、
遠ざかるというか叶わねえやっていう場違い感を思った。

というわけで海外にでた多くの人が感じるように
帰国後は自分は何者か、日本とは北海道とは、
その中での立ち位置とは、なんて事をうんうん考え始めて今も考え続けてて
もうすぐ1年だなあ。 

…と、那須塩原到着からの板室へ。 

その1年のあいだに作ったほぼ全作品が一堂に集結した。
VOCA展の大作も、美術館にお願いして搬出直後にこっちに送ってもらって
大黒屋さんスタッフの皆さんの力を借りて、展示がまとまる。

う〜ん、この瞬間ようやく大きな一段落!!って感じの肩の荷の降り方。
しかも温泉付き!!この束の間の達成感を大事にしながら、
並んだ自作かと先述した1年の考えとを比べて
何が滲んできたかを改めて解析していこう。
 

 

札幌のギャラリー門馬&ANNEXのオーナー大井さんにお誘いを受け、
アートフェア東京に初参加してきた。projectという若手ブース。
お越しいただいた皆さん、ありがとうございました。


出展前の気持ちを振り返っておくと、以前バーゼルに行った時に思ったんだけど、
アートフェアというものは、どちらかと言えば悶々とする印象があった。
即売会という性格上、美術館のような落ち着いた雰囲気がないし。
もちろんそれでも、アートバーゼルくらいの高レベルなものは見応えある。
膨大にあるそれ以外のフェアに対する思いというのが、複雑だったんだよな。
そこには山ほどの作家、作品、ギャラリーがあって、買われたり買われなかったり=食えたり食えなかったり。それが必ずしもクオリティや美術の歴史に残るということにつながるわけでもなく、
美術というのはごく少数の優れた作家作品ギャラリーと、その他膨大な周辺の雑多な作家作品ギャラリーで構成されているような現実が見えた気がしたから。自分もこの先、雑多な一人に過ぎないままになるのではないか、と。

それに、記事にはしていなかったが
昨年札幌でも、アートフェア札幌が開催された。
お客さんが楽しむことに一切問題はないし、開催しないよりした方がそりゃあ良い、
と先に言っておくけれど、
あくまで、作品を作る側としての実感としては正直言ってフェアに対する悶々度はさらに増しちゃって、
辛いところがある。なぜならやはり質があまりにもバラバラだから。その他詳細は省くけどこれでは、
ここ札幌でのマーケットにおいてアートの強い信用など作れないのでは…
というのが実感(とか書いていいんだろうか?)。ホテルの部屋形式のフェアだと作品もごちゃごちゃで見づらいし。繰り返すけど、作品を作る者としての実感です。

さて、そういう気持ちの前程があって、
日本最大のアートフェア東京では、当事者として一体どんな印象を抱くのかと、
参加者としても観客としても興味深かったのです。


搬入前日に雨の東京入り、しばらく滞在することになる。
宿は一泊2000円と破格の某ドミトリー。外人だらけ!
英語の勉強になるのでむしろ良い。

搬入を終えたその日の夕方から、招待客のみが入場できるプレビューが始まった。
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僕らのブースはこんな感じ。久野志乃さんと2人展形式で、
自作は2点。2点だけなのはこの後の個展もあって2点が限界だったからなんだけれど、
結果的に良かったかも。

予想を超える人の量で、用意していた名刺がガンガン無くなる。
チラホラ見たことのある某有名美術関係者の皆さんの姿も見えたり、
外国からのお客さんも、特にアジア圏からの方々が沢山。
人もブースも多いし
ブースの位置は一番奥の角だったので、
素通りしてしまうお客さんもいたけれども、
かなり多くのお客さんに鑑賞してもらえている感。
自分も隙をみて会場をグルっと一周してみると、
各ブースは見やすく、古美術と現代美術がゾーンでわかれているので
回りやすい。
また、去年までのG-Tokyo参加の著名ギャラリー群がG-Plusというエリアにまとまっていたので、
簡単にいえばレベルの高いギャラリーはここですよっていうのもわかりやすい。


売れているものと作品の質は必ずしも一致するわけではなさそうで、
人気作家ステータスだったり、パフォーマンス戦略や、コスプレ美女によるファン作戦や、
動物イラスト人気などまで、売れるための色んな引っ掛かりなんかも見え…
う〜ん、、、色んな思惑が渦巻いている!という感じ。

実際あたふたしてるうちにプレビュー終了。
規模の大きさはわかったし、
レベルの高低のレンジが広くて色々おもしろい。

やはりバーゼルの印象からの延長になるけど
一言で「美術」と言っても、それは多層構造に分かれており、
今回もとても明快にその雰囲気が出ていたように見えた。
このカオスの中では、じゃあ自分はどの層にめがけていくのかってのを
ハッキリ意識していなければならんな、と。

趣味的なギャラリーだってたくさんあるわけだし、
お客さんだって、美術はよくわからんっていう方から、超専門ですっていう方までいるわけで。

自作においては、たとえばわからない人にも、
色や手法から、キレイ!とかどうやって作ってんの?
って思われるだけでも良いし、
そこからもう一段階踏み込んだ興味を持ってもらえるとなお嬉しいし、
その上でやはり美術オタクな厳しい目を持つ人に絵画的な云々やら思考云々なところでヒットしてほしいと思っているものの、結局すべて作品でバレるので大変なのよね。


連日次から次へとお客さんが。

この後VOCA展と大黒屋さんでの個展が続くので、その宣伝もどんどん。
3つの展示が連続したことは、北海道からも攻めてまっせ!
っていう印象与えるためのビッグチャンス。
ギャラリストの大井さんは、初参加の気合いでDMを手配り。すごいな。感謝。
チラシもリーフレットも超スピードで無くなってしまった。
このゴチャゴチャな中けっこう長い時間絵の前でじっくり見てくれるお客さんも
沢山いて嬉しい。
どこかでも書いたかもしれないけど、
誰かがじーっと絵の前に立って長い時間鑑賞しているっていう光景がとても好き。

夜には近くのホテルでイベントがあったりで、それにも顔出してみるが、
なんだかこう東京グルーブ感とハイカルチャー感がどうも馴染めずぼんやり退散。

2日目の夕方くらいに、
2人組の若い男性お客さんが、某著名ギャラリストさんとやってくる。
北京のコレクターさんとのことで、そのギャラリストさんのところでも作品を買ったりしており
今回は流れで通訳や説明に入ってもらうことに。
1人が小さい方の自作を購入。話を聞くと彼は美術作家兼コレクターとのこと。

もう1人のかたは、もっと作品を見たいとのことで次々に作品に質問してくる。
質問内容のレベルも高く、答えるの必死。
2日間連続で来てもらい、その後これから展示予定のVOCAの大作含む3点を予約してもらうことに。
びっくりというか、呆然。どうなってんの。
いや意識が飛んでる場合じゃない、こっちが質問だらけだよ。
いろいろ聞いたら、まだ若干26歳で、ロンドンでデザインを勉強していたなど
かなりのエリートさん。自分のコレクションをiPadで見せてくれたのだが、
奈良さん、草間さん、加藤泉さんなど日本の超有名ドコロの良作がズラリ…
中国のセンスの良さそうな作家の作品もズラリ…他にも膨大な量。
美術界にもたくさん知り合いがいるので、紹介すると言ってくれている。
突然スケールが大きな話すぎて、全然ついていけん。
とりあえず今後もコンタクトしていこうとのことで握手。
予約の前金を払いたいとなり、彼のポケットから見たこと無い厚さの札束が…
目玉飛び出そうになったわ。

