やまもとのグレーゾーン

札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。

カテゴリ: 美術

大樹町で、認定こども園たいきの年長さんたちと抽象画制作にチャレンジする機会をいただき、先日実践してきました。
僕としては後にも残るガチのでっかい絵画作品を作りたくて、180×460cm(最終的に木枠に張るサイズ)の綿布をベースにして、奥行きが生まれる仕掛けを考えて、色んな画材を投入。
みんなの想定を超えてくる描写展開に驚き、複雑でエネルギーに満ち溢れていて見どころ満載な素晴らしい作品ができました。最後に木枠に張って、みんなでタイトルも考えて、鑑賞!
床も子どもも絵具まみれ、こんなの許可してくれたの幸運です。この作品は、年明け1月17日から大樹町生涯学習センターで開催される「たいき・夢・アート展」でお披露目予定です。お近くの方はぜひその迫力を浴びてみてください。
また、ワークショップの実践にあたってご協力・ご助言いただいた、幼保連携型認定こども園せいめいのもりの皆さま、北海道文教大学人間科学部こども発達学科准教授の笠見康大先生、大丸藤井セントラル3階画材コーナーの皆さま、認定こども園たいきの皆さま、そして大樹町役場の猪狩さんならびに企画を支えてくださった皆さま、本当にありがとうございました!
具体的な実践レポートはnoteに公開しました。
(長いですが)ぜひご覧ください!
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このブログを残したまま、noteにも手を出してしまった。
FBに長文、ブログに同文、noteにも重複。書いたものをどう出すのがベストかわからないままです。

6月6日発売の美術手帖2025年7月号、特集「岡乾二郎」内の、絵画鑑賞会に参加してきました。

東京都現代美術館で現在開催中の岡崎さん個展会場で、全員初顔合わせだった堂本右美さん、浅見貴子さん、山田はじめさんという素晴らしい画家の皆さま、さらに本展キュレーターの藪前知子さん、現在国立近代美術館で開催中ヒルマ・アフ・クリント展キュレーターの三輪建仁さんと共に、目の前の岡崎作品のことを熱く語りまくるという、感慨深いお仕事でした。

たぶん今まであまりなかった制作者ならではの視点満載になってると思うので、岡崎作品読解の一例として、ぜひご覧ください!

https://bijutsu.press/books/5617/

ーーーーー 以下、余談 ーーーーー

岡乾二郎さんってですね、僕が学生時代からずっと影響され続けてきたアーティストなんですよ。
美術手帖ってですね、これまた学生時代から、自分が生まれる前のバックナンバーまで遡って読み通してきた美術の専門誌なんですよ。

その美術手帖が、岡崎さんの特集を組む、、、 その企画にまさか自分が関与できるっていうのはですね、これはもう僕にとってはとっても大変なことだったんですよ!! 話が来た時に、手汗をかいて部屋をウロウロして動揺が続いて、家族に「落ち着いて、いや無理そうだね」って言われるくらいには、大事件。

僕は作品作るのと同じくらい、もしかしたらそれ以上に作品鑑賞が好きで、これまでいろんなところに出向いて色々鑑賞してきたつもりですが、美術作品ってどうやって鑑賞するとより面白く見れるようになるのか、という点においても、やはり岡崎さんの著作から多くの方法を学んできたのです。

だから、今回岡崎さんの作品実物の前でその作品そのものについて画家が集まって語り合うという企画内容だと聞いて、 まさに岡崎さんからの影響をリフレクションさせて、これまでに培ってきた鑑賞経験のすべてを凝縮させる機会にしようと思いました。

最初はただただ飛び跳ねるほど興奮していたわけですが、少し時間が経って落ち着いてみると、 いやいやまず岡崎さん自身が大変な知の巨人であり、岡崎さんのフォロワーの皆さまの眼だって一筋縄では行かないはず。 同じ座談会の画家さんたちの顔ぶれをみても、各方面でご活躍されている素晴らしい方々。 これは、喜んでばかりもいられない、プレッシャーの大きな仕事なのでは、、!?

となれば、岡崎さんのこれまでの著作を本棚から引っ張り出して積み上げて、片っ端から復習して、 逆に岡崎さんの言ってることをなぞりすぎないように一回理論から距離おいて作品集の画像だけをじーっと観察するようにするなど、 自分の板室と札幌でのダブル個展の制作のかたわら、脳の半分は岡崎さんの分析に浸るという、 あまり経験したことのない状態になりながら、座談会前日に展覧会を拝見し、 そこまでにまとめたメモが少し前に投稿した、きっとほぼ誰にも読まれないであろう長い感想の原文となったのです。
(つか、本展示の各パートの解説が作家ご本人によるもので、これまでにないレベルで自ら作品の構造に踏み込んで語られており、 そこ入念に準備してきたのにもう語られているじゃないか!!という部分も多々あり笑、そういうところもなんとかより噛み砕いたつもりではありますが、繰り返し言説になっている部分はご容赦ください。)

当日、休館日で貸切の都現美なんていうあまりに贅沢な空間を堪能しつつ、 座談会なのだから自分ばっかり早口で加速しすぎないように戒めようとは思いつつも、もう前のめりで抑えきれない状態で、 しかしながら、皆さんの岡崎作品への視点が、本当に面白い。やっぱり、どんな方法や考え方で皆さんそれぞれが作品を作ってきたのかということと、他の人の作品への視座がある程度重なって見えてくるので、それぞれの手触りや行為に紐づいた言葉が交わされる。

編集部の皆さまに囲まれながら、展覧会担当キュレーターである薮前さんも加わり、そんな環境どう考えても超緊張するシーンなわけですが、不思議と作品に夢中になっちゃうと、時間を忘れて絵描きの波長に身を委ねられて、多幸感ある現場となりました。

語るほどに、自分の視座の未熟さもまたあらわになるばかりですが、現時点での全力尽くしました。こんなに嬉しいお仕事依頼、人生の中でそうそう訪れないんじゃないか。関係者の皆さまにも感謝しかありません。

隣で行われていた彫刻作品の鑑賞会の内容もずっと気になってたのでようやく読める、、!

また、月末にはユリイカの岡乾二郎特集も発売されて、超豪華執筆陣が集まっているみたいなので、読み比べできることも今から楽しみです!!

先日、東京都現代美術館で岡乾二郎 而今而後 ジコンジゴ、鑑賞してきた。
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岡崎さんはなにせ造形と批評の両刀使いで、その批評力の印象に引っ張れがちだが、一旦その難解な感覚を外してみて、タッチというか絵具の動き方とか、どこをどうマスキングしてるのかとか、そういう痕跡を追っていくだけでも無数の発見がある。実際ただベタベタ塗ってる箇所なんてひとつもなくて、めちゃややこしい操作の跡しかない。タイトルや額の使い方もそうだけど、全てがねじれまくっていて素晴らしい。


大きな絵画作品に絞って少し書くと、
基本構造は解説にも書かれていたようにユニットの連続で作られていて、その最小単位は1つの連続したタッチ。数色以内の重ね塗りや削り取りが折り合いながら塊を形成して島のように独立したユニットが必ずある。この最小ユニットの中を眺めているだけでも読みきれない動きの蓄積があって面白い(ちなみに小さい作品は最小ユニットの別展開を徹底してる)。その塊がいくつか集まって、1つの綿布パネルに配置されている。ユニット同士の境界とかを観察すると、塗りの差異が際立って見える。
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(↑例えばこういう緑色の島みたいなのがユニット。右上の別の緑とは分離されている。
この緑色のユニットでは、透明な緑のベタベタが塗られてから、おそらく乾く前に不透明の明るいエメラルドグリーンのベタベタが重ねれれている。よくみると、エメラルドグリーンの2つの塊の右側がどちらも、下の緑と一緒に引っ張られてるような跡があるから、そう予測できる。同時に、乾いてない2つの別の色を重ねると、もっと混ざってしまうようなものだが、そうはなってない。それは、上の絵の具を塗るときにあんまり何度も葛藤せずに、一発でズバッと乗せているからなのではないか。)

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(↑一枚の作品の中のいろんなユニットを注視してみた。どう塗ってるのかを想像しながら絵具の動きを追っていくだけで、かなり面白い。)

ユニット群はパネルからはみ出さないように配置される(3階の新作群でははみ出しを開放)。そのパネルが数枚集まって1つの作品になっている。そういう入れ子構造が、今展示では反復回転対称性の強い小部屋のユニットにまで連動していた。最大ユニットはたぶん、1階と3階の関係。階をまたいでほぼ同じ構造になっているので、(例えばレリーフ部屋とT字絵画の並びや、4ユニットの絵画の小部屋の形式)空間込みで、入れ子の迷路で往来する気分になった。
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(1階)


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(3階。1階とともに、大きな絵画の部屋はこのように、十字に区切った4つの小部屋の中央と各部屋の端が通路代わりのブランクになっていて、隣にも対角線上にも移動できるしぐるぐる周り続けることもできる。多少変則的に塞がれてるところもあるが、この対称性の強い4部屋のユニットが2つ続く構造は同じ。)


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(1階)


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(3階。一階のレリーフ部屋の真上がこの部屋。どちらも同じ形のシリーズが等間隔で並ぶ。)



迷子感覚を持たせつつ、時系列でも作品の流れが追えるようになっている。初期作品は、マスキングの仕込みがわかりやすく、筆跡に見える部分は事前にマスキングで形が決められている箇所が多い。絵具の動きとマスキングの形がある程度同期しているので、パッと見ではただベタベタ塗ってるだけに見えるのかもしれない。でもよく見たら、形と塗りは別々の処理が行われているので、認識にズレが起こる。
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それが一旦認知できると、一気に画面の情報量が増えて、笑えるほどいろんな操作で痕跡のかたちを操作しているのがわかってくる。これもひとつのイリュージョンと言える。


岡崎作品への批判として、イリュージョン=いわゆる絵画ならではの奥行きがなく、綿布に絵具が乗ってるだけ、みたいなのがたまにあるけれど、痕跡の絶妙な同期とズレを眺めていると、そもそも絵画におけるイリュージョンの定義自体を組み換えようとしているように思える。従来の絵画の時空間の問題を継承するなら、キュビズムよりラディカルな多次元表現はなかなか難しい(とはいえ良い絵を描くことはそれはそれで可能)。なので、違うやり方で絵画に宿る時空間の可能性を都度解釈しながら、次元のパラメータをいかにして増やすかの表現を初期からずっと提示していたのではないか。後半になるほど、この構造は複雑化していく。量子力学の一般認知が少し進んだ今だと、見る側も多次元の咀嚼をしやすくなっているのかも。

また、ハナからイメージを描くというより、 絵具の色と痕跡の動きと質感の重ね合わせが、後から結果的にイメージのようなものを生成させていく感じ。これが、いわゆる絵画っぽくないのかもしれない。しかし絵画の定義や本質などもはや機能しないと思うし、むしろ広い色面とか筆による塗りとかを積極的に避けていて、そういうところがむしろおもしろいわけで。


