このブログを残したまま、noteにも手を出してしまった。
FBに長文、ブログに同文、noteにも重複。書いたものをどう出すのがベストかわからないままです。
札幌の絵描き山本雄基のきまぐれ雑感と日常。















































































自分にとっての芸術の原理とは。
自分が心奪われてきた芸術体験と、いま一度向き合って潜らねば、とか今年は考えていた気がする。
子どもがいま3歳半。この3年で、ひとがどのように世界を受け入れていくのかを家族として観察した。僕の最初期の記憶が2.3歳頃からなので、それ以前のことを子を通してそれなりに理解した。
3歳までは、毎日の生活と芸術体験との大きな違いはなかった(というか世界を知覚することが全時間の全て)と思うが、物凄い観察能力と様々な物事に出会った際の反応差、食べることと遊ぶことの嗜好の中に、芸術体験の原液のような感触はある気がする。
言葉の習得には関係するんだろうか。言葉が世界を規定していく。言葉が、もの、こと、人のこころ、とつながっていく。理解のスピードと習得のパターンの多様さにはもうついていけない。線や色も理解して、それらもすでに言葉とつながっている。
言葉の基本が整った最近になって、かっこいいとかかわいいとかおもしろいとか、そういう反応を記号的かもしれないが使えるようになってきた。
驚いたのが、何かの拍子でダリの記憶の固執を見せたら、息子がこんな反応をした。
「このとけいどうなってんの?木にぶらさがってるね なんで?ここにもなんかぶらさがってるね。テーブルにもあるね。青いこおりの色みたいだね。あまいのかなあ?ありさんきてるし。ひとの手(絵の真ん中の有機体が手にみえるらしい)がはずれてるみたいだね。手にものってるね(時計が)。台もあるね。」
あれ、もしや絵を鑑賞する準備は整っているのか?生活と芸術に区切れが現れつつあるのかも、いつの間に?いや、描かれた事象の説明ができたり不思議を感じる程度では、それが芸術体験というにはまだ足りないし、そういう感じではなかったように思う。
僕の自意識レベルでの芸術の最初の原体験はハッキリとふたつ。
ひとつは3歳近辺で、UFOをみたこと。別に超常現象を信じたり、ムーを熟読してたわけでもないがこれ本当。今となっては現実だったのか、もしかして夢だったのかあやふやだけど、かなり具体的にその情景が脳の奥底に焼きついてる。
もうひとつは4歳、スーパーマリオブラザーズに触れたこと。細部にいたる世界観全てに魅了され、ひたすら没入した。シュールレアリスムに触れたのはマリオが最初だったと思っている。
どちらも、現実を飛び越えてるかつ、その魅力(=美?)に堕ちちゃう感じ。言葉以前に、強烈なわけわからなさがあった。それをまだ他人にはうまく伝えられなかった。(言葉で芸術を語ったり、体験を自ら生み出すのはかなり後だったように思う)
自分がそれを体験した年齢に、そろそろ子が重なってきている。もし彼にもそういう原体験がこれから訪れるなら、それを見逃さずにいたい。
しかしそんな自分の原体験はもはや遠く、40代にもなれば、現実の感じ方や受け入れ方における段階の変化を自覚するようになったり、芸術に関わって積もってきた諸々が役立ったり邪魔だったり思うようになってくる。
それでもまだ、今の状況を基として、強烈なわけわからなさをたぐり寄せることができるか、そこに集中したいと思ったところで、
みなさま、よいお年を!
「ファンダメンタルズ フェス(2021-2023)」
会期:
2023年12⽉16⽇(⼟)〜27⽇(⽔) 10:00-17:00
会場:
メイン会場|東京⼤学駒場博物館(東京都⽬⿊区駒場3-8-1 東京⼤学駒場キャンパス内)
交流会場*|東京⼤学駒場⼩空間(同上)
*交流会場は要申込。26⽇(⽕)・27⽇(⽔)の2⽇間15:30-17:30のみ。
申込:https://forms.gle/T6bTxZqHHuaZ2ihP9 (〆切12⽉25⽇17時)
⼊場:無料
主催 : ファンダメンタルズ プログラム
共催:東京⼤学 ⼤学院総合⽂化研究科・教養学部 駒場博物館
科学技術広報研究会 (JACST) 隣接領域と連携した広報業務部会
東京⼤学国際⾼等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
助成:公益財団法⼈東京都歴史⽂化財団 アーツカウンシル東京【芸術⽂化魅⼒創出助成】
公益財団法⼈ ⼩笠原敏晶記念財団
協⼒:東京造形⼤学
協賛:特定⾮営利活動法⼈ミラツク
僕は、数学者の巴山竜来さんとのペア名義の新作絵画などを展示します。
3DCGをUVプリントでキャンバス絵画にする実験や、個人名義の小作もひとつ並べました。
#詳細はファンダメンタルズのウェブページをご覧下さい。
https://www.fundamentalz.jp/post/20231216-fzfestival
https://www.owenslaura.com/piece/lo-187/?e=1276
(さる)
初期作品
・かわいい 色も描かれている世界も絵本のような
・塗りの多様さ 薄塗りから厚塗りまで混在
・もっけいからのサンプリング 長谷川等伯とか
観音猿鶴図174.2 cm x 98.8 cm 大徳寺 13世紀
https://www.owenslaura.com/piece/lo-025/?e=1276
Untitled,
1997, Acrylic and modeling paste on canvas, 96 x 120 inches
(カモメ)
いろいろあるけどこの初期作品もピックアップ