軽いパニックに陥るが、
どうやらVOCAの大作を制作したために発生したカード借金地獄から、
これで開放されそうだということが何より先に浮かんだ。
大作を作り終わったときは開放感と共に、
かかった制作費と今後の保管はどうすりゃいいんだ…という悩みも発生して
後回しにしていたのだが、う〜ん…賭けてみるものだ。

翌日、今度は台湾のコレクターさんが中型の作品を購入してくれる。
これまた若い方で、何かの会社の社長で、さらにギャラリーも立ち上げるそうで、
またiPadでコレクションを見せてもらったら昨日のデジャブかってくらいの
著名作家作品のラインナップ。
これまた細かい通訳に入ってくれたのは某日本の画家さんで、
彼は作品で自活できており、この後も台湾で個展をするらしい。

いやあ、、、現場って、こんなことが起こるのね。
どちらのお客さんも今回はこのアートフェア目的で日本に来てるんだって。

しかし…これだけの数のブースの中からよくぞまあ
自作を見つけてくれたものだと ありがたや ありがたや。
ある程度の会話はできたけれども、やっぱりもっと英語必要だ。
皆、当たり前のように英語でやりとりできる。

しかししかし…これが今現在のアジア圏の勢いか。
どっかで、日本の主要ギャラリーも国内は売上全体の3割程度で残りは海外だと聞いた。
ちょっと怖い気もするのは、
日本人としてバブルの失敗が身に染み付いているからだろか。
これは一度台湾及び北京に行って
現地で何が起こっているのか直接確かめてきたほうが良さそうだ。
アジアはまだ韓国しか行ったことないからな。

その後も最終日までずーっとお客さんたくさん。
何人かの他のお客さんも購入を考えてくれていたようで、嬉しい。

4日間で約5万人の入場者数だったそうで。 すごい。
東京のマーケットの空気もなんとなく体感できたし、
良い出会いも沢山あり。春の展示ラッシュなかなか幸先良いスタート。

搬出は、バングラディシュから帰ってきたばかりの東方くんが手伝ってくれて
近所の餃子屋で打ち上げたのでした。

というわけで、初アートフェア参加が終わってみて。
最初に書いた悶々は引き続き考えておきたいところだけど、
作家自身が強い意志でちゃんとした作品を見せていれば、フェアの会場でもしっかり見てくれる人がいる可能性はあるし、チャンスも生まれるんだよね。
膨大なブースとお客さんの量の中で、それは僅かなチャンスかもしれないけど、自分で出展を引き受けた以上やれることは最大限やること。
それに、明確に作品を買いに来ているお客さんがたくさんいるんだということを実感した。国外からも。
作品を買ってくれるということは、作品持っていてくれるということだし、
さらにお金が入ることで制作時間も画材購入も増える、つまり研究に没頭する時間を与えてくれるということ。雑多な中から自分の作品を見つけ、決して安くはない金額まで出してもらった事実を忘れないこと。
 

ところでNYのギャラリー巡りの記事書いてたら
思うフシがあったので
ここについでだから書いておくけど、

学校卒業してそこそこコツコツ作っていて、
自分のウェブサイト作って連絡先載っけてたら、
いろいろ展示のお誘いが来たりする。

「ナントカア〜ト企画の…です。あなたの作品をウェブで拝見してナントカカントカ…」
という始まりで、例えば出展料いくらで若手の展示企画をやりたいとか。
アートSNSにご登録くださいとか。

そういえば遥か昔の学生時代に、道展(北海道の団体公募展)に入選したときにも
いくら払えば(高額)、
美術年鑑にアナタの作品が載るとか、
ナントカっていう批評家の文で新聞に載せてもらえるとか
怪しい電話がかかってきた。
当時は道展図録に出展者連絡先が載っていたからな。

ベルリン滞在中ですらあった。
某有名ナントカ宮殿でのグループ展にぜひご参加ください。
出展料はいくらいくら…と丁寧に日本語で書かれたメールが来るのだ。

もちろんニューヨークにも、「NYでの展示」を夢見る日本人の若者を
誘うことで展示が成立するような貸し画廊がちらほらある。

これらの多くは、
おそらくア〜トのうさんくささの部分をついた話であって 
実際に話にのったって何にもならん場合が多い。 
こういうメールが来るたびに、
ああ〜まだまだナメられてんのかなあと思う。
そして、思ってる以上にそういう業者は多い。
だから美術の信用ってのはなかなか作られないんだろうかとすら思う。

若い人達が本気で美術やりたいと思っててもピュアすぎると
引っかかっちゃたりするので危ない。 
まず、向こうからのお誘いで、
実作品も見ないで甘い言葉をかけてくるのは怪しい。

ニューヨークとかに振り回されず、その相手側のサイトデザインとか
取り扱いってるものとかを冷静に見て判断すべし。 
現地でギャラリー巡りすればわかるが、
そのようなギャラリーのレベルは微妙で、
微妙なレベルのギャラリーって、ごっそりある。

できるだけ調べてそれでも納得できるなら良いんだけど、
自分はそういうのはイヤです。

今回のアメリカのメイン目的の1つは、
フィラデルフィア美術館でのデュシャン巡礼だ。
ベニスやドクメンタに行く現代美術ファンの多さに比べて、
フィラデルフィアまでデュシャンをまとめて見にくる人は少ないのではないか。
現代美術のスタート地点として規定されることもあるのに、泉の写真だけみて判断するわけにはいかん。
情報拡散まで美術に取り入れてるデュシャンに惑わされないためには、
本人の遺志で作品を一堂に集めたここを体感するのが一番だ。

で、旅の直前に発覚したのだけど、
昨日まで展示替えのせいでそのデュシャンの部屋が閉鎖されていて
急遽都市巡りの順序を変更したり無理やり調整をしたのだった。

宿からすぐ近くのバスターミナルからバスでフィラデルフィア美術館へ。
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ワシントンD.Cもそうだったけど、広い。道幅も広いし、街のスペースの取り方が広い。

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見えて来た。う〜ん、デカい。茶色い。

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ロッキーで有名らしく(見てないけど)、ロッキー像があり、
客も階段でロッキーのポーズをしてるフィラデルフィア美術館。

最初にビビるのはどこか見覚えのある巨大シャガール…
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これは青森県立美術館のアレコホールの連作の残り1枚じゃないか。
ここにあったのかー良いですな。
しかしこのスペースにしか飾れなかった感が満載だ。
むしろ展示室に入りきってる青森が凄い。

目的はデュシャンと決めてるので、他でも沢山見た古典ブースはサラッと…
と覚悟して来たが、サラッと見るにしてもボリュームがありすぎる。
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こういった部屋もたくさんある。

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気になるティツィアーノ。顔半分、画面半分が透明のカーテンで覆われてる。
誰のどういう状況なのか調べなきゃわからんが、それ抜きにしてもこれはヤバいな。
見る枚数を重ねるほど、ティツィさんが好きになる。
絵画自体の構造を検証してるようなアプローチが多々見受けられるので。