絵具の痕跡の形も、時代毎に違うのもよくわかる。塗り方も塗ってる道具もかなり変えてて、どんなかたちかは明確にはわからないが例えばスパチュラ、柔らかいシリコンスプーン、左官道具、みたいなオリジナルの道具も都度自作してると思う。岡崎作品のスタートは、かたがみの存在が重要な要素になっていたけど、塗る道具もひとつの型と言える。
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2枚組で同じ構図の作品では、ある道具で塗られた色の形を型でかたどり、もう片方側では、その形を絵具ではなく何も塗っていない隙間の形に逆転させたりもしている。そんな型の応用だらけ。下塗りナシの綿布に、あのような薄い厚いが混在するように絵具を塗ると、形のキワにボソボソが残ったり、塗りの失敗とか葛藤とかが残るものだが、岡崎作品にはそれがかなり無い。無いのに、ユニット同士の調和が成り立ってるのが恐ろしいところ。位置決めの下描き跡も当然ないし、塗り直しの跡もない。これも型の手法に関係しているはず。だから、画面に精神的な重さが残らず(かなり注意深く残さないようにしているんだろう)、色とも相まって軽やかに見える。唐突に画面上に絵具が出現してそのままビタッと定着してる、こんな見せ方は実はやってみると難しいはずだ。
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2枚組or3枚組で似た痕跡や同じ構図を共有するシリーズはまるで、ドラゴンボールのセル編で、過去を変えるたびに違う複数の未来ができる(1992年)、みたいな考え方。(参考までに、DB公式サイトにこんな掘り下げコンテンツがあるとは。https://dragon-ball-official.com/news/01_708.html)
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組シリーズでは構造や塗りの複雑な見せ方も充実している一方、必ず2枚を見比べないとそこに気づけないという要素が、たぶん次の展開を考える上で、問題点のひとつにもなっていたんだろうと思った。後のゼロサムネイルと合体パネル作品がその問題解決の糸口になっている。ゼロの方の額縁の構造とデカ作品の合体パネルの構造はその役割に共通性があって、外の領域と不可逆的に結びついてしまう造形の不思議とか、あり得るかもしれない別の可能性への視座を、一枚でも提示できるようにアップデートされている。
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80年代後半のケネスノーランドのDoorシリーズや、ロバートマンゴールドの分割パネル作品にも共鳴しているように見える。美術史的にはあまり表に出てきにくい彼らのこの辺りのアプローチ、おそらく岡崎さんも何らかの意識をされていることだろう。
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(ケネスノーランドのDoorシリーズ)

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(ロバートマンゴールド作品。両作家も岡崎さんも、もう皆Paceの作家なんだよなあ。)

そんな中、たまに不思議な印象を与えてくる作品もあった。2019年の大作なんかは、絵具の痕跡も絵具が塗られてないブランク箇所の残り方もも今までにないギザギザが出てて、絵具もキャンバスにピタッと定着しておらず(もちろん綿布に絵具は定着しているのだが、周りの作品と比較すると、痕跡から受ける印象が違って、なんかこう浮いてるような感じがする。と個人的には思った)、2枚組で、絵と絵の距離もやたら離れていたし、小部屋ユニットからも独立した壁に配置されていた。
今までの筆跡を意図的に封印したためか、何か葛藤があったのか。
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作品の構造だけでは説明しづらい、こういう時代毎の画面揺れも、たぶん反復回転空間構造のおかげで比較できてみえやすかったかもしれない。


2階の使われ方も、従来の展示空間よりも開放的に、1階のレリーフ部屋を俯瞰しながら転換期の作品群を鑑賞できたり、エントランス側の空間とも繋がっていて、風通しが良かった。支持体の方が動く自動描画マシンと並列して、脳梗塞の後遺症で動かない体を自身の意思による描写行為でリハビリしていく過程を見せている。
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病後の3階の新作群は、全体を通して振り切れたスケール、作る喜びに満ちていて、ごちゃごちゃ考える以前に、明るくて、いい。
塗りの思い切りも増し増しになってて、エスカレーターを登って見えてくる最初の1枚から雰囲気が違う。
絵具の塊を、ボトン!と寝せたパネルに落としてから行為を加えてるようなその丸いボリューム感に驚き、もはや分厚くてドーム状になっている部分もあった。それも透明色で作られているので、分厚さの程度から生まれてくるグラデーション色が形成されていて、色表現の幅が一気に拡大されていた。ハチミツの糸のような痕跡も登場しており、絵具の粘度の違いも感じる。
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加えて、画面外にむけて運動エネルギーを感じさせる太陽のプロミネンスみたいに伸びた楕円のような形状や、綿布パネルから大胆にはみ出した塊ユニットなども現れており、過去作では見られない痕跡の掛け算によって、やたら伸びやかな空間が現れてて、それが大変心地よくポジティブだった。
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プロミネンス的痕跡も、よく見たらその方向に勢いよく絵具をストロークさせているわけではなく、見かけとは違う順序やスピードで作られている。もうマスキングがどこに使われているかも判別できないが、こういう部分で巧みに応用されているのでは?いや、もう使ってないんじゃないか、という話もあり、推測しきれない。


その他新作群では、グニャグニャした痕跡とシカクシカクした痕跡がメインになっている。基本的にはグニャグニャの方が岡崎さん特有の形態の特徴を感じるが、そういうクセを散らすように痕跡を複数化させているんだろうか。特にT型シリーズでは意図的にその差異を見せていた。 後半の綿布パネルの組み方はタテヨコの合わせ技が多く、画面の形の時点で垂直並行の強調が付与されていて、さらにシンメトリーが象徴的。
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それにしても大作は初期から新作まで一貫して同じフォーマットの額装。画面と全く同じ大きさのほぼ同じ厚みの木製の額が裏に付いている。モンドリアンのような、台座とも言えるような額装形式を採用しているというのはある程度わかるけど、他の色や形に変えてみる可能性を見せずに、徹底して変えてないのははなぜなんだろう?
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(↑これは、MoMAにあるモンドリアンのブロードウェイブギウギの額。作品の裏に、ひとまわり大きくて平らで白い台座のような額をつけている。)


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(岡崎さんの大作の額は、初期から後半の組パネルになってもピッタリ作品と一致した木製の裏額になってる。)

4時間かけても追いきれず、3階まで見終えるとつい1階に戻って見比べたくなる、、、とにかく希望に満ちて多幸感ある色に包まれながらみっちり考えられる、稀有な展示でした。


モダニズムのハードコアから、何度もいろんな別のやりかたで一貫したビジョンを提示してきた岡崎さんには僕もかなり助けられた立場で、 特に2000年代前半の無理解の波に屈せず、こんな展示が今実現しているとは、遠くから追ってきた身としても感慨深かった。


キリがないのでひとまず終わり。


ところで最後のユニークなかたちの象作品。象の話は、「絵画の素」p317に、「ダンボ」と「1941」に絡ませながらでてきてたので、彫刻化されることに唐突な違和感はなかった。
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 話めちゃズレるが僕はスピルバーグ作品に何度も感銘を受けてきたんだけど、岡崎さんって1941だけでなく著作で度々スピ作品について語っているんだよな。A.I.もマイノリティリポートも宇宙戦争も。全部頷けるのでもっと岡崎乾二郎によるスピルバーグ論、聞きまくりたい。

(前投稿の続き)


北の美大展(仮)をみてきた。
前投稿で触れた以上はなんか書いておくべきだよな、と思ったので、ざっくり感想を残します。
みなみしまさんのnote、卒制全部みる に掲載したバージョンが、編集が入って読みやすいので、こちらをメインで読んでいただければ十分です!
https://note.com/minamishima9090/n/na2b6704c0ecd?sub_rt=share_pb


以下が編集前の元ネタです。
もうちょっと、余計なことまで吐き出したままの状態。

本郷新記念札幌彫刻美術館館長の吉崎元章さんが自ら名前を出し、なぜ美術館で今展をやるのかの意図を提示し責任を表明されていた。吉崎さんの専門研究内容(札幌美術史を編むスペシャリスト)から考えれば、そうなることの理解はできる。公募枠の貸館事業に対して、館の意向やキュレーションサポートがどのように働き相互作用が生まれたのかは、これだけではわからないことも多かったが、今展をきっかけに発生している吉崎さんとの交流は、彼らに時代を超えた視座を与えているはずだ。
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掲げたテーマ(要約すれば、「美大」のある場と比べて不利な現状においても、環境を前に進めるための機会を創出する)については、展示で深入りしているわけではなく、他校合同の尖っていたり閉塞感を打破したいメンバーが集まった学生選抜型グループ展の要素がメインだった。それでも自発的に他校合同でこの規模のグループ展をやること自体が札幌ではあまり多くない動向なので意義を感じるし、美術表現に真摯に向きあい、同時代の美術への関心も強め、という特徴が際立っていた。



まずその中でひとつ、展示テーマと作品を直接リンクさせている作品があった。武藤遥香さんの作品。(この作品は撮影禁止だったのでキャプションのみ。全作家のキャプションには、マスキングテープでの仮止め演出あり))IMG_0636

自身が普段制作の中心に捉えている、食とキャラクターを掛け合わせた絵画シリーズの小さな作品ひとつが台座に置かれ、その後ろの壁には、自身の学生生活の中で発生した、自作に関する大学教授や同級生との対話をベースにして一部脚色し匿名性を持たせたエピソードテキストと、自身が授業で書いた裸婦デッサンが並んでいた。

 書かれていた教授の指導内容は、端的に言えば表現の自由の否定であり、この現代においてなお、専門の美術教育現場でおぞましい指導が行われていることを認識できる内容だった。

 言われたことに悩みながら、徐々に教授の発言なんて間に受けなくても問題ないことを自覚し、本当に自分が描きたい作品を描くことの覚悟を表明したストーリー仕立てのインスタレーションだ。

 事実上、自身が受けた教育の告発にもなっている。他出展者と違って大学名を隠し、作品写真撮影を禁止にしていることからも、なるべく特定されたくない意図が漏れていた。でも、ここまで書くなら逆に堂々と見せててもよかったのではないか。

そしてこの作品が良い作品になっていたかと言われれば、体験の提示そのものが表現より前にでてきてる面もあり、またその体験は作者本人にとって今後もメインとなるテーマでもなさそうで、すでに乗り越えた問題でもあり、引っかかる部分はある。および、このような悪しき教育は一例であり、札幌全ての美術教育がこのレベルだとは思えない。悪印象に引っ張られすぎると、大学教育全般のみを仮想敵に設定しかねないので、そうではないはずだと注意もしつつ。小さな絵画作品は、イメージも筆致も繊細に作られており、このメインシリーズを単にもっと見たい。

 けれど、本来展示したいものを抑えてまで、(おそらく)今企画趣旨のために構想した作品形式にしてたのは武藤さんだけだった。企画を咀嚼し、体験なんでも作品に取り込もうとする姿勢を感じられたし、ゆえに象徴的な存在になっていた。


その他、特に注目した作家の作品をいくつかピックアップすると、
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平井柊哉さん(札幌大谷大学)は、札幌地下鉄の改札の写真と、札幌の地下鉄ホームにありそうな看板を、行先表示を消した上で再現し、縦に置き、最終電車が発車した後の「終了」の文字が点滅している作品。