シンプルで
https://www.owenslaura.com/piece/lo-567/?e=1276
(新聞)
Untitled,
2015, Acrylic, oil, Flashe, and screen printing ink on linen,
108 x 84 inches
家の屋根裏にあった昔の新聞の版を使った。たまたま戦時中の時期の新聞。
現在のツールのイメージや典型的な筆跡との合わせ技。
触覚を誘発してくる。
イメージの突拍子ない合わせ方、引用の幅の広さ。
もっけい、ロートレック、ブラシツール、gif、
それらを大きな画面に描く際の的確さ。
ただイメージを描けば良いのではない。
イメージが絵具の扱いそれ自体とマッチしてて魅力的に映っていたら、僕はびっくりして画面を見続けてしまう。
これだけ作風がばらついている作家でも、何枚も見ていると、誰の作品かなんとなくわかるようになってくる。
文字を見たら誰の字かわかる感覚ってある。ああいうパーソナリティを、絵画も持っている。
2人目
岡崎乾二郎
1955年生
私は抽象画を描いているので、さらに抽象よりの話をしてみたい。
ゴリゴリの抽象画の部類に入る、岡崎乾二郎さんの作品を。
なぜ選んだかというと、ファンダメンタルズを知ったきっかけが初年度の岡崎さんのトークだったこと。抽象画を考える上で僕自身が大きな影響を受けたこと。実際の小さい作品を持っているから説明しやすい。
いろんな作品シリーズの中で、今度は小さいサイズの「ゼロサムネイル」シリーズを見てみる。
https://kenjirookazaki.com/jpn/works
https://kenjirookazaki.com/jpn/works/2014-020
右と左の距たり(たましいは相も変わらず)
2014│アクリル、カンヴァス│24.5×16.5×2.9cm
「Painting」→ 塗りの芸術 ペタペタした感じ
塗り自体が特徴的な、手持ちの作品をライブでみてみる。
触感がすごい。
真ん中でエリアが違うな→色と筆の境界がある
でもどちらにも現れる色の筋があったり
ハジからハジまで伸びてる痕跡が下の層に隠れていたり
透明な下塗りも右左では共通していたり
額みたいなのがなんで上だけ見えてるの?
上だけあることで逆に存在感がある。絵の構図の一部に。非対称。
裏にまで回り込んでる。額というか台座のようでもある。そうすると絵がオブジェにも見えてくる。
一つの木から切り出している。→継ぎ目がないこだわり、安易な造形を避けているような。
左下から2列目、オレンジがめくれているように見えるのどうやってるの?
なまじ絵描きなので、どんな粘度の絵の具をどう塗るとこうなる、というのがある程度はわかるが、この作品はそれがトリッキー。
こう見てると、モチーフがなくても、気になるところがたくさん出てくる。痕跡自体がモチーフの代わりになっているとも言える。
パズルのように考えられるが、解けてスッキリというものでもなく、謎が何周もループする面白さがある。
分断の構造を揺るがすようなアプローチ。現実で分断を感じた時にもフィードバックできそう。
目で触る。視触覚という造語り。
なので、実物の前に立たないとなかなか絵の鑑賞体験を伝えるのは難しい。
今日扱う3つとも自分で直接体験してるものに限っている。
何度も修正したり重ねたり探って探って描いていくと、余計な筆跡が残ったり、絵具のダマができたり、もたついて見える。その葛藤がそのままイメージとマッチすればいいけれど、オーウェンズや岡崎の作品はおそらく、イメージに関しては、そういうもたつきが画面にもしあったらかなり邪魔な要素になる。
抽象画 見覚えのあるモチーフが手がかりにならない→何を描いてるかわからなくて難しく感じる要因の一つ。
わからなくても「色が綺麗だね」などは一つの乗り越え方。
しかし、虹とか夕焼け、宝石とか、色が綺麗なものは世の中にたくさんあるので、それ以上の何かを見出したいと僕は思ってしまう。その際に、まずは画面で起こっている状態を観察するように見ていく。事実がある程度揃ってから、作られたものの周辺の情報や、主観的な判断を加えていく。
3人目
スーパーマリオブラザーズ(1985)任天堂
ディレクターは宮本茂 1952生
やはり僕が最も尊敬するアーティストの1人。
絵画と言っていいのか微妙なラインだが、絵画的な要素はたくさんあるということと、僕の幼少期に人の創造物で最も衝撃的だった作品ということで選ぶ。あと今映画も話題になってるので。スーパーマリオブラザーズ。マリオを絵として(アニメ表現)としてみてみる。
プレイ動画を見る。
ハテナブロックの立体感と点滅。
ブロックの採用 抽象的アプローチの象徴。
ハテナ
→上から叩くと一度だけバウンドする バネのように→硬いけど謎の質感がある 四隅に成形の窪みあとと、ハテナ記号の立体感→3の謎背景に応用
レンガブロック
→スーパーマリオになると壊せる→少し柔らかい
クリボー
→しいたけ、上からふむと「モフ」とつぶれる→柔らかい
メット、キラー→
ファイヤが効かない、硬い、鉄、光沢
硬度や質感の見立ての表現で触感を与える。
絵の抽象度というか記号度合いが高いので、その分フィクションとしての触覚表現が機能しやすい。
可塑性の話で一貫できる?
事実を細かく感知していくこと、そこから得られたことから分析していく 美術と科学も似てる?
美術は自由に楽しむというイメージが強すぎて、もちろん自由にみてもいいけど、自分の体験を元にすれば、自由にみているだけではめちゃくちゃ曲解したり、美術の面白さにここまでハマらなかったと思う。

まあ、そんなことになるかもしれないと心の準備はしてたので、むしろギリギリ宣言前にスタートできて良かったし、