だいぶ端折ったけどかなり充実しとる。

目玉作品の1つで、見たかったセザンヌの大水浴図があるはずの立派な専用壁では、
なんとルノアールの水浴絵画にすり替わっていた(笑)
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確かに同じ水浴ではあるけれどこの絵、かなり微妙じゃない!?
…いや、実際僕はルノアールに全然反応できてないのだ。
これはこれで描いた本人も傑作と言ってるような作品らしい。
あまたの国の印象派コーナーでも、ルノアールはガツンと入って来ない。

まあとにかくセザンヌは一体どこに貸しているんでしょう…がっくり。

ここも現代ブースが目立って良質だった。
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これはケリーの初期絵画の部屋。

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スカリーのデカい部屋、

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ちょっとギュウギュウだけどトゥオンブリの傑作部屋。

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ジョーンズもラウシェンバーグも中期のハイクオリティなのが普通にならんでる。

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マティスのオーラな絵画(画像は拡大図)もここだったのか。 


そしていよいよ、一番奥のほうにあるデュシャン部屋だ。
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ホントは2部屋あるのに今は片方しか空いておらず
しかも半分はジャスパージョーンズの作品っていう
イレギュラーバージョンの展示。
これはこれでレアだし比較もおもしろいのだけれど
レディメイドが少ない(便器も無い)、回転板も無い、
階段を下りる裸婦2まで無いのがちょっと残念!
だいたいのレディメイドは他の美術館でも見たからいいんだけど、
やっぱり一気に並んでる展示が見たかったな〜。

とは言え、真ん中で堂々としている大ガラスにすぐに心が奪われた。
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ストックホルムで見たレプリカと全然違うし!
あれはやっぱ微妙な出来だったのか。

細部をたくさん観察してみる。
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裏も。裏なんてまったくレプリカと違う。
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パーツ毎の質感も違うしフレームもメタリックでカッコ良い。
そもそも質感含めた全体の構成から、
デュシャンの造形センスレベルの高さをヒシヒシと感じる。

絵画として図像をみたら、下半分は透視図法を使って床面を意識させながら、
ガラスによって面を無効化させようとしている。
上半分は、タイトルと解説を素直に受け取れば「花嫁」となる物体が、
画面上部から吊り下げられた状態を描いてる。天井。つまり上半分と下半分で天地を設定。
が、「花嫁」は下半分にくらべて正面性が強く、ペラッと描かれていて下半分に比べボリュームが不明瞭だ。いや不明瞭というか、僕らの現実とリンクしたサイズ感といえばいいのか。下半分は、画面内で完結するスケール感を持っていて現実とのリンクが上半分ほどではない。
「花嫁」3箇所の四角部分はガラスのまんまで、よりペラッと感が強調されている。
ガラスと構図と自身の解説をうまく使って、上半分と下半分のちぐはぐな空間性を強引に結合させている感じがする。タイトルとグリーンボックスの情報に引っ張られ過ぎると、ついこういう要素を見忘れるので注意がいる。デュシャンはむしろそういう惑わせ方を積極的に取り入れているように思える。

そしてよくもまあうまいことヒビが入っちゃたこと。
後ろからの窓の光がヒビに反射していい感じ。
見れば見る程、異彩を放つ唯一無二の変なモノだ。。

そして奥の部屋に遺作。
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このそっけない奥部屋の怪しい存在感。
お客がいない間に撮っておけ!

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覗き穴。

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よ〜く見ると覗き穴と手前のレンガ壁の間に、
透明の保護ガラスが確認できる。
レンガ壁によるフレーミングがよく出来ている。

ポイントは、覗き穴がちゃんと2つ空いてて両目で見れること。
これは…ぜひニンテンドー3DSで遺作体感コンテンツを作っていただきたい。

片目でみるともう少し情報が限定されて見えて来るのだろうが両目でみるので、
目の前に「出来がいいんだか悪いんだかよく解らんけどめちゃ頑張って作った謎のジオラマ」
があるっていうリアリティがもの凄い(笑)
実はもっともっと幻想的に見えるのかと思っていたんだけれど、
手作り感がとても近くにリアルに感じられる。

もちろん、見える範囲や視点移動の限界値、照明の入念な設定、
それぞれのパーツに対する造形愛などは伝わってくる。
背景の描写の妙な質感、スプレー塗装のような空と雲のボケ感や
ちょっとエルンスト風にも見えるしコラージュぽいペラッと感にも見える森の感じ、
流れる滝の明らかにローテクなキラキラも想像以上に手作りっぽさが…。

これをコソコソ最期の10年以上も作ってたのかと思うと、
デュシャン、あんたは一体何なんだ!という感じ。
死後10年経ってこれが発表されたときの、
リアルタイムの「ええええ!?」感はどんな感じだったんだろう。

遺作の部屋の観客観察も、おもしろい。
覗き穴の存在を知らずに帰っちゃう人、
覗き穴に気付いて、Oh....!と苦笑いする人、
そうだよな覗いて見たらいきなり裸の女が股拡げてるんだからそのリアクションが正しいんだ。
カップルで来て、片方が知ってるようでもう片方の覗いたリアクションを楽しんでる人、
子供に覗かせて、周りの観客が笑ってる光景。など。

そして自分が絵描きだから余計に思うのだろうけれど、
大ガラスと遺作においてはやはり絵描き畑の人の造形物って感じがものすごくした。
それでいて安直に絵画なところには着地したくなかったんだろなあ、と。
大ガラスはまあ絵画と言っていいけど、絵画か否か?みたいな境界論は、じっさい意味無し。

ちなみに、
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同部屋にある最初期のデュシャンの風景画。

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階段を降りる裸婦その1。


今でいうDVD特典メイキング映像的という位置付けと考えれば良いのか、
大ガラスと遺作をベースにしたメイキング作品の残し方も上手い。
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それに、物として欲しくなる要素満載だし。
グリーンボックスだってまず箱の質感とかデザイン、一つ一つのメモなど存在そのものがアイテムとしてカッコ良いではないか…。

このように過剰に造形的な大ガラスと遺作という2作品を軸に、
デュシャンが残した作品全体の押し引きを
俯瞰して考えられるのがおもしろい。
レディメイドや、それこそ一連の便器作品のスキャンダラスな流れ等も
全体から俯瞰して見た方が味わいがあるように思える。
未来から見た自身の見え方を想定していたのか。

ステレオタイプな「ダダ」!っていうイメージよりは、
考え方を拡張させながら芸術ギリギリを常に提示してたような感じだなあ。
レディメイドっていう手法のイメージが先行しすぎて、
たくさんの誤解が生まれているようにすら思える。

ところでこのデュシャン部屋、一番奥のせいなのか人がまばらで、
監視員がやたら話しかけてくるのでなかなか集中するのがタイヘンだった。
こっちも脳に焼きつけようといつまでも部屋をウロウロしたり
何度もこの部屋に戻って来たりしたので、
向こうもヒマだし興味を持たれたんだろう。
そのうちお互いの自己紹介タイムにまで発展する。
推定60歳くらいの彼の名はブライアンという。
数年前にも日本人で2週間程毎日このデュシャン部屋を取材してた作家が居たという。誰だ。

せっかくフィラデルフィアにいるなら自由の鐘も見て来なさい!と言われた。
最後はガッチリ握手して終わる。何なんだ。

他の部屋の監視員も鼻歌歌うしケータイいじってるし、フリーダムすぎる。

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なぜかトランクの箱は別ブースにありました。
コーネルなどと並べたかったのか。