聞いた話では彼の大学の卒展では、同じ作品をもっと広い空間の天井から吊るし、終了のブザーが繰り返しなっていたらしい。今回の作品は他作家と狭めの部屋を共有したためかスケールダウンした別バージョンとはいえ、しっかりした看板の造りから現れてくる都市の無慈悲と感情のミックスの巧さを感じた。

平井さんは同じテーマでもう一点大きめのシェイプトキャンバスの作品を出していたのだが、こちらは意図に対して造形の粗さが目立ったものの、意向の違った2作品を同時に展開する創作欲を強く感じた。

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森山美桜さん(札幌大谷大学)は、老いて篭っていく母と子のコミュニケーションを表出させたインスタレーション。

近年美術で扱われることが増えた福祉、ケアの問題にも関わるテーマ設定だ。部屋を訪ねてきた娘がチャイムを鳴らし、母に呼びかけるが、部屋の母からの応答はない。ドアの覗き穴から、娘の姿が見える。すりガラスの窓の向こうにも。そして娘は帰っていく。

ドアと窓は別作品のようだが、娘の移動が両作品でリンクしていた。部屋に閉じこもっているはずの母の視点を鑑賞者は共有することができ、その部屋の側が会場空間に開かれているので、実際に閉じこもって見えるのは外でチャイムをならす娘の方に感じられるという倒錯の表現が面白い。

ドアと窓の箱っぽい物体感が強調されすぎていたり(台座がそれをさらに強調する)、作品が壁から離れていて中の機械類が見えてしまっていたり、演出の工夫はまだまだできそうだった。普段は絵画メインで制作しているようで、今回は特定のメディアから離れた表現の実験でもあるのだろう。

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Rico Iwai×高須悠理さん(札幌市立大学)のサウンドインスタレーション。
コンセプトシート通り、特殊なスピーカーで可聴域外の水の音を水面に向け、振動による波を発生させ、その波にさらに光を当て壁に投射することで映像化させる作品。

ここでもまた部屋の制限がどうしてもあるせいなのか、水の波紋の見せ方をより美しく丁寧にすることで見応えが増幅しそうな内容だった。札幌でこのような傾向の作品が増えているように感じるのは、初回にカールステン・ニコライの作品があった札幌国際芸術祭からの影響も少なくなさそうだ。

いずれも設定した意図や欲求は明確で、現代社会の問題や、既存の芸術とのつながりを意識した上で、あらゆるメディアの可能性を試しながら、表現に挑戦していたように思う。全部は紹介できないが、皆そういうムードを共有していた。
(公式インスタアカウントがあるので、そのうち会場風景はここでみれるようになるのではないか。
https://www.instagram.com/nau.info?igsh=MTRscWltMmtsbXNn

展示全体の印象を引っ張っていたこれら個々作家の表現に良い感触をもちつつも、 やはり打ち出したテーマを掘り下げた展開を、もっと見てみたかったのも事実だ。
特に、仮想敵として設定しているであろう「美大」への視座や、「北海道の美術教育やアーティスト養成について見つめる場(クラファンの文言より抜粋)」という点については、ほぼ言及されていなかった。

例えば、展示全体を国内「美大」卒制の総本山的展示である五美大展と比べたら、何が浮かび上がってくるのだろうか。僕自身、五美大展を実見していないのでハッキリとは比較できないが、幾人かの知り合い美大生の活動や作品を比較対象にすると、まだその経験値差が感じられることも否めない。

また、事前の話題の拡がり方に比べ、展示そのものはまだ「開いたけど狭い」印象が残った。それは都市成分と地方成分が混ざり合い、ここでのみ完結するコミュニティが作れてしまう札幌で陥りがちな傾向なので、今後なんとか回避してほしい部分だ。近場の問題を、近場の人たちで共有して、近場の人たちで鑑賞しているのみでは、挨拶文の中でも想定していたような、人材・人口の流出先である「美大」への意識は、宙吊りにされたままだ。

実際、メンバー全員による五美大選抜展の現地調査は行ったのだろうか。本来なら卒業の1,2年前に実見しておくのがベストだろう。

想定する「美大」で何がどう作られているかを実見することで、同じ作り手同じ世代の自分たちとの差異が認識できるはずだ。圧倒的な実力差に挫折嫉妬するかもしれないし、同じ道具でもこんな使い方があるのかとか、似たテーマでもこんな表現方法があるのかと発見があるかもしれない。逆に、すごいコンプレックス感じていたけど、見てみたらそんな大差無かった、なんて気づきができるかもしれない。

すでにみんなで見に行っているのかもしれないが、その反映が展示からも直接感じることができれば、企画テーマにさらなる踏み込みができたのではないか。

五美大展鑑賞に限らず、同世代の五美大でも金沢でも京都でも名古屋でも海外でもいいから、内に限らない交流の機会を増やすことでわかることもあるだろう。展示イベントでそういう枠を作っても良かったと思う。

「北の美大展(仮)」を立ち上げる切実さは「美大」周りの人たちには意識しづらい。そもそもそんなことを普段意識する必要すらない中で、彼らが外からどのように羨望の眼差しで見られているかを知ることに、意味はある。
美大生にとっても「美大」を取り囲む権威や文脈に振り回される良し悪しもあるだろうし、違う視点を獲得できる有効性はどこも変わらないはずだ。
僕の思う札幌のいいところのひとつは、都会と地方の狭間、オリジナルとコピーの狭間で、自動的な俯瞰目線とプラグマティックな態度で、国内の状況を咀嚼できるところだ。そういう視点が「美大生」を批評的に捉え得る。


「北海道の美術教育やアーティスト養成について見つめる場」についても触れれば、
高校から大学に上がり、大抵は美術のことなどわからないままで、仮に最悪のケースとして先に取り上げた武藤さんの事例のような教育のみが与えられてしまったとしたら、手探りで自己流の方法論すら認められず、自分の信念を乗せた表現方法や主張に辿り着くための道筋を見出すのは困難だ。

 それとは別に、特に現代領域の、絵画、彫刻、インスタレーション領域の学習のためには、実物をたくさんみる体験がどうしても必要になってくるし、皆で言及・共有しやすく、優れているとされる実物作品は、遠く飛行機に乗った先にある。ものベースのファインアートを学ぶ上で、物理的な距離のハードルは構造問題でもある。 北海道にだって、いいものたくさんあるでしょう!?という意見もあるかもしれないが、それを内から気づくには、一度でも外目線を自身に課すことでようやく成り立ったりするものだ。

飛躍的に効率や認識や経験値を上げるためのジャンプの機会は、「美大」に比べて地方にいくほど限られる。どんな環境だろうと、自分自身でそこを超えていける能力や勘や運を持つ人もいるだろうが、そんなに多くはない。

 「北の美大展(仮)」メンバーが受けてきた美術教育は、そんなジャンプの機会を与えてくれる場としては機能していなかったのだろうか?展示されていた作品からは、上世代からの影響を感じるものもあったが、それが教育機関由来なのか判別は難しい。

 ただ確かに札幌周辺の大学主導で、開かれた美術の場を創出しようとする動きは、以前から大きくは感じない。もともと、札幌の土地柄として他者(他校)に関わっていく「おせっかい心」が全体的に弱いようにも思う。
一方で、SNS等では目立たなくても水面下で、機会の創出を意識して教育を行っている教授陣は少なからずいるだろう。僕自身がここで受けた教育でも体感してきた。

しかし結局展示内容からは、武藤さんの作品以外に実際の教育現場の多様な事例を知ることはできなかった。
教員にだって、財政難や人口減少の影響や、国の方針など、抗えない縛りと向き合いながら工夫を凝らさなければならない実状があるはずだが、怒るにしろ弁明するにしろ表に出てくる教員も今のところ見かけないので、よくわからない、というのが正直なところだ。その辺りが展示で可視化されていれば、問題がより明確になっただろう。

展覧会クレジットの協力欄には、多くの教育機関の名前が並んでいるし、教員の多くは「美大」を卒業している。後援には札幌市・教育委員会も入っている。まとめて関係者を引っ張り出して、対話の機会を作っても良かったのではないか。


とはいえ。
 それこそ学生のうちから、上記のようなことをあらかじめ意識し、実行するのはかなり難しいことも承知している。そもそも彼らは、多感な大学初年度あたりにコロナ禍にぶつかり、縦横の関係が断絶された世代であることも考慮すべきだろう。
なので、当然だが僕のすべての放言は、メンバーの今後の活動も見据えた上でのただの感想に過ぎない、と付け加えておく。

 ジャンプの機会を与えてくれる仲間や場に出会いやすくする場や仕組みが増えるほど、あらゆる可能性もまた開かれる。「美大」との格差の意識を縮められるような仕組み、あるいは差なんて関係なく独自の体系を作りどこよりも面白いことが生まれるような仕組みを、大学内外でも、自分たちでも実装しようとするならば、そこには希望がある。
 今展もすでに、その最初のきっかけの場として機能している。 


僕も同じ札幌、道教大修了生なので彼らの先輩にあたるのだが、学生時代はジャンプの機会を与えてくれる先生、先輩、組織に比較的恵まれていたと思う。アメリカと行き来しながらフルタイムアーティストとして活動してるアーティストの大井敏恭さんの大学の集中講義でチュートリアルを受けたりスタジオビジットに行けたり。道外の同世代の学生作家(当時造形大の先生だったアーティストのO JUNさんが札幌のFree Space PRAHAに持ち込んだ学生バトル展企画「アウトレンジ」に参加し、学生時代の梅津庸一さんや大田黒衣美さんとも一緒に展示できたりしてた。あれは衝撃的な経験だった)との交流もあった。学生として最も参照できるかつ情報が少ない例としては、「あけぼの美術企画」も挙げられる。卒業すぐの若い作家や学芸員が共に展示・企画・イベントを行い、若いアーティストの展示に限らず、野口里佳さんのアーティストトーク、高木正勝さんのライブイベントや小山登美夫さんのレクチャーまで行っていたのが印象に残っている。

強烈なアーティストの姿や生きざまを直接みることで、人はここまでの境地にいけるのか、、みたいなこともわかる。ネット上では掴みきれないことだ。


前記事でも書いたように、挙げればキリがないほど、現在に至るまで、札幌では新たな草の根芸術運動が現れては、続いたり無くなったりが繰り返されている。
しかし、多くの事例があるにも関わらず、具体的にどうやって企画を立ち上げ、メンバーを集め、予算を獲得し、ゲストを呼び、観客を集め、世間に理解を求め、政治に訴えかけ、その質を見極めてきたのか。そういったノウハウの共有、引き継ぎ意識は、まだまだ少ないと思う。また、失敗や反省の検証事例も少ない。

それらを怠ってきたのは、まさしく僕たち諸先輩方の責任が問われるところだと思う。


だから結局また繰り返しになるが、地方問題を前進させる方法論を皆で提示していくのがいいのだと思う。今回の展示を実現させた彼らだけでなく、この地で活動する皆の課題なのだ。

みんな仲良く、とまでは思わないが、あまりに不要な悪態と、それに便乗する若者という不毛さを、それなりに見てきた。派閥を飛び越えて活動してきた方々もたくさんいるのだろうが、そこに批評や質を保った関係が伴って続くのがベターだと思う。それぞれの立場は主張の違いはいいとしても、相手の現実的状況や考えを聞きもせずに、妄想レベルで攻撃批判するということはやめていきたい。そういう人に限ってファクトが大事とか言ったりもする。その自覚は難しい。自戒を込めて、せめて一旦、丁寧に状況把握した上で行動しようと思う。

最近はまさに、同時多発的に徐々にそういう動きがみられるし、良い感じの流れを感じるような気もしている。

そういう流れのエッジが「北の美大展(仮)」のメンバーなのだとすれば、彼らに伝えられることも、教わることも、たくさんあるのではないか。

卒業後の作家活動は、人によってはさらに長いものになる。今回集まったメンバーは今後もずっと問題意識を共有し、切磋琢磨が続く同士になっていくかもしれない。事実、僕も彼らと同じ頃に出会った地元作家との関係は今も続いている。そう考えれば、時間をかけて同じテーマをいくらでもアップデートしていける可能性を感じた。

途中からは僕自身にも向けた課題と主張になってしまったが、それを吐露させてくれた強いきっかけは、この「北の美大展(仮)」の一連の流れと、誰よりも愚直で詳細にレスポンスして問いをなげかけて拡散に一役買った美術家の佐藤拓実さんだ。若手作家が熱い地方、思わず中年作家も熱くなる。

美術家の佐藤拓実くんの、札幌の美大・卒制展・地方での活動に関するブログを読んだ。

卒業制作展の時期になると毎年思い出すこと こたつ島ブログ
https://kotatusima.hatenablog.com/entry/2025/02/08/卒業制作展の時期になると毎年思い出すこと


渾身の論にまず敬意。
前提の美大あれこれ地方むずむず、および合同学生展の有意義さ、おおむね同意です。


追記すれば、後ろめたさも嫉妬もなく、
・クラファンで他者からお金を集める目的が、自己表現の集合展開催のためになっていること。
・市立美術館を会場に設定していること。(五美大展会場の国立新美はアートセンター)
この2点は、自己顕示に権威構造を利用する意図を内包してて(それでも良いと思う)、ならば発信と同時に作品の質が問われる・問うていくことはむしろ必要なのでは?と僕は思いました。これも、マッチョさの無理強いかつ現実から目を逸らす方便、を表明しているに過ぎないのかな。


またそのアプローチは、地元作家主導ベースで言えば70年代-90年代くらいの世代がやっていたグループ展での発信スタイルに重なってみえます。
その次世代、僕も学生の頃からよく行ってたPRAHAやテンポラリースペースやCAIやS-AIRなど色々な民間組織が批評的におそらく今の彼らと同時期くらいに始めたことは、作品発表だけが必ずしもメインではなく、より広めに設定した芸術のオルタナティブ場で、内外の人や知識の出入りを増やすことでインフラを作り、そこでの教育的機能によって質の意識を地元から変容させる役割を引き受けてました。いずれも、常にどうにもならん地域状況に対するヤケクソ感もあったんじゃないか。ここでのああいう実践、めちゃ凄いことだと思います。


さらに次世代の我々が意識すべきは、
全部じゃないと思うがそれらの場が現在からみればハラスメントの温床になりがちだったこと(いまはもうないあそことかあそことかヤバかったと聞く)や、派閥意識強めで下世代にも影響を与えていたこと、そういう問題も含めて、場を継続する中で自分らの仕組みの中に必ず生まれてしまう逃れられない権威の構造を自覚して咀嚼すること。
そして良い部分を引き継いで自分たちの活動する場=札幌の美術環境を自分たちで良くしていくこと。お金確保すること。(ほんと金ない。)


その頃から現在まで継続する組織だって今もその辺ずっと試され続けているだろうし、
後にも定期的に新しい動きが起こり続き、そういう流れのエッジのひとつが今回の展示だと思うし、
色々踏まえて今、naebono art studioの運営に関わってる自分がまさに、自身に対しては作品の質重視(それもマッチョ?マッチョて言葉の意味、最近インフレしすぎじゃない?)で、スタジオコミュニティに関しては上記の反省を反映させながら場づくりをやってるつもりで、向いてないながら試行錯誤の繰り返しです。


それぞれやれることはやってきて今があるけど、全体問題の更新は牛歩。
そこ改善するには、小さいコミュニティが時に敵対意識まで持ちながら各々勝手にやってるような状況から、もう少しだけでも世代やイデオロギーを超えて、アーティストだけでなく教育機関も美術館も支援組織も企画者もギャラリーも書き手もオルタナも学生も行政も、この場をより良くしていきたいと思う皆で都度問題点の共有や引き継ぎを意識したり対話しようと試みること。札幌が特になのか他地方も同じなのかはわからないけど、僕含めみんなそこ不得意な気がします。
でも最近は、同時多発的に徐々にそういう動きがみられるし、良い感じの流れがきてるような気もします。


どの世代も同じ壁にぶつかり、それを遠くの人らがフォークロア的まなざしで消費しようとしてきたり、いちいちムカムカもがきながら、この地に根を張ることを選択して、場を繋いでいくことは、ここでやるからこその創造行為だと受け止めたい。


ということで、学生合同卒展の枠組み自体は今後も続いて欲しいし、「北の美大展(仮)」見に行ってみようと思います。


そういえば佐藤くんについては「塔を下から組む」展の時にも書いた気がするが、
彼は純粋に美術表現について向き合っているし、発表したものに対して何度も、何でもいいから感想が欲しい!みたいな表明してるので、
ああ、そうだよな、、、地方での反応の少なさもまた辛いよな、、、と思って、
ついレスポンスしてしまうのである。

ーーーーー
※追記
(Facebookで同文を載せたところ、クラファンと美術館会場への視点に対して質問があったのでその回答も追記する。)

これもまあ主観に過ぎないけれど、
僕は、美術館にはちゃんと権威であって欲しい。つまり、できうる限り本気の常設と企画で良い作品が鑑賞できて思考を揺さぶられる場であって欲しい。そのぶん、何を見せるかはシビアに選別して欲しい。
そういう美術館だから好きだし憧れもあります。抗い甲斐だってあるはず。


となると、美術館が学生展を開催することにそれなりの抵抗感は生まれます。
ひとつ後知りの事実があって、今回の企画は本郷の貸館利用公募に応募したと聞きました。であれば、企画応募に何も違和感はない。そもそも何で貸館枠の仕組みが採用されてるのかはよくわからんのでそこは何も言えず、美術館のジャッジを問える部分でもあります。
とはいえ、やはり美術館展である以上なるべく質の高いものを求めるのは、僕としては当然です。入場料も払わされるし。市民ギャラリーやSCARTSコートを借りて無料でやる有志展示とは前提が異なります。
(ちなみに国立新美術館は英記でTHE NATIONAL ART CENTER, TOKYO、サイトでも自らを美術館ではなくアートセンターと定義してます。それは団体公募展の貸館業務がメインでコレクションを持っておらず、美術博物館の定義と異なるからだと思います。本郷は美術館なので、公募でも出す側選ぶ側のシビアさはあってほしい。)


またクラファン×SNSの掛け合わせ構造って、時に危うさも感じます。そこに「美大がない」という誤読を多発させるキラーワードを投下するって、たとえ修正しててもけっこう時間経ってからのようだし、かなりマズかったと思うんです。お金で応援する人の気持ちをある意味騙してることにもなるから。ここは意図せず発生してしまった権威(悲惨な自分たちの過演出)の悪用と感じてます。ただ修正が入ったことは、自分たちで気づいたのか誰かが指摘したのかわかんないけど、反省の表明だと思うので、学生ゆえの失敗と思えばそれで良いとも思います。だから作品だけでなくその企画文言の質を問うていく必要もあると思います。


で、地方の現実的デメリットは、前述したように学生どころか、40代50代と時を経ても、何ならより色濃くまとわりつくものでしょう。全世代同じ問題を抱えてて、今回の学生の皆さんもここにいる限りこれからずーっと向き合わなければならない。てことは、実状をアピールしたことに一定の意義はあれど、企画展のテーマとしては、特別なものではない。となると、実質の企画内容自体は、尖っている学生仲間の有志作品展、なのでは。


そうなると、まずは作品の質くらい問われないと、美術館と支援者と表現者みんなで、批評が無い無いと言いながら批評を受ける準備はできてない地域のユルさを再生産するだけになっちゃうのでは?と。

(見てきた感想に続く)

自分にとっての芸術の原理とは。

自分が心奪われてきた芸術体験と、いま一度向き合って潜らねば、とか今年は考えていた気がする。

子どもがいま3歳半。この3年で、ひとがどのように世界を受け入れていくのかを家族として観察した。僕の最初期の記憶が2.3歳頃からなので、それ以前のことを子を通してそれなりに理解した。

3歳までは、毎日の生活と芸術体験との大きな違いはなかった(というか世界を知覚することが全時間の全て)と思うが、物凄い観察能力と様々な物事に出会った際の反応差、食べることと遊ぶことの嗜好の中に、芸術体験の原液のような感触はある気がする。

言葉の習得には関係するんだろうか。言葉が世界を規定していく。言葉が、もの、こと、人のこころ、とつながっていく。理解のスピードと習得のパターンの多様さにはもうついていけない。線や色も理解して、それらもすでに言葉とつながっている。

言葉の基本が整った最近になって、かっこいいとかかわいいとかおもしろいとか、そういう反応を記号的かもしれないが使えるようになってきた。

驚いたのが、何かの拍子でダリの記憶の固執を見せたら、息子がこんな反応をした。

「このとけいどうなってんの?木にぶらさがってるね なんで?ここにもなんかぶらさがってるね。テーブルにもあるね。青いこおりの色みたいだね。あまいのかなあ?ありさんきてるし。ひとの手(絵の真ん中の有機体が手にみえるらしい)がはずれてるみたいだね。手にものってるね(時計が)。台もあるね。」

あれ、もしや絵を鑑賞する準備は整っているのか?生活と芸術に区切れが現れつつあるのかも、いつの間に?いや、描かれた事象の説明ができたり不思議を感じる程度では、それが芸術体験というにはまだ足りないし、そういう感じではなかったように思う。

僕の自意識レベルでの芸術の最初の原体験はハッキリとふたつ。

ひとつは3歳近辺で、UFOをみたこと。別に超常現象を信じたり、ムーを熟読してたわけでもないがこれ本当。今となっては現実だったのか、もしかして夢だったのかあやふやだけど、かなり具体的にその情景が脳の奥底に焼きついてる。

もうひとつは4歳、スーパーマリオブラザーズに触れたこと。細部にいたる世界観全てに魅了され、ひたすら没入した。シュールレアリスムに触れたのはマリオが最初だったと思っている。

どちらも、現実を飛び越えてるかつ、その魅力(=美?)に堕ちちゃう感じ。言葉以前に、強烈なわけわからなさがあった。それをまだ他人にはうまく伝えられなかった。(言葉で芸術を語ったり、体験を自ら生み出すのはかなり後だったように思う)

自分がそれを体験した年齢に、そろそろ子が重なってきている。もし彼にもそういう原体験がこれから訪れるなら、それを見逃さずにいたい。

しかしそんな自分の原体験はもはや遠く、40代にもなれば、現実の感じ方や受け入れ方における段階の変化を自覚するようになったり、芸術に関わって積もってきた諸々が役立ったり邪魔だったり思うようになってくる。

それでもまだ、今の状況を基として、強烈なわけわからなさをたぐり寄せることができるか、そこに集中したいと思ったところで、

みなさま、よいお年を!