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日も暮れかけ。
ああ、念願のデュシャン巡礼を達成した。
展示が完全体の時にまた来ないと駄目だな。 

林道郎さんの文章は、2004年川村記念美術館のロバートライマン展のカタログで初めて意識的に読んだ。大学4年のとき。
展覧会にどうしても行けず、泣く泣くカタログだけ購入したのだった。
このカタログの出来が良くて、絵画それ自体をどのように存在させるか考えるようになったり、とても勉強になった。

何年か後、国立国際美術館のポルケ展で発売されてた小冊子がポルケと林さん達の対談「ジグマーポルケ 自作を語る」。
初めて拝める大作群と共に、ポルケの真面目なのかとぼけてるのか絶妙なトーク内容に感動したものだ。
ポルケについての日本語本は少なめなので貴重な冊子だと思う。

その後に「絵画は二度死ぬ、あるいは死なない」シリーズを読んだ。
シリーズ全部にはまだ目を通せていないのだけど、作家チョイスが好みで、
講義録なので読みやすいし作品分析のアプローチの仕方がリアルに伝わる内容だ。

その他「組立」の対談や、岡崎幹二郎さんの小作品集のテキストも林さんだった。

以上のように絵画の勉強してたら知らぬうちに何度も林さんの文章に触れてきていたんだよな。
そのため、目の前でしかも札幌で講演会が聞ける、しかもイベント主催側に作家として関われる、
というのはたまらないわけです。

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撮影:川村魚実

林さんは、フワッとスマートで穏やかで熱い印象。
トーク内容は書ききれないけど、
少し抜粋メモ。

・まず80年代西武の流れから絵の事を考え始めたのでフォーマリストではないという前提からの、
グリーンバーグの問題点、グリーンバーグが日本で一般化するタイミングの遅さの話、批評言語で語れないものに出会う期待感。
形式と内容の対立というのがニセだと思う。定義の不可能性。

・大阪の国立国際美術館で開かれた「絵画の庭」について。
現代の美術の展覧会にしては例外的に観客が6、7万入った。
9割具象だったが、(具象/抽象 というのはあまり有効なカテゴリわけではない)、
何点か気になるのもあったがほとんどぴんと来ない。 だからいまの日本の絵画のはやりものとはすごく距離がある。

・吉本隆明の話。
転向論で「関係の絶対性」ということを言った。一貫性は、まわりの社会情勢との関係で変わってしまう。
昭和が終わったというセンチメンタリズムではなく、いい批評はいつ読んでもいい。

・絵画の定義は、数学的な意味の定義は不可能。 社会の中で、変容しながら使われている語。
20世紀以降は、一般に流通している絵画概念を超えて絵画がつくられていることの繰り返し。
定義が更新されていくことの繰り返し。ただ彫刻に比べると、ある種の中心性は考えられるかもしれない。


・マチス『人生の喜び』やピカソ『アビニョンの娘たち』などは特異性を孕んだ、
沈黙の理論としての作品と言っていいかもしれない。
野球でいえば永久欠番みたいなもので、様式史のなかでも交換不可能な存在。歴史を支えるのはそこ。
いつもそこに戻らざるを得ない。
「他の現在」「他の時間」とむすびつくような、あらわな時間性をはらんでいるかもしれない。

スライド画像から、様々な時代の絵画に対するアプローチの説明。
視界を包む大きなインスタレーションに近いものではモネやロスコやムンクの共通性。
触知性の話ではフォートリエのアプローチ、岡崎幹二郎のサムホール作品。

・水平垂直、重力の話から70年代以降の話。

・説明し尽くしたらいい作品ではない。だから批評というのは最初から負けるようなもの。一言。

…批評家さんの言葉からこの一言が出てくることに笠見君も驚いていたな。故に信じられるなあ。

その後の質疑応答で僕は、
アメリカから帰国して、いわゆるJポップ文化と、同時に発生している日本現代美術はどう見えたか?
国立国際美術館の「絵画の庭」展で気になった作品はどんな感覚なのか?
日本の流行にただ回収されたくない思いがある。
Jポップ化、サブカル、そういうのを超えた絵画的な視点はどんなものか?
というようなごちゃごちゃしたことを聞いた。
回答は梁井朗さんの書いてくれた講義録を一部抜粋。

・Jポップという一般化するのは2000年ぐらいか。帰国後、宇多田ヒカルや椎名林檎がすごいと驚いた。
・Jという言い方には抵抗がある。カレン・キルムニックはある意味、Jポップ的。日本特有ではなくてグローバルに必然性に出てこざるを得ないだろうと思っている。
・近代で「いい場所」なんてない。みんな「遅れ」の感覚を持っていて、外国や、前の世代のものが進んで見える。
・ある種のコンプレックスの中で仕事を始めるのは、普通。誰だって育ってきたコンテキストを抱えてるわけで、すべてを見渡して作るしかない。

「メーンストリームに対してサブカルという戦略がある。サブカルは往々にしてメーンストリームのイメージを取り入れてスキャンダラスに操作していくと。
両方のコードにあてはまらないわけのわからないものが結晶することがあって。
たとえばセザンヌの水浴。アカデミズムでも通俗的ヌードでもない。なぜかああいうものが出てきちゃう。
バルト的に言うと第三の意味、領域というのがある。
破壊的なものを持ちえる、生み出せるのが美術の意味だと思う。 」

その後小室さんが、西武と絡めたポップについての質問を。ネオポップ、マイクロポップという呼称もひっかかると。

「70〜80年代、西武が日本の消費文化で果たした役割はすごく大きくて、
西武美術館だけじゃなくて、シードホールとか文化活動、CM、六本木WAVEなどを通じてリードしていた。
宮沢章夫が面白い本を書いています。ポップカルチャーに歴然たるヒエラルキーがあった。
オシャレな西武とオタクのあいだには格差があった。90年代以降、オタク的なものがメインストリームに出てきた、と。
僕はハイアートという言葉はあまり使わないけど、もうすっかり格差がなくなって、
美術はポピュラーカルチャーの中で細々とやってる。サブがサブじゃなくなった。
美術が持っている「第三の意味」的なポジションがますます重要になってるかもしれないと思う。
それと、ポピュラーカルチャーにはもちろん可能性がある。
大衆文化とかいうと、ひとくくりにすると、単一的に見えるけど、そんなことはなく。
自 分ではあまり垣根を設けずに、ひっかかったものについて考えるという姿勢。
社会学やってるわけじゃないので書くのはできないけれど。
松浦寿夫さんと創刊した雑誌に連載している「ポロックの余白に」では、
ゆるくて、ジャズについて書き始めています。
ゆるい気持ちは持ち続けたいと思っています。」

うーん、なんというか、励まされた。。。
こんな濃い内容の絵画トークは札幌じゃなかなか機会が無いのでは。
お客さんもたくさん来場されていて、良い形で終える事ができた。
その後のオープニング、林さんと打ち上げ2次会。
林さんに作品や展示の感想をいただく。

さらにその後笠見西田、CAIの端さんとうさぎちゃん、我らが山本先生と遅く迄飲む。

今回の研究会の議題が「リアリティ」とのお知らせがきて、ずいぶん広い議題ではあるけどいろんな切り口はありそうだなと
参加を楽しみにしていたのに、やることがありすぎて参加する余裕がない。