山本雄基 個展
交錯情景
Humarish Club 藝術空間 (澳門路氹溜冰路澳門葡京人L01樓H853 Fun Factory 娛樂廠R68號舖)
2024年11月22日ー2025年 1月5日
12 : 00 – 20 : 00
http://www.humarish.com


5th Anniversary Exhibition
「都市と自然/Urban and Nature」
OIL by 美術手帖ギャラリー(渋谷PARCO2F)
Part1:2024年11月15日(金)〜28日(木)
Part2:2024年12月1日(日)〜16日(月)
11:00〜21:00
会期中無休
Part2会期に、新作2点出展してますのでぜひご覧ください。
https://oil-gallery.bijutsutecho.com

ーーーーーーー

年末感漂うなか、2つの展示が動いております。
今年は美術市場の不況のアオリがここにまで届いているのか、超赤字ではありますが、
そもそもフルタイム決め込んだ時点で、そんな可能性は承知の上でやってるので活動あるのみ。
幸い作品の内容には満足できてるし、展示もいい感じに決まっていると思う。
、、、とはいえやっぱりシビア!
行ったひとほぼ全員絶賛してる国立新美の荒川ナッシュ医、
見ときたかったけど飛行機チケット買う余裕ないっすわ。

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マカオ行ってきた雑感
・カジノホテルの規模、遠くからも目立つ独特のネオン看板夜景、地下鉄ないからタクシー移動増えがち。

・香港からの移動でも毎回パスポートチェックがある。

・まだコンテンポラリーアートのギャラリーやシーンはほぼ無くて、これからその基盤を作っていこうとしているらしい。

・30歳以下の若者世代やアーティストと話した感じ、マカオは街が狭く、思春期には退屈を感じ、進学で外へ出ることを考える。しかし中国はしかしマカオとは全然違う文化なので選択肢になりにくく、香港も最近の諸事情でなかなかシビア、それで英語などを積極的に覚えるのだと。なんとかして海外の大学を狙いたい若者が少なくないらしい。皆、2.3ヶ国語はペラペラで、コミュニケーション力も高く、しっかりしている。日本文化への親しみは強く、ドラえもんやちびまる子ちゃん、ドラゴンボールはTVで見て育ち、リアルタイムで漫画も読み、jpopもリアルタイムで受信してきたらしい。

・マカオと香港は街のマインドがかなり違くらしく、香港は中国と元々敵対的な構造で、返還前から本土を見下してる風潮もあったが、中国経済が上に向いてからは逆に上手に出られたり、返還後のさらなる関係悪化とはよく知られているところ。実際半日香港にも行ってみたけど、明らかに西洋人の比率が減っている。
一方マカオは昔から賭博特別地域のため、もともと中国からの観光客も多く、強いステークホルダーファミリーもいて、経済もほぼそのファミリーが握ってる関係からか、中国とのバランスの取り方が香港よりは安定している。うまいこと自由は確保できつつ、でもマカオだけでは街の規模も小さくて結局すぐつまんなくなるし、GDPが高すぎて住んでるだけで年間10万超のお金が支給されるという羨ましい話もありつつ、悩ましい部分も多々あると。


・タイパエリアの超人工的空間の連続(カジノホテルと巨大モールとがずーっと繋がってる。そういうのがたくさん並んでる)にだいぶ酔った。その真ん中にチームラボ美術館があって、どれ一度くらいは、、、と体感してみたら、更に酔った。


、、、など色々聞いたけど、台湾や香港などと共に、中国の影響力の大きさとそこからくる生活意識みたいな根本がやっぱりそれぞれ違いながらもあり、
その上で日本を考えてみると、これまただいぶ違うものだ、と実感する。

飛行機の中で読んだ、原田マハの「楽園のカンヴァス」、面白かった。
なるほどこういう美術の面白さへの導入もあるのか、、、それこそビジネスマンのためのアート!アート思考を身につける!系の本よりも、身に付く知識としても態度としてももしかしたら有効なのではないかな、、、

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パルコ渋谷のOIL by 美術手帖での展示は、「都市と自然」と題したグループ展で、
僕は自然のグループに入っている。企画の方になんで自作が自然?と聞けば、
乱数を作品に使っているからとのこと。赤瀬川原平がどこかで乱数と自然の関係について書いていたという話も。
そういう誘われ方、嬉しいですね。

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livedoorブログ、スマホでみると本当に不快な広告がデカデカと表示されて嫌すぎる。運営に言っても意味ない。前も書いたかな?
そもそももはやほぼ書いてないし見る人もどこにいるのやらという状況ではありますが、
PCで見ること推奨します。

7月13日から大阪のN projectで個展があります!
初大阪展示、新作16点あります。
山本雄基「Duality」
2024. 7/13(土)-8/2(金)
月-金10:00-17:00、土11:00-18:00、
日祝休廊
※初日作家在廊
N project
〒530-0047 大阪市北区西天満5-8-8 2F
ーーーーーー
N project、似た感じの名前の場所もチラホラ思い浮かびますが、昨年からスタートした新しいギャラリーです。
Nは東京でグイグイ拡張してるNUKAGAのNで、大阪のここはまた別ラインで展開しているようです。
大阪での展示は初めてで馴染みないエリアなんですが、なくなった祖父母が戦後大阪から北海道に移住したひとたちで、ずっとありがとうを「おおきに」と言ってたり、関西弁は意外と遠いものではありません。そんなわけでなんとなく気になる場所ではあったので、嬉しいです。
会期中は中之島美とか国立国際でも話題の展示やってたりアート大阪とかもあるので、遠方の方もこの機会にいかがでしょうか。
まだ知り合いも多くないエリアなので、お近くの皆さま、ぜひお誘いの合わせの上、ご覧くださいませ!!!

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「ファンダメンタルズ フェス(2021-2023)」

会期:
2023年12⽉16⽇(⼟)〜27⽇(⽔) 10:00-17:00

会場:

メイン会場|東京⼤学駒場博物館(東京都⽬⿊区駒場3-8-1 東京⼤学駒場キャンパス内)

交流会場*|東京⼤学駒場⼩空間(同上)

*交流会場は要申込。26⽇(⽕)・27⽇(⽔)の2⽇間15:30-17:30のみ。

申込:https://forms.gle/T6bTxZqHHuaZ2ihP9 (〆切12⽉25⽇17時)


⼊場:無料

主催 : ファンダメンタルズ プログラム

共催:東京⼤学 ⼤学院総合⽂化研究科・教養学部 駒場博物館

科学技術広報研究会 (JACST) 隣接領域と連携した広報業務部会

東京⼤学国際⾼等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

助成:公益財団法⼈東京都歴史⽂化財団 アーツカウンシル東京【芸術⽂化魅⼒創出助成】

公益財団法⼈ ⼩笠原敏晶記念財団

協⼒:東京造形⼤学

協賛:特定⾮営利活動法⼈ミラツク

僕は、数学者の巴山竜来さんとのペア名義の新作絵画などを展示します。
3DCGUVプリントでキャンバス絵画にする実験や、個人名義の小作もひとつ並べました。 


#詳細はファンダメンタルズのウェブページをご覧下さい。

https://www.fundamentalz.jp/post/20231216-fzfestival


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5月に参加した、ファンダメンタルズフェスmini2022+1(メタバース)
このイベント内でトークイベントがあったのですが、
期間限定で録画の再公開が始まりました。 僕が話したのは
For Beginners—極私的 同時代ならこの3つ 絵画篇|山本雄基(絵画)
<https://www.youtube.com/watch?v=GHIKgMNnBPc&list=PLKRTUvcRJ1zkKb08o0Ichz3lnZTpQCe7h 

というやつです。
内容は、Laura Owens & 岡崎乾二郎 & 宮本茂、を繋げて話してみました。
時間配分とか語り構成とか一部音声途切れるなど反省も多いけど、
ビギナー向けという前提条件も考慮しつつ注目点とか3つの順番など構成を練って実験心を盛り込んだつもりです!

以下、トーク用に書いたたたき台
ーーーーーーーーーーーー

1人目Laura Owens

1970年生
なんで選んだかというと、作品のバリエーションが多くてカラフル、視覚的に楽しめる要素が多く入りやすい、同時に同時代の感覚がよくわかる、21世紀の画家のモデルになる1人だと思ったから。

・デジタルネイティブ
・フェミニズム
・塗りの多技術

ロサンゼルス現代美術館(MOCA)のアーカイブがサイズ感わかりやすい
https://www.moca.org/exhibition/laura-owens-2


ホイットニー美術館のサイトには作品解説も。
https://whitney.org/exhibitions/laura-owens



https://www.owenslaura.com/piece/lo-187/?e=1276

(さる)


初期作品

・かわいい 色も描かれている世界も絵本のような

・塗りの多様さ 薄塗りから厚塗りまで混在

・もっけいからのサンプリング 長谷川等伯とか

観音猿鶴図174.2 cm x 98.8 cm 大徳寺 13世紀


https://www.owenslaura.com/piece/lo-025/?e=1276

Untitled,
1997, Acrylic and modeling paste on canvas, 96 x 120 inches

(カモメ)
 

いろいろあるけどこの初期作品もピックアップ

シンプルで


https://www.owenslaura.com/piece/lo-567/?e=1276

(新聞)


Untitled,
2015, Acrylic, oil, Flashe, and screen printing ink on linen,
108 x 84 inches


家の屋根裏にあった昔の新聞の版を使った。たまたま戦時中の時期の新聞。
現在のツールのイメージや典型的な筆跡との合わせ技。


触覚を誘発してくる。

イメージの突拍子ない合わせ方、引用の幅の広さ。

もっけい、ロートレック、ブラシツール、gif、


それらを大きな画面に描く際の的確さ。

ただイメージを描けば良いのではない。
イメージが絵具の扱いそれ自体とマッチしてて魅力的に映っていたら、僕はびっくりして画面を見続けてしまう。



これだけ作風がばらついている作家でも、何枚も見ていると、誰の作品かなんとなくわかるようになってくる。

文字を見たら誰の字かわかる感覚ってある。ああいうパーソナリティを、絵画も持っている。




2人目

岡崎乾二郎

1955年生
私は抽象画を描いているので、さらに抽象よりの話をしてみたい。

ゴリゴリの抽象画の部類に入る、岡崎乾二郎さんの作品を。

なぜ選んだかというと、ファンダメンタルズを知ったきっかけが初年度の岡崎さんのトークだったこと。抽象画を考える上で僕自身が大きな影響を受けたこと。実際の小さい作品を持っているから説明しやすい。




いろんな作品シリーズの中で、今度は小さいサイズの「ゼロサムネイル」シリーズを見てみる。

https://kenjirookazaki.com/jpn/works



https://kenjirookazaki.com/jpn/works/2014-020

右と左の距たり(たましいは相も変わらず)

2014│アクリル、カンヴァス│24.5×16.5×2.9cm



「Painting」→ 塗りの芸術 ペタペタした感じ

塗り自体が特徴的な、手持ちの作品をライブでみてみる。


触感がすごい。


真ん中でエリアが違うな→色と筆の境界がある

でもどちらにも現れる色の筋があったり

ハジからハジまで伸びてる痕跡が下の層に隠れていたり

透明な下塗りも右左では共通していたり


額みたいなのがなんで上だけ見えてるの?