8月はホントにヤバくて4つくらいの企画が同時進行して制作もやらなきゃならないし、書類を書いたり、Skypeで会議をしたり、
作品梱包したり、頭が回ってない。
悲しいかな、初の不参加を伝え、家で絵の表面をヤスリヤスリすることに。

リアリティか。
ヤスリヤスリして出来上がってくる絵画空間が、今、目の前のリアリティだ!
なんつってサンボマスターとか流してみたりするが。

参加した場合に話そうとしてたことを羅列して自分で考えてみる。

ポップカルチャーに幼い頃からどっぷりハマっていることを否定できない僕らの世代、
だから大人になって美術表現をやる上で、
自分が無意識でその洗礼を受けてしまったポップカルチャー道に、テツガクを感じたいという欲求はとても理解できる。

ファミコンやビックリマンが自分に与えた影響は計り知れないし。
だからオタク文化論、宇野さんみたいなのが話題になって後輩の西田くんとかがよく語るのもわかる。
確かにこれは今の時代のリアリティを僕らが語る上では1つの源ではないか。

また1995年が、阪神大震災、オウム事件、windows95発売、という大きな事件が重なった年で、
2001年がアメリカ同時多発テロの年。
それらが発生したことで日常の認識が変わってしまったり、情報化社会の波にどっぷりつかるというのが、
これもリアリティの源の1つにも思える。

そういう話で共通理解が得られるのはおもしろいけれど、
絵を描いているとちょくちょく実感するのが、
結局やってることは昔から変わらず人間が支持体に向かって絵具やらなんやらをくっつけて、絵画空間を生み出すこと。

世の中から自分のアンテナが受信する内容と、くっつける素材の多様さが、時代によって大きく変わることで、
僕にとって一番のリアリティはやっぱり、
今生きてる時代に流されながら「自分なりに受信した内容」を「どうやって絵画表現に落とし込むか」だ。
んで、出来上がった絵画空間が、外のせかいに還元されるような、大げさに言えば真理のようなものを掴みたい。
ここにこそまず自分が考えるべき美術の問題がある気がするし、絵描きの話な気がするんだ。


3月以降、表現者への問いはいつまでも悶々としたまま。
沢山の津波の映像、原発の爆発の瞬間の映像はネットの小さいウィンドウでみてもショックがでかい。
何十メートルの津波がこちらに迫ってくる、そこにもし自分がいた場合の想像は現実感を超えている。
数万人が同時にそういう状況にあった。

実際に現地に赴き、現場を見た人は皆言葉を失っている。
そういう、リアリティを超えた現実がきてしまった後で、
今まで自分がやってきた表現は貧弱なものではなかったか。
震災が起こらなければそんな意識すら持てなかったのか。

僕は直接被害の無かった、なんとなく呑気な札幌でいつも通りに絵画に向かっているけれど、
ここ最近はなんだか絵画、というか美術に対して、ピリピリした見方になっちゃってるような思いがある。

絵画が世界の改革を起こす事はないし、すぐれたコミュニケーションツールでもない。
即効性もないし、スポーツや音楽のような大衆性もない。
もどかしいけれど、そういうもんだと思うし、
それでも美術は自分のために必要で、良い作品を作りたいと思っているのだけど。

良い作品自体、はっきりわかんないけど、良い作品を作るのはとても大変だ。
ああ大変だなあ…とずっしりしながらも、籠ってじっくり考える間もなく
ひたすら制作しなきゃならん現状。

で、フラッと美術展を見に行くと、
どうもやるせない作品がいっぱいあってキモチをげっそりさせる。

少し前に行った樽前artyでもいろいろモンモンとした。
札幌から少し離れた苫小牧での美術展で、
ギャラリーの方はスペース自体はおもしろいけど、
展示は美術展というよりは雑貨屋さんのようなノリで、
それはいいけれど、美術展を期待してここまで来た自分としてはうむむとなる。

小旅行とイベントを楽しみに来たんじゃなくてビジュツを求めて来たのにー…

また、別会場の小学校のロケーションは良いけれどもその分美術作品をそこで発表するとなると難しい空間だ。
場所のことを作品に取り入れるなら、かなりインスタレーションの能力が高い作家でなければ
作品がロケーションに負けちゃう。実際そうなってる作品が多かった。
結果、美術の必要性に疑問を感じてしまうような。
場所のことと関係のない作品で勝負するならここを引き受けるメリットよりリスクの方が高い。

一方別の日には、三越で有名作家の版画が並んでたりしてそれも別のモンモンを感じる。
大御所のマルチプルはまあ置いておき、いや草間さんの版画連発はキツいけど笑
若手?のタブローも並んでいて、それがキツかった。
一体この絵画群は何がしたいんじゃ…と見てると落ち込んできた。

札幌の街を歩けば安田侃の彫刻作品だらけ。屋外をつかった大規模な個展らしい。
どこの作品をみても、子供が楽しそうにぺたぺた触ったり乗っかったりしてる。
公共性を獲得できてる!
でも、スッキリはしない。自分の目指す美術はこういうことだっけか。

聞きたい批評もあまり聞こえてこない。
ああ、そうだ聞こえて来るのはtwitterのわかわかんねえリアリティのないノイズ!

ああ、そうだ福島出身で、札幌で作品制作をしている同世代の作家が2人いる。
実家が震災で大変だという話も聞いた。

で、考えさせられたのは3月以降に見た彼らの作品は、どちらもすばらしいものだったこと。
それは偶然かもしれないけれど、作品やせかいと向き合う態度が、とても純粋だったし、
感情を潜めた強さがあった。いややっぱ偶然ではないと思うんだよな。

向き合い方だ。作品や、せかいと向き合って、美術をどうやって自分なりに引き受けるか考えなければ。
ちゃんと向き合ってるつもりと意識してても、油断すると自分から遠ざかる。
そのうち表現のことを勘違いしていって、裸の王様のようになっていくんだ。
美術の端っこの端っこにボロボロとたまる垢みたいな存在、怖いな。
あー良い絵画を生み出したい。

制作には時間もお金も必要だ。
時間を確保しようとしたらお金が無くなり、
お金を確保しようとしたら時間が無くなる。
加えて良い作品を作るためには良いインプットも必要だ。
それにもまた時間とお金がかかる。
その辺のバランスをとってもシビアに作っていかないと、埋もれてしまうよ。
僕はできれば絵が売れて欲しいと明言しているけど、
絵が売れれば僅かながらでも、絵のための時間とお金が確保できる目的があるからだ。

もう学生気分なわけないし、若手と言うには年齢も微妙。
いつのまにかこんな年まで粘って美術を続けているんだ。
子供がいる同級生もいるのに、
腹くくって美術を選択したことに、誇りをもちたい。
だから呑気にダラダラやってるわけにはいかん。
悶々とする展示を見せられたら、時間を奪われた事に怒るし、
研究会だって、そうやってもがく作家達が時間作って集まってるんだから、
おもしろくない話の流れになったらそりゃ怒ります。


…て、制作の進行が一段落したところで丁度電話が。I先生に呼ばれる。近所で飲んでいた。
悶々を吹き飛ばすようなダンブルドア先生現象が発生して感謝!
でも質の違う悶々が現れるのでスッキリはしない!
そのまま円山に酔っぱらいを送るというヤボ用ができて、これは研究会の会場が呼んでいると判断!

研究会に飛び入りしてみたがもう終盤、議論は盛り上がったようで一段落した後だった。
そこに蛇足のように結局ただ上記のようなイライラ悶々をベラベラ晒しただけで終わったのだった。
なんにもなりゃあしない!
悶々は、絵画の中に落とし込むしかないか。

3月29日にもともと行く予定だった栃木の大黒屋さんへ。福島空港経由だったのでギリギリまで行こうか悩んだけれど、
最終的には行った方がいいはずだと自分に言い聞かせ、まずは急ピッチで作品を完成させる。

千歳から福島行きの飛行機には満席の乗客。途中飛行機の窓からは被災地の津波の跡がまだ残ってるのがハッキリ見えた。空気が澄んでいたら、着陸寸前に原発も見えたはず。空港は原発から50km弱離れている。空港にいた半分くらいの人達はマスクをしていたけれど全体的なムードは落ち着いている様子だった。
そこから郡山に移動、5分くらいで乗り継いだので駅前風景しか見ていないけれど街は普通に動いていた。山の向こうでは大変なことになっているなんて信じがたいけれど、何かそわそわする。

在来線が止まっているのでバスとタクシーで大黒屋さんまで。
今年のコンペの入選者さんは、やっぱり半数くらいしか来れていなかったけれど、作品展はおもしろかったし各作家さんと話して現状どんなこと考えてるのかも聞けて良かった。

社長の室井さんともお話。知識が豊富で自身の哲学をしっかり持っている方なので、勇気づけられた。審査員さんは天野さんは多忙で来られなかったけど、菅さんと小山さんにはお会いすることができた。小作品を館内に飾って頂いているので、今年も実物を見てもらう事ができた。小山さんには今後この方向で進む上での問題点を鋭く指摘された。貴重だ。さらにカメラマンの鈴木さんと前回に続いて深夜の飲み会。よく来たなと言われたので、迷ったけど勘で来ましたっつったら、「若いときは、迷ったら、GO!だよ」説得力ある!

面白い人が集まっているこの宿屋さんに一日いるだけで頭の回転がハンパ無い。思考が少しだけ前に進んだ気がする。


みんなやっぱり震災について考えてるし、各々の現実問題も沢山あるはず。連日の衝撃的映像と情報を浴びて平気でいられるわけがない。札幌では被害はほとんど無かったけど、直接強い揺れを体感した人もいる。精神的なショックは何倍もあっただろう。
それでも芯からくるようなエネルギーを感じた。状況はシビアでも精神的にタフなのは重要だな。
美術作家や美術に関わっていく人の強みってそういうところかもしれない。

そういやここ最近札幌ではいくつかのアートチャリティの話が持ち上がっていたけど、断ってしまった。
美術って今回のような災害に対する即効性は本来あまり持ち合わせていないような気がするし、
義援金のために誰かに自作を買ってもらうってなんとなく自分の考えと照らし合わせると違和感が残ってしまう。
そこは人によっていろんな考え方があると思うけど、
僕は美術のことは個人的に行って、震災については人としてできることをやろうと決めた。

美術ができる一番のことは、物事を繊細に捉えてしっかり作品に変換させていくことだろう。
それが意味のあることなのかどうかは人によって違うはず。良い作品作らなきゃほんと社会的に無意味だし。

でも、戦時中にクレーは殺されるかもしれないのに隠れて作品を作ってたし、マティスは妻子が捕虜になっても制作を続けていた。
そんな風に生まれた名品を美術館で見て、感動できるということは、やっぱり何かがある。

少し時間はかかるかもしれないけれど、今回体験したことは、なにかしらのかたちで今後の作品に必ず反映する。
それは震災をテーマにするとかそういうことではなくて、時代そのものを取り込んでしまうのが美術作品だと思うし、
実際フォーマリズムって言われる抽象表現主義の作品だって実は戦後の空気が色濃く反映されてる結果のシリアス具合でもある。

今回のことは、戦争ではないけれど、天災と人災が連鎖して問題も複雑化している。
今偶然と必然が垂直に交わってる状況で作家はさらにそれら必然と捉えて作品をつくることも可能なのではないかみたいな話を菅さんがしてて、
難しい言い回しもたくさんあったんだけど、内臓にくる話だった。

んな事を温泉に浸かってリラックスしながらいろいろ考えた。

30日、昨夜の皆さんと話してる時は夢中でまたしても写真を撮り忘れるというミス。
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早朝の大黒屋さんロビー。入選作品が並んでいる。
今年10月の個展のため、壁の大きさなどを再チェック。

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菅さんの作品が一望できる倉庫美術館。一度に一人のこれだけの量の作品を見られるおもしろさ。やっぱり数多く作品体験することで、なんとなくだけれど作品の共通性とかその作家がやりたいことの根本を感じられるんだなあと思う。


帰りは金沢組と小野塚さんと関東平野一望&那須の有名カフェSHOZOに。
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那須高原から見た関東平野は、壮大。
日本を回ったとき、この国はほとんど山で、少ない平野地帯に人間文化が集中してる実感をした。地震国であることとその裏返しでこんな深みのある自然環境、なるほどそういう地形と日本人は共生してきたんだと考えると、今問題が起きてしまった原発の存在はなんとなくのうちに土地との対話を忘れてしまった象徴のようにも思えてくる。六ヶ所村の横を通った時も、あのあたりの土地はやっぱり独特の怖い存在感を持ってたな。
爆発すると怖いけど、もうあるんだから仕方ないしまさかそんな大事故にならんだろう、でも怖いよねえやっぱり、って程度の認識の人も沢山いたんではないか。自分はそうだった。そういう意識が国全体でくつがえってしまった。一体どうなってしまうのかわからないけど、何かが劇的に変わっていくまっただ中にいるんだよな。

最後は福島空港まで送っていただいた。途中の道路がボコボコしてたり、屋根の瓦が破損してる家があったり地震の揺れがいかにひどかったかが想像できる。

空港で冊子のデザイン構成をやる。今回の展示は喫茶空間なので、テーブル毎に展覧会説明の小冊子を置くのがいいと提案したものの、
思った以上にこれも時間がかかって参った。

帰って来てからそのまま夜勤。

講演連発!!昨日の熱も冷めないまま、今度はあの村上隆氏が「SAPPORO次世代コンテンツ産業創造プロジェクト」
のために講演をするということで、事前に参加を申し込んでいたのでした。
プリンスホテル国際館パミールでの講演、ちなみに隣の部屋では全国高校アイスホッケーのイベントをやっていた。このギャップ。
3時間の講演もあっという間で非常に濃密でリアルな内容にただただ圧倒される。

前半は、村上さんの経験談を踏まえながら札幌でコンテンツビジネスを成立させるにはどう動くべきかというような話。
芸術闘争論も発売したばかりだし、話の内容は結構重複するかもしれないと思っていたが、全くそんなことはなかった!!