上だけあることで逆に存在感がある。絵の構図の一部に。非対称。

裏にまで回り込んでる。額というか台座のようでもある。そうすると絵がオブジェにも見えてくる。

一つの木から切り出している。→継ぎ目がないこだわり、安易な造形を避けているような。


左下から2列目、オレンジがめくれているように見えるのどうやってるの?

なまじ絵描きなので、どんな粘度の絵の具をどう塗るとこうなる、というのがある程度はわかるが、この作品はそれがトリッキー。


こう見てると、モチーフがなくても、気になるところがたくさん出てくる。痕跡自体がモチーフの代わりになっているとも言える。

パズルのように考えられるが、解けてスッキリというものでもなく、謎が何周もループする面白さがある。


分断の構造を揺るがすようなアプローチ。現実で分断を感じた時にもフィードバックできそう。


目で触る。視触覚という造語り。



なので、実物の前に立たないとなかなか絵の鑑賞体験を伝えるのは難しい。

今日扱う3つとも自分で直接体験してるものに限っている。



何度も修正したり重ねたり探って探って描いていくと、余計な筆跡が残ったり、絵具のダマができたり、もたついて見える。その葛藤がそのままイメージとマッチすればいいけれど、オーウェンズや岡崎の作品はおそらく、イメージに関しては、そういうもたつきが画面にもしあったらかなり邪魔な要素になる。


抽象画 見覚えのあるモチーフが手がかりにならない→何を描いてるかわからなくて難しく感じる要因の一つ。


わからなくても「色が綺麗だね」などは一つの乗り越え方。


しかし、虹とか夕焼け、宝石とか、色が綺麗なものは世の中にたくさんあるので、それ以上の何かを見出したいと僕は思ってしまう。その際に、まずは画面で起こっている状態を観察するように見ていく。事実がある程度揃ってから、作られたものの周辺の情報や、主観的な判断を加えていく。



3人目

スーパーマリオブラザーズ(1985)任天堂

ディレクターは宮本茂 1952生
 

やはり僕が最も尊敬するアーティストの1人。 

絵画と言っていいのか微妙なラインだが、絵画的な要素はたくさんあるということと、僕の幼少期に人の創造物で最も衝撃的だった作品ということで選ぶ。あと今映画も話題になってるので。スーパーマリオブラザーズ。マリオを絵として(アニメ表現)としてみてみる。


プレイ動画を見る。

ハテナブロックの立体感と点滅。

ブロックの採用 抽象的アプローチの象徴。

ハテナ

→上から叩くと一度だけバウンドする バネのように→硬いけど謎の質感がある 四隅に成形の窪みあとと、ハテナ記号の立体感→3の謎背景に応用


レンガブロック

→スーパーマリオになると壊せる→少し柔らかい


クリボー
→しいたけ、上からふむと「モフ」とつぶれる→柔らかい


メット、キラー→
ファイヤが効かない、硬い、鉄、光沢


硬度や質感の見立ての表現で触感を与える。

絵の抽象度というか記号度合いが高いので、その分フィクションとしての触覚表現が機能しやすい。


可塑性の話で一貫できる?


事実を細かく感知していくこと、そこから得られたことから分析していく 美術と科学も似てる?


美術は自由に楽しむというイメージが強すぎて、もちろん自由にみてもいいけど、自分の体験を元にすれば、自由にみているだけではめちゃくちゃ曲解したり、美術の面白さにここまでハマらなかったと思う。

 

最近立て続けに2本、ウェブ上でインタビュー&対談が公開されました。

ひとつめが、絵具ブランドのゴールデン公式ウェブサイトのアーティストインタビューです。
販売元のホルベインさんには以前からスカラシップや特注メディウムなどいろいろ助けていただいているのですが、今回また担当の方にわざわざ札幌のスタジオまでお越しいただき3時間話した内容をまとめていただけました。ありがたいです。
主にどうやって美術の世界に入り込んで、画家になったのかを結構細かく話しています。
https://www.goldenpaints.jp/blog/vol5/


ふたつめが、ウェブ版美術手帖のアーティスト対談企画、DIAROGUE for ART Vol.14です。
以前グループ展でご一緒させて頂いた、画家の牧田愛さんとお互いの絵画について話しました。対談したのは半年くらい前で、牧田さんのスタジオで行われたので、スタジオビジットとしても面白かったし、記事になっている3倍くらい話したので、公開部分はもちろん、PCプログラムの活用方法や幼少期体験まで使われなかった話題まで盛り上がりました。記事の最後にOILby美術手帖での新作販売リンクもありますので合わせてご覧ください。
https://bijutsutecho.com/magazine/interview/oil/26795 

どちらも誰がどのくらい読まれているのか全然予想もつかないので、
もし目を通していただけたら会った時にでも感想聞かせてください!! 

なえぼのアートスタジオの今村育子、進藤冬華、山本雄基3人が、
北海道アートフォーラムで北海道立近代美術館のリニューアルに関するインタビューを受けました。
記事はこちら↓ 
ちなみに北海道教育委員会が4月8日(土)までこの近代美術館リニューアルについてパブリックコメントを募集しています。インタビューをたたき台に、何か思われた方はご投稿を。
https://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/bnh/kinbirenewalpubcom.html?fbclid=IwAR3rhbVoFpNnEo0fz12PPkv7o4XenoBp-jlupm_rFcnSwYSrkJ95-nEZ7z0


以上について余談:

インタビューを受けたものの、これがどこの誰に届くべきなのか、届いたら何か変わるのか、
イマイチわからないのが正直なところ。

道近美、そもそも近年は配管の老朽化で水漏れして工事したけどまた漏れるとか、収蔵庫がパンパンで展示室の一部を収蔵庫代わりにしているとか、満身創痍な話が多い。
これはもう、文化にお金を回す余裕がない北海道という自治体自体の構造問題であって、国の意向な気もする。さらに飛躍すれば、日本の地理的な条件(南北に長い、島で別れている、気温と雪、周辺国との位置関係)からくるある程度の必然なのかもしれない。
誰かから見れば、北海道は北の果ての辺境、田舎、外地。札幌は190万人規模の大都市であっても、その辺境属性から外れることはない。「早くこの土地から出ちゃった方が良い仕事ができる」なんて話もずっと前から度々聞こえてくるし、認めざるをえないという実感もある。

だとすれば結局何を言おうと何をしようと、大きなことは変えられない。
美術家だけでなく学芸員にとっても不憫な環境で、どうしよもないのかもしれないが、
それにしたって、ただ諦めて何も言わずに、自分の好きなことをやってればいいのかと言われれば、それも何だかつまらないし。

そういう場所で美術作家をやっていることの意味や、そういう場所だから考えられることやもがくことに、僕は興味もある。自分自身、美術や文化の面白さや、自分にとって無くてはならないものだと知ることができたのは、札幌で専門教育を受けたことによる部分が大きいからだ。
 

サッポロパラレルミュージアム2023が始まりました。
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ファンダメンタルズ プログラムでペア進行中の山本雄基+巴山竜来 名義での出展。
作品は、札幌駅すぐ近く、北3西3ヒューリック札幌建替計画(仮囲い)にあります。3DCGで作ったイメージを、3m×10mの大きさで屋外にプリントしています。
webでのみ鑑賞可能な作品もサイト公開されました。 P Cならカーソル、スマホならタッチでゆっくり色や残像が変わるリアルタイムCGの作品なので、お試しください。
( Mac版 SafariだとmacOS Montery以降でのみ動作するので、それ以前の環境の場合他ブラウザをお使いください。)

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コラボレーション作品も3DCGでの発表も初めての試みだったので、驚きの連続でおもしろかったです。関係者の皆さま貴重な機会をありがとうございました。
Sapporo Parallel Museum 2023
2023年2月4日㈯ ―2月12日㈰
11:30-19:30
会場|赤れんが テラス(5F テラス計画)、大丸札幌店(1F・6F)、札幌駅前通地下歩行空間(憩いの空間/北1東)、sitatte sapporo(B1F ステップガーデン)、ヒューリック札幌建替計画(仮囲い)
出展作家|大橋鉄郎、沼田侑香、藤倉麻子、山下拓也、山本雄基+巴山竜来
主催|札幌駅前通地区活性化委員会
ディレクション| 札幌駅前通まちづくり株式会社、
〈共同企画〉 一般社団法人PROJECTA
〈コーディネート〉 CAI03
助成|令和4年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業
特別協力|さっぽろ雪まつり実行委員会、札幌駅前通振興会
協力|ファンダメンタルズプログラム、有楽町アートアーバニズム「YAU」、NEVER MIND THE BOOKS

ギャラリートークのゲスト、Schwanenbergerさんのご厚意で、特別にドイツ電子シンクロトロンの加速器見学をさせてもらうことに!!今はもう稼働してないけど、グルーオンが発見された加速器とのこと。ハンブルク郊外にあったんだ、、。メカメカしさが剥き出しになってる感じが70sで感激。コイルをグルグル巻きにした機械とか、アルミホイルでカバーして少しでも温度を下げるとか、アナログDIYな試行錯誤がそのまま残ってる。

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オープニングにたくさんお客さん来てくれて良かった。
今年は過去イチで制作ペースがキツく子育ても重なって、これ以上やるとマズいなという限界ラインがみえた感じがあったが、この展示でようやくピークを抜けた。
そのせいかドイツではいつものように美術館ギャラリー漬けというモードではなく、ゆっくり歩いたりしている。

昨年度まで僕は、札幌文化芸術未来会議のメンバーとして色々ディスカッションしてきたのですが、未来会議の働きかけによって今年度から芸術従事者の方々向けに、札幌市の新しい助成金制度「札幌市文化芸術創造活動支援事業」が生まれました。

その仕組みは、札幌市が専門性の高い中間支援団体を公募し、審査に通った中間支援団体がそれぞれの方法で、芸術従事者向けの助成金を分配するというものです。

先日、その中間支援団体4組が採択されました。
市のウェブサイトにも公開されていますが、
(市サイト↓)

4団体はそれぞれ、
○一般社団法人AISプランニング ​

○HAUS(Hokkaido Artists Union Studies)​

○一般社団法人PROJECTA​
※2022年9月1日公募開始予定​

○公益財団法人北海道演劇財団​
※2022年9月1日公募開始予定

となっており、AISとHAUSはすでに公募を開始しています(上記リンク参照)。


この事業は、札幌市で芸術活動に携わっている市民からのアンケート結果を反映させて生まれたものです。現場の声が反映されているので、従来の助成システムよりも当事者が応募しやすく使いやすい形式になってると思います。
なので、コロナ禍で困っているたくさんの芸術従事者の方々に情報が届いて、応募していただければ、会議で色々言ってきた1人としても嬉しいので、関係する皆様にもどんどん情報を拡散していただけるとありがたいです。