日本社会で稼ごうとしたら障害を作られるという痛烈な批判から、アメリカとのビジネスマインドの差についてだったり、
億単位のお金もダマしとられて、取り返そうとした話、契約や弁護士のこと、アートはコストパフォーマンスが高いって話、
価値のリサイクルの話など、すごい情報量。いろんな感情が入り交じった、なんともシリアスで人間臭い話ばかりだった。

もちろん自作の狙いについての話もあり、目の付けどころとアプローチの仕方がユニークで、かつなるほどと感心させられるばかり。
やりたいことが明確にまずあって、それを実現させる為のハンパ無い行動だというのが、どストレートに伝わる。

後半は、プロデューサーの竹内宏彰さん、ICCの久保さんと伊藤先生も加わりシンポジウム。
序盤から「札幌ではアートは育ちにくい。なぜなら本物を見れる機会が少ないから。
反面、複製芸術としてマンガなどは発展している背景もある。」という話で、その通りすぎてアートをやる者として悲しい現実を受け止めるのみ。。。
札幌のアーチストはニューヨーク、ロンドン、パリに本物沢山何度も見に行きましょうYO!

なもんで、直接的なアートの話は少し減ってしまった。
もともとコンテンツビジネスの講演なのでそれは元より承知の上。
もちろん、アートに応用できる話もたくさんあった。
そこに突然名指しで呼ばれた某大学の先輩。
すげー不思議な光景というかなんかもう笑ってしまった。すげーな。
で、その流れでヴェルサイユで公開したアニメを見る事もできた。
個人的には、この作品の狙いやコンセプトの話が聞きたかった。
村上さん本人も言ってたけど、プリキュアのパクリのような内容でした。

札幌についても、可能性を秘めてる場所なのに、住んでる本人達の自覚が足りないだとか、
千歳空港をハブ化するべきだとか、おおお!と振るいだたせてくれる発言。

やっぱりまずアアチストはニューヨーク、ロンドン、パリに本物沢山何度も見に行きましょうYO!!

…つーか、実際札幌で例えば画家になりたいとか思って制作してる人で、
ニューヨーク、ロンドン、パリすべてに実際本物見に行った人ってどのくらいいるのかな?
僕はまだニューヨークのみ。。。絵画の歴史を体感するには数年以内に、テートモダンやらルーブルやらオルセーやらにも行かねばならぬ。
そうだ、以前の村上さんのニコニコ生放送では、作品のコンテクストのレイヤーに50年代アメリカ(抽象表現主義)とデュシャンを含めなければならんと言っていた。
50年代以降のアメリカはMOMAに行けばとてもわかりやすくプロパカンダ的に体感させてくれるが、デュシャンも入れねばならんのなら、大ガラスと遺作を見にフィラデルフィアも追加せねばならんね。
ニューヨーク、ロンドン、パリ、フィラデルフィア全部行ってる人はあんまりいないんじゃない?

札幌芸術の森に「札幌昭和30年代 なかがわつかさが見た時代」を見に行く。
とても渋くて地味な内容ながら、思いのほか時間をかけてじっくり見る事になった。

こういう切り口でまとめて見せられる「美術」もあるんだなと、率直な感想。

美術史を更新しながら、世界を反映させながら巨大なうねりをあげるアートワールドが、僕の勉強したい、最も興味深い、スリリングなアートだ。ルーブル美術館、メトロポリタン美術館、オルセー美術館、ニューヨーク近代美術館、、、そういうビッグな美術館に収蔵されていくような、アート。

でも今展のテーマは「札幌」というローカルな地域で表現されたローカルな美術表現。その土地の土地性を結晶化させた記録としての美術。もちろん個々の作品は、アートワールドの巨匠の作品の影響をもらっているのは感じたけど、アートワールド自体を作って行くような表現とは少し違うような。

札幌の開発風景や日常や田舎の風景を取り上げた絵画や、公募展の存在感、グループの美術運動。この地で美術を盛り上げる熱気は、今の札幌の美術界より泥臭く活発に見えた。
公募展の存在意義も、今と違って時代背景と合わせてみれば理解できるような。。。そして公募展のあり方にするどい批判を決める、なかがわさんの言葉は今の公募展にもそのまま言うことができそうな内容だった。

当時の札幌の美術表現に感動したなかがわさんは内地から移住してまで評論活動を札幌で行っていたんだって。展示作品の隣になかがわさんの評論記事も一緒に展示されており、かなり辛口!こういう人いっぱいいたら、燃えるなあ笑

展示序盤に上映されていた、HBC制作の昔の札幌の記録ドキュメンタリーもじっくり見てしまった。ナレーションはキートン山田で、よくできたおもしろい映像だった。

展示後半には、岡部昌生さんの20代の作品もあり(ちなみに渋めの絵画でした)、40年後にアートワールドの祭典にヒロシマをテーマにしたフロッタージュ作品を展示してるんだと思うとまた、不思議な感覚に陥る。

美術やらアートやらって、ローカルやらグローバルやら、昭和やら平成やら、ビエンナーレやら公募展やら、いろんなスケールを取り込んでいるな。

展示終盤の今展年表に文化軸の年表も並列されており、今展の時間軸の最後のほうに、ウルトラQ放映開始 という項目があった。ウルトラQって、こないだ見たばっかりのウルトラマンのさらに前身のモノクロ特撮TV番組じゃないか。。。
そうか昭和30代て、そんなに昔で、ポップエンターテイメントの要素が無いのか!
となると展示作品も、渋い内容なのは時代背景から考えればそりゃそうだよな。

いやでもちょっとまて、同時代のアメリカにはロスコの色面絵画はもう完成されていたり、ラウシェンバーグがカッコ良すぎるコンバインを作っているな。。。
いやいや、それは戦後アメリカと戦後日本のさらにローカル地区との文化の作られ方が違うんだし、やっぱしそりゃそうだよな。

と、いうことで、当時の札幌と当時の渋い美術作品はやっぱり関係を感じるんだ。

今の札幌と今の札幌美術に、関係を感じるか!?
そんな事考えながら帰る。

クラコフ2日目。
行こうか迷っていたアウシュビッツ。(ちなみにアウシュビッツはドイツ語なので、ポーランド語ではオシフェンチム/O���wi���cimと言います。バス停の行き先もオシフェンチムです。)

 クラコフ滞在期間が予定より長く取れたので、思い切って行く事に決めた。アウシュビッツはクラコフからバスで一時間半くらいのところにあります。駅のバスターミナルに行けばなんとかなるだろうというノリで向かい、相変わらず人に聞きまくって、バスチケットを買う。すると、

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またミニバスかい!!ターミナルにも現れるのか。昨日は適当な公園みたいな広場が乗り場だったのに。とにかくこんなのがミニバスです。


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ミニバスは、トバしすぎ。100km/hくらいは出てたと思う。


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着いた。観光バスと観光客でいっぱい。そしてすんごい晴れてる。

ここもツアーチケットを買わなければならず、英語ツアー。さすがに有名な場所なせいか、日本人がチラホラいた。


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柵に囲まれた広い敷地には、バラックが並んでいる。

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バラックの中は博物館になっていて、いろいろ展示されているわけだけど、この内容が当然ツラい。下の写真はジオラマですが、建物の中に死体が山積みになっている…

写真展示では、番号を入れ墨された人たちが実験台にされていたり、ガリガリの子供が並ばされてたり、痛々しい。写真はリアリティありすぎる。

驚いた展示が、収容された人たちから略奪したものの展示。
なんだか、昔の川俣正の作品のようにモノが積み上げられてるんですが、
見せてる物量が半端じゃなくて、鳥肌が。
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毒ガスの缶。