初年度の試みでまだ認知度が低いこともあり、
8月31日、次の水曜日に、
助成プログラムについても合同説明会が急遽開催されるようです。​

オンラインでも視聴可能、
現地に行くと個別相談などもできるようです。​
以下、合同説明会のお知らせを転載します。​
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「札幌市文化芸術創造活動」中間支援団体による​
【助成プログラムの合同説明会&相談会】開催!​
あなたにピッタリな助成金がきっとある! ​
今年、札幌市は新たな発想に基づいた「文化芸術の助成プログラム」をスタートしました。民間の4つの中間支援団体が文化芸術活動の現場の皆さんの声に耳を傾けて、札幌の実情に応じた「助成プログラム」を実施するものです。​
そこで、8月から募集が始まった、「文化芸術の中間支援組織」それぞれの助成プログラムの全てを知っていただきたく、担当者が皆さんに直接紹介する機会を用意させていただきました。​
札幌を拠点に活動している民間の中間支援団体が考えた助成プログラムは、行政の既存の助成金事業と何が、どのように、違うのでしょうか。​
各団体が助成プログラムの目的や期待する効果等の違いを説明しますので、ぜひ会場に足を運んでみてください。あなたにピッタリな助成金がきっと見つかります!​
なお、中間支援団体の担当者と話せるブースもありますので、個別相談できる絶好の機会です。どうぞお気軽にご参加ください。​
‣プログラム ​
18:30〜18:40 「札幌市文化芸術創造活動支援事業」とは​
18:40〜19:40 「北海道演劇財団」、「AISプランニング」、  ​
       「HAUS」、「PROJECTA」の助成プログラム紹介 ​
19:40〜20:00  質疑応答(対面参加者限定)​
20:00〜20:30  個別相談(対面参加者限定)​
*説明会開催時の質疑応答の内容については各団体のHPにて後日公開します。​
‣日時:2022年8月31日(水)18時30分〜20時30分(終了予定)​
‣会場:国立大学法人 北海道教育大学札幌駅前サテライト教室1​
   (札幌市中央区北5条西5丁目7 sapporo 55, 4階)​
‣参加方法:ハイブリッド(対面・オンライン)​
 *当日はYouTubeでライブ動画配信を行いますが、アーカイブ配信を後日視聴することも可能です。​
 *開催前日までに、当日視聴用のURLをメールでお届けします。​
‣主催:北海道教育大学岩見沢校芸術文化政策研究室、一般社団法人AISプランニング、一般社団法人PROJECTA、Hokkaido Artists Union Studies(HAUS)、公益財団法人北海道演劇財団​
‣お問合せ:min.jinkyung@i.hokkyodai.ac.jp(北海道教育大学・閔 鎭京)​
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ファンダメンタルズ
という、科学者とアーティストが対話をするプロジェクトに今年度参加しています。
https://www.fundamentalz.jp

それで先日、科学者とアーティストの直接の対話の場となる、ファンダメンタルズバザールというイベントに参加するため東京へ。
自己プレゼンが20分。参加科学者の中で僕との興味関心に共通性のあった宇宙論の難波亮さん、神経科学/計算論的音楽学の大黒達也さん、それぞれと40分ずつ対話。
数学者の巴山竜来さん&哲学者の桑原俊介さんとの3人90分対話。
自身の対話パートがない時は他参加者のプレゼン対話を傍聴、といった具合に2日間みっちり対話がつづきました。
今まで話す相手が少なすぎてただ溜めるだけだった科学トピックの領域が開けそうでかなり高揚しました。見えない事象をみる感度をビシビシあげていきたい。

今回のイベントはいわばお見合いのようなものでまだこれスタート地点、ここから希望ペアを要望し、ペアが成立した場合、交流を一年続けることが本編となります。
反省メモとして、、
・数学者×哲学者×美術家のとき、モンドリアンの話がでてかなり雑に流してしまってたなと考えている。方眼と黒線の一マスずらしテクとか、ブロードウェイブギウギの読みきれない多数の揺らぎ要素などから、デジタルやコンピュータとの比較ならモンドリアンはむしろあまり適してないかも、などと投げてみたかった。
・自分への質問回答に必死で、こちらからの質問が減り気味になってしまった。もっと聞きたいことがたくさんあったのに。

というわけで、その対話を録画した、
「ファンダメンタルズ バザール一般公開2022」がyoutubeで限定公開されました。
2日間限定で、哲学者を媒介とした、科学者とアーティストの対話6篇を配信しています。
僕が参加した対話は、
巴山竜来(数学/グラフィックスプログラミング) × 山本雄基(アーティスト) × 桑原俊介(美学)
となっております。
開催期間:20228月6日(土)10:00〜7日(日)24:00
(追記: 8月16日まで再公開されることになりました!) 
以下のリンクよりぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/c/ファンダメンタルズ

板室温泉大黒屋での個展、ギャラリー門馬での個展がともに始まりました。

ここ2年くらいの間に、自分専用のPCアプリケーションを同じスタジオのプログラムが組めるアーティスト大橋鉄郎くんと共同開発して、乱数による描画システムが完成。このシステムを使った作品も両会場で半数くらい展示しています。例えばレイヤーの数とか、各層における円の最大最小サイズ、各層における円の数、色の範囲、などを数字で入力し、ボタンを押すと、ランダムで円を配置して作品の素を作ってくれるみたいなやつです。ほとんどはヒドイ構図の出来なのですが、たまにビビるくらい良い構図を提示してくるので、そういうのを採用してるうちに、ああ無意識的に避けてた円の置き方がかなりあるんだなとか、まだこういうバランスの取り方があったのかとか、アプリを使った場合と使わなかった場合では、自意識がどこに働くかの位置が変わるんだなとか、発見が次々にでてきて面白いです。自動描画システムを使ってるのに、結局プロセスが全く楽にならないどころか複雑化してしまったこともまた想定外ですが。デジタルプロセスの介入具合と自意識の往来の感触なども含めご鑑賞いただければと思います。

山本雄基個展
2022年6月9日(木)-7月4日(月)
11:00-18:00 火曜、水曜休廊
GALLERY MONMA
064-0941
札幌市中央区旭ヶ丘2丁目3-38

山本雄基展
2022年6月3日(金)-6月27日(月)
作家在廊 6月3日、4日、5日
会期中の休館日 6月14日、15日、16日
※6月3日、6月17日のみ 12時から開館
板室温泉大黒屋
325-0111
栃木県那須塩原市板室856
www.itamuro-daikokuya.com

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しかし、子育てしながらのダブル個展の準備はなかなかしんどかった、、、!
が、家族の多大な協力でなんとか乗り越えられた。
こういう状況でどこまでできるかの確認も込めて自分に負荷をかけてみたかったのかも、とも今更思ったり。
今年はまだまだ制作と展示が続きそう。 

本日7月21日の北海道新聞6面水曜討論のテーマ「表現の自由 どう守る」の中で、
7月頭に受けたインタビューが載ってます。
当たり前のことしか言ってないはず、、、?ご笑覧ください!

https://www.hokkaido-np.co.jp/sp/article/569340?rct=c_suiyotouron

、、、にしても、表現者の中でも幾何学抽象という一見表現の自由の論調からほど遠い僕がなんでここに、
と思う方はおりませんか。
或る文化芸術の討論の場で発言していたら、同じ場にいらっしゃった参加者からの推薦をいただいたのが直接のきっかけなのだった。
なんのトピックでも芸術界隈のことなら一通りなんらかの意見は持っているつもりだが、欲を言えば、僕に白羽の矢が当たる前に、もっと直接的に表現の自由の問題に直面してるような作品を作ってる表現者が日常的に鋭い表明をしたり声を上げたりして、僕よりもずっと現実味のある体験談をぶつけていただきたいとも思ったり。他のエリアはよう知らんけれど札幌エリアはちょっとそういうとこやっぱり大人しい印象。
 
討論とか、文化時事論とかももちろんありがたいし良い経験になるのだけれど、
自分の作品そのものでも、もっと呼ばれないかな(笑) 
画家のイメージより、呼んどきゃ何か言うウルサマンのイメージが付きつつあるのだろうか。

ところで子育てはてんてこまいだけど、
毎日が生命力に満ちております。 
制作もしばらく中断して子育て全振りだったのが、ぼちぼち再開して1日3、4時間くらいはスタジオに行くように。

渋谷パルコのOIL by 美術手帖で個展開催中なので、
美術手帖総編集長がパーソナリティを務める、
「渋谷の美術手帖編集室」という番組にゲスト出演させていただいた。
赤子もまだ退院していない、ひとり札幌の自宅から(笑)

アーカイブはこちら↓
https://note.com/shiburadi/n/nab033028ee96

個展がスタートした翌日に、2日後から東京に緊急事態宣言が出て、大型商業施設が休業という話。
ええ!?発動は29日からって話だったのが、いきなり25日からに繰り上げか。。。

個展会場のOIL  by 美術手帖は渋谷パルコ内にあるので休業対象となり、
スタートして3日で一旦見れなくなってしまうことになった。 ガーン。

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まあ、そんなことになるかもしれないと心の準備はしてたので、むしろギリギリ宣言前にスタートできて良かったし、
これからOILのECサイト(オンライン販売ページ)にも掲載されるし、
ありがたいことに担当の皆さまに調整をしただいており宣言終了後にも会期延長の予定なので、
今後の展開に身を委ねる。

ちなにみ同じ渋谷PARCO内にはニンテンドートーキョーがあり、任天堂から多大なクリエイティブ影響を受け今もリスペクトの気持ちが強い僕は、自分の個展会場に行く前に連日通った。
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山本雄基展
会場 OIL by 美術手帖
会期 2021年4月22日(木)〜5月10日(月)会期中無休
※緊急事態宣言の影響で25日より休業中。会期延長の可能性あり。 
開場時間 11:00〜20:00
住所 〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ2階
観覧料 無料
アクセス 渋谷駅ハチ公口徒歩5分https://oil-gallery.bijutsutecho.com/exhib.../yuki-yamamoto/ 


【札幌圏で文化芸術に携わる皆さまへ!!】
 
札幌市による「文化芸術活動の実態調査」のためのアンケートが始まりました。以下のリンクより、回答提出ができます。
 
https://www.city.sapporo.jp/shimin/bunka/entaku/2021tyousa.html?fbclid=IwAR2tBsWJWmfbT91e6BvYKPbNQLF90yKmdDOFwWhTk8So3933pOlpXnlddnU
 
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回答所要時間は早いひとなら10分ちょい、ゆっくりなら20~30分(自由記述をみっちり書いたら+30分くらい?)。
市の意気込みを感じる、なかなかのボリュームです。
webで回答可能、無記名、答えたくない設問は無回答OKです。
 
昨年5月の有志によるアンケートとはまた別のモノなので、
あちらに答えた方も、改めてぜひご協力お願いします。
 
もし「私なんか文化芸術なんてレベルじゃないし、趣味だし、答える立場じゃありません、、」と少しでも思った方は、カンペキにに該当しますので、どしどしお答えください。(実際、5月のアンケートでそのような方が多かったらしいので。)
制作者だけでなく、サポートされてる方まで、市街に住みながら市内で活動してる方まで、広い対象範囲です。
回答期間は2月16日(火)まで。できるだけ沢山の方に回答、拡散していただければと思います!!!