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この山になってるのは髪の毛。
人の髪で布とか作ってたっていう話は聞いてたが、こんな量で見せられると愕然とする。三つ編みがたくさんあるのに泣けてくる。

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メガネ、義足、靴…他にも日用品やカバン等、とにかく積んで見せて来た。展示室が整備されていることもあり、これらの展示物が本物なのか何なのか頭がクラクラしてよくわからなくなってきたけど、これだけの物量が集まっちゃうほどの人が、人として扱われなかった現実がのしかかってくる。

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死の壁、銃殺の現場。この地下には毒殺実験の独房などもありました。

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ガス室。妙に整備されていたので、変な感じがした。
中がコンクリートの打ちっぱなしになっており、
あれ、今度個展をするギャラリーに似てるぞ。。


ツアーは続き、3km先にあるビルケナウ収容所にバスで移動。展示内容と暑さでヤラれたのに、ビルケナウに着いて愕然。
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ひ、広すぎる…限界!!ガイドさんは休み無しで説明までしていた。すげえ。
バラックがズラーっと並んでいて、半分以上はは撤去された後で煙突のみ残っていた。

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バラックの中には粗末なベッドやトイレ。

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証拠隠滅のために爆破したガス室の跡地だそうです。

しかしこう畳み掛けるように残忍さを食らうと、
人がやっちゃいけないことのラインが、どっかからプチって切れちゃって際限ない残酷さが当たり前になっちゃうっていう、そういうマヒの機能が人の中にプログラムされてる事実が怖ろしいと思いました。人だと思わなくなっちゃうのか。人だと思ってても、愛や慈悲のキモチって完全にゼロにできちゃうのか。自分も同じ、人なので、同じ機能が備わっていることでしょう。そんな自覚をした上で、それでも同じ過ちは犯すまい、と思えるようになる為の展示だったのではないかな。


あまりにヘトヘトでズッシリしてボーッっとしたので、飲み物でも飲みますかーって同じツアーにいた日本人2名と少しお話した。
 そのうちの一人が、美術やってる人だった笑 今回は偶然ビジュツ人に出会う確率高いなあ。九州で活動されている方で、コンペの副賞でヨーロッパ旅行に来れたとのこと。盛り上がった。

帰りはその方達に教えてもらい、ミニバスではないちゃんとしたバスでクラコフに帰って来れた。夜は、一日差でクラコフ入りした大黒さんと再会、オープンカフェでまたゆったり。

次は、クラコフのお城などを簡単に紹介して日本帰国へ。

 ある限定されたコミュニティに知らないうちに所属して、知らないうちにそのコミュニティでの価値観を持って、ある程度共有しながら生きていくのが、人としてフツーのことだ。

 例えば「芸術」というコミュニティ、「会社」というコミュニティ、「同級生」というコミュニティ、自分も知らぬ間に無所属ではいられずに、何らかの価値観におすわりしている。

 世の中には自分に全く関係のないコミュニティがある。自分が所属し得ないようなコミュニティがあって、そこでは全く自分の価値観が通じないような現象も起こる。

 そんな中で、価値観が通じないコミュ二ティが存在するということはとても難しい問題だ。うまく棲み分けができればいいのに、ヘタに相性の悪いコミュニティが接触した場合、憎しみや恨みにも繋がってしまうこともあるみたい。

 そういう時に生じる、モヤのようにつかみどころのない歪みの正体に僕はなんとなく興味をそそられてしまう。
 モヤをぱくっと食べて、自分自身がモヤのようにそのへんを漂っちゃうような感覚でいたいという願望が若干ながら存在する。

 モヤの中には、人が持つあらゆる感情の導火線が潜んでいて、モヤモヤ仙人が、ライターを持ってウロウロしている。そんなイメージ。

 何を言っているのか、伝わらないような気がするけど、こういう漠然としたことを考えるような機会があったということで、さらに漠然とこの文は続いてしまう。
 
 さて、そして改めて、僕はやっぱり本当はあんまり人のことが好きじゃないのかなあ…と考えてみたりしているけど、
 どうやら人のことというか、知らぬ間に負の感情に気持ちが囚われている状態やコミュニティの価値観に囚われている状態の人を感知したときに、どうしよもないやるせなさを感じてしまうのではないだろうか。

 その「やるせなさ」だ!これを、「やるせねえなーぁ」ってため息ついてる前に、キャッチして結晶化させたいのだ。
 どうしよもないこと、抗えないこと、は、人が人である以上(自分も含めて人って本当に欠陥だらけだし←それを否定するつもりはない)、必ず発生する事象なもんで、「それもしょうがねえやぁ、でもやるせねぇやぁ…」って思った中に、モヤが発生するんだ。

モヤを抽出したような要素を、作品の中になんとか込めたいと日頃からボワーッと思っている。
僕はただキレイで明るいユートピア傾向な作品を作るつもりは無くて、人のネガポジを含めてまずはそれを事実として腰を据えるところから始めたい。

 この漠然とした考えをウチに持ち帰って、壁にかけている自分の作品とにらめっこをしてみると、まだうまく形にできてない、モヤ純度を上げるためには足りない要素があるような気がしてならない。

人間なんてラララララ〜!

 ある日ボーッと歩いていたら突然、「少年アート」をふと読み返したくなったので、アマゾンで中古購入して本日無事に届いた。1986年に発売された、今40~50代の美術家さん達がおそらくバイブルにしたのであろうとてもおもしろい本。
確か予備校時代の先生が、この本に載ってるエピソードをよく引用してた。

 大学の図書館に置いてあったので、大学2年生の時以来何度か借りて読んだ。これは早い段階で読んでおいて本当に良かった。
数年前、大学の美術科は札幌から岩見沢に移ったが、この本もちゃんと移ったのだろうか?美術科のある学校の図書館になきゃ宝の持ち腐れだ!

例えば本の中に”絵の問題点”という章がある(絵描きなので、現代美術の本の中にこういう題の章があるだけでうれしい)。
ハハアなるほど当時この辺りの文に影響されて、
まずセザンヌを押さえなければならない、らしい…とか、シャイでも粘り強く良い作品を作っていれば美術界に出ていける、らしい(ジャスパージョーンズを例にあげてる)…とか、美術史の裏付けが必要らしい…とか、絵描きでないとわからない問題がたくさんある、らしい…とか、
そういう漠然とした意識をまず持ちながら、制作に向かってきたんだな、とザッと読み返して思った。

アーティストのエピソードとか、とても具体的なアートワールドの話が非常にユーモラスかつシリアスに展開されるので、美術に対する緊張感が増す。

しかし…今2010年だから、もう24年も前の本なのね!!24年って戦後アメリカ現代美術の、抽象表現主義〜ポップアートが落ち着くくらいの期間か。
そういやリヒターやらポルケすら、クーンズもハーストもMURAKAMIもまだ本の中にピックアップされていない…。ニューペインティング現象が落ち着いたあたりでさあ今後どうなるんだろうってところで終わってるが、

その後冷戦構造崩壊に資本主義膨張カオス爆破にIT革命に…で美術も、クーンズだハーストだってマネーゲームになったり、コミュニケーションやらマルチカルチャなんやらで、バタバタ時代と一緒に動いてきた感があるけど、基本的に美術家として考えておくべきことは今読んでみても古びてなかったりして。

つか年代的に若い時代の村上隆氏もきっとこの本などを読んだ後に一発かましたのかなと想像するとすごい。

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