 
、、、と、
なんで僕が宣伝してるかというと、当ブログでは何度か書いてきたように、
昨年秋から札幌文化芸術未来会議のメンバーお誘いを受け、承諾し、
このアンケートの内容も、2ヶ月にわたる会議で共に考えてきたからなのだった。
(未来会議の概要やメンバーもリンク先で確認可能。)
未来会議に誘われた理由はいくつかありそうだけど、おそらく一番は、
5月にも行われた有志による文化芸術アンケートで、すごく長〜い自由記述を実名で淡々と書き連ねたからだと思われる。言いたいことを言ってるとまあロクなことがない場合も多いのだがこういうこともあるようだポイズン。
 
5月のアンケートのまとめを有志の皆さんが札幌市に提出し、その反映もあって、未来会議という枠組みや、今回の札幌市が直接行う調査アンケートにつながっている。
僕の委員期間は来年度いっぱいで、このアンケートで集まった意見を元に、引き続き市と未来会議で今後の方針にできるだけ反映させられるよう、たくさん議論をしていくことになる。
 


、、、ということで、 
新コロナ禍に関わらず、今まで札幌で制作発表をしてきたうえでやりやすかったことやりづらかったこと、いろいろあると思います。
仮に美術領域からの声が少ないと、
あのヒトたちは特に問題なく楽しくやってるみたいだから、現状でOKですってよ〜、
ってことにもなり得ます。
多くの作り手の立場、状況など生の声があればあるほど、創作現場の切実な状況が市にも伝わりますし、
美術作家の委員としてできるだけ声拾っていきたいと考えておりますので、
集計者がひっくり返るくらい、たくさんのご回答をお待ちしております。


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告知終わり。この告知をFacebook用に書いて、
予報通りたくさん降った雪の処理を、家とアトリエ両方で行い、
ぐったりしながら制作を少し。

もう来週には行かねばならなくなってしまった東京の飛行機と宿もぼちぼち探す。
2019年までは、LCCで成田利用の6000円くらい、一泊2000円前後のホステルを利用して、
格安で東京滞在してたのにねー、
成田からだとバス乗らなきゃならんし、ギャラリーは羽田からすぐ近くだし、
パンデミック考えればそりゃLCCよりエアドゥとなりますよねー。片道2万!
宿だって、おそらくホステルも空いてるとは思うけどやっぱりドミトリーと共同シャワーって、
パンデミック考えればちょっとリスクがねー。
ギャラリー徒歩圏に安宿発見、それでも一泊3500円か。
5泊もしないといけなくなって、ぐおー飛行機代と合わせて6万くらいか、、、
2019年なら、台湾旅行が出来る金額だ。頭痛がする。 
それでも、仕事だもん!!! この出費が後々大きな恩恵になると思って。 

アート台北2020、
今日からVIP Previewが始まった。
もちろん僕自身も渡航はできず、現地に行けない方もたくさんおられるはず。
出展ギャラリーのAdmira Galleryサイトでは、展示作品のオンラインビューイングも始まっているので、こちらで新作をご覧いただければと、、、!
Admira Gallery
https://www.admiragallery.com/?fbclid=IwAR0u9E2XwDKHn9ZsTkx__a-DYrmffwHehJrDPCkJoc10M2EyYUTGhXUOxic

各出展ギャラリーの作家作品も、公式サイト内リンク先のArtsy特設サイトで閲覧できるみたい。
Art Taipei 2020
https://2020.art-taipei.com/taipei/en/


自分が現地にいけない展示というのは、初めてかもしれない。
アートフェアなので、まあある程度は任せてしまって大丈夫だとも思うけれど。
年に一度の台北出張、美味しいものも堪能できて最高だったのに、無念。
SNSで会場の様子を見る限り、人出も多く盛り上がってる感じはする。
インスタでもギャラリーのストーリーズをシェアしてみたり、
会期中にちょこちょこ様子や作品をアップするつもり。
https://www.instagram.com/yukiyamamoto_studio/ 

まあ、ぼちぼち制作は進めるも、なんとなく落ち着かん日ではあった。 
新コロナ禍だし、台湾の好感触もあるし、いつものフェアより点数多めに送ったし、
良い結果が出るとよいなあ。 


ART TAIPEI 2020

VIP Preview:
10.22 (Thur.) 12:00-21:00 
10.23 (Fri.) 11:00-14:00 

Public Opening 
10.23 (Fri.) 14:00-19:00 
10.24 (Sat.) 11:00-19:00 
10.25 (Sun.) 11:00-19:00 
10.26 (Mon.) 11:00-18:00 

Venue 
台北世界貿易中心一館 Taipei World Trade Center Hall 1 - Booth F 

昼から小樽文学館へ。

2年前にギャラリー門まで開催された「塔を下から組む」展、
企画のテーマ性とか打ち出すタイミングとか、意欲的な取り組みには感心を持ってるし、
若いうちから情熱を持って企画を立ち上げることに対する敬意もあり。
それとは別に、実際の展示内容は雑な点がたくさん感じられたり、
ムズムズするところも少なくなかった。

今回はそのテーマ展の続編、かつ塔の設計者本人も加えられたアップデート展とのことで、
企画者の佐藤くんから直々にお誘いも受け、いっちょドライブ。

井口さんの展示ゾーンは、当時の新聞記事やご本人の設計図、模型、パーソナルな創作が並び、
時代の熱のような感触がそのまま乗っかっている面白さがあった。
ひとつだけ、百年記念塔の模型の中で博物館名が「北海道博物館」に変更されてたのは、あれ?と。
当時は「北海道開拓記念館」だったはずなので。
キャプションには「2020年補修」と書いてあったが、博物館の名前は改ざんせずに当時のままを残して欲しかった。博物館名の変更と、塔の解体問題は無関係ではないはずだ。

塔が竣工したのは1970年なんだな。
ああそうか、先日みてきた神田日勝の「室内風景」も、万博も、この塔もみな、
1970年なんだ。
塔と、旧北海道開拓記念館と、北海道開拓の村、森林公園、
これらのまとまりが、当時の日本全体の都市計画の潮流や、2年後の札幌オリンピック開催への行政や経済の状況、差別の問題などとどう関係していたりするのか。
70年代のリアルは、直接僕のような世代には体感しづらいが、当時思い描いていたような近未来が、50年後の現在になっているとは、ならないはず、、、。
井口さんの俯瞰視点で描かれた塔の立つ大地のパステル画は、継続するはずだったこれからの未来風景として哀愁が漂ってて、良さがあった。

そんな感じで僕は勝手に、過去の未来に結ぶ詩性に切り込むような作家選定と表現を期待しがちなテーマではある。

塔のふもとに「大地の手」というモニュメンタルな空間があり、
前回の「塔を下から組む」展では、大橋くんの作品内で、無邪気にバーチャル化され、映像の中でクルクルと回転していた。
あの表現の軽さがたぶん、偶然かろうじて、塔の存在だけに限定せず、公園全体が孕む70'sの空気にギリギリ触れながら、それを引き受ける気のない態度が詩情となって表出されていたような気もしたのだが、それって積極的に塔を巡る問題系に取り組むとは真逆のアプローチであり、
しかも今回の新作はさらに塔への関心から遠ざかってたようにも見えた。こうなってくると必然性がしっくりこず。

全体の印象としても、当時の背景への切り込みとはやや別方向で表現をしてる作家が多かった。個々それぞれの解釈と表現に面白みはある。森本さんのテーマからのイメージの膨らませかたなどは毎度感心してしまう。

ただ、企画全体をみるとそれぞれが大喜利っぽく並んでる印象も。

今回もまた塔に対する思いの強さだったり、塔をテーマにする必然を持った作家は少なく見える中、企画者本人の塔への熱量を補完して見えるのは、もちろん井口ゾーンなのだが、
「塔を下から組む」メンバーゾーンにおいては、新参加の写真家、佐藤裕治さんだったのかも。

そして出展作家としても参加してる企画者佐藤くんの作品は、
やはり前述した過去の未来に切り込むような画題とはなっているも、
前回と同じように、やや表現が雑に感じた。
例えば作品内のブリューゲルのバベルの塔の引用描写の表現の仕方などをみても、
バベルの塔は町の構造、塔のふもとの水流など、地に足のついてることが重要な要素でもあり、また多くの人々が塔の建設に関わってる描写や、そこに付随する人間臭いユーモラスな行動パターンまでがふんだんに詰め込まれている作品。それって、切り込み方によっては、記念塔の入り口付近にある佐藤忠良の「開拓」というレリーフや、塔と深い関係にある現・北海道博物館に展示されてる木村捷司の巨大絵画「開拓」なんかともリンクする。

なのでバベルの塔をファンタジー的に雲の上に浮かせ、細部の大地や人の描写を取っ払って、表層的なシンボルに使っているのは、そこにどんな意図があるかわからないけど僕からすれば勿体なく思っちゃった。
作品内に現れてみえる粗さは、
塔に対する思いの強さとはまた独立する絵画表現としての詩性や飛躍、どう美術表現に変換するか、という大事な部分の弱さに繋がっているように見えた。
それでも、何枚も繰り返し描いていたドクロのドローイングの線の在り方は、他の絵よりも何かが変質してるのかな〜。

、、、と、ざっくりとだけ感想を。
企画の切り口自体に批評性があるし、このエリアに住むひととしてテーマに向き合えるので、
考えながら鑑賞する面白さを楽しめた。

秋晴れで気持ちが良いので、ベタに小樽観光をした。
運河とか、北一硝子のカフェとか。
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若いカップルに、写真を撮ってくださいと言われたので、
撮ってあげた。かわいらしかった。
どこに行っても、よく写真を撮ってくださいと言われる。

平日の昼間にしては、そこそこ観光客もいた。
西の方の方言も聞こえた。
でも、長期休業している店も多く、そこはなかなか辛みもあったな。 

道近美の神田日勝展へ。
毎回、入館時に連絡先を登録するひと手間が面倒だなあ。 
平日午前中の割にはずいぶん混んでいる。なつぞら効果もありそうで、
盛況なのはいいことだ。

鹿追の記念館も行ってるし、近美の常設でも何度も見てるけれど、
ここまでたくさんの作品とか影響元とも並んで観られる機会は初めてだったのと、
自分もやや歳をとってきたので、また見え方が違うな。おもしろい。
画面に奥行き空間を与えずクローズアップ気味な構成の基本スタイルが、
画題と相まって見応えあるところだと思うんだけど、
それとは別の、
売り絵的な素朴派な農村風景画も並んでて、
かなり割り切った作風の使い分けをやってたのも現実的であった。

未完の遺作がシンボルマーク的な傑作に祀られるの、
やや不憫に思う。
もちろん、部分から描き上げていくプロセスや、ベニヤとの関係は面白いけれども
未完の作品は、ピエロデラフランチェスカでも、ターナーでも、
誰でも面白いし、、、それだけでMETで企画展やってたからな。

1970年、室内風景、東京ビエンナーレ、太陽の塔、か。 
後者2つに比べればモチーフはユニークでも、
絵画的アプローチは独立展らしい、現代美術っぽくなさが当時の時点では漂ってたはず?
それが21世紀の今になって、そういう垣根を超えてというのか、
古臭さみたいな捉え方はあまりされずに再熱というのも、わからんもんだ。 

